羽鳥BD




 いつもは羽鳥くんに連れて来てもらっているレストランを、今日は私が予約した。明日は年に一度の特別な日、羽鳥くんの誕生日。彼の仕事の関係で1日早いお祝いになってしまったけど、プレゼントを渡した時の嬉しそうな表情を見たら、そんな小さな事は一瞬でどうでも良くなった。

 今日の主役は言わずもがな羽鳥くんだ。しかし、食事を終えた今、目の前にはなぜか私の名前がチョコで書かれているデザートプレートが置かれていて、傍に立つ羽鳥くんの腕には花束が抱えられていた。

「えっ?えっ!?ちょっと待って!?」
「うん?」
「うん?じゃなくて、これ、どう言うこと!?」

 思わず近くに立っている店員さん達に顔を向けると、彼らはにこにこと楽しそうに笑っている。

「俺から君にサプライズ」

 羽鳥くんは、驚いた? と微笑んだ後、口元に手を当てて何度も頷く私に花束を手渡してくれた。その花束はどれも私の好きな花ばかりで、覚えててくれたんだ。と、唇が自然と弧を描く。

「すごく嬉しい」
「喜んでもらえてよかった」
「こんなの嬉しいに決まってるじゃん……!」

 羽鳥くんの笑い声をBGMに花の香りを堪能していると、不意に名前を呼ばれた。顔を上げれば、羽鳥くんが優しく熱い眼差しで私を見つめていた。

「どうしたの?」
「聞いて欲しい事があるんだ」
「えっ、あっ、はい……」

 気が付いたら店員さんは個室から姿を消していて、今部屋には私と羽鳥くんの2人きり。シチュエーションも相まって、変に緊張して自然と背筋が伸びる。

「はは、そんな緊張しないで」
「だって」
「そんなところも可愛いくて好きだけど」
「あっ、ありがとう、ございます」

 照れる私を見て、敬語になってるよ? と笑う羽鳥くん。その笑顔に釣られて小さく笑うと同時に、膝の上に置いていた手がそっと握られた。羽鳥くんに導かれて窓際に移動した私たち。眼下には煌びやかな夜景が広がっている。
 ヒールのおかげでいつもより近い距離にある羽鳥くんの顔にまた少し緊張しながら、私は彼の言葉を待った。

「本当に、いつも思ってるんだ」
「何を?」
「奈々美ちゃんを好きになれて幸せだなって」
「え?」
「君に出会うまでは、恋愛って煩わしいだけだってずっと思ってた。1人の人に執着したって面倒なだけなのに、みんなどうして1人の人を愛したがるんだろうって」

 どこか寂しそうに呟いた羽鳥くんの手を、私は無意識のうちに握っていた。それに気付いた彼が私の手を優しく握り返してくれる。彼の指先は、いつもより冷たい気がした。

「でも、君を好きになってようやくわかったよ」

 そっと壊れ物を扱うように抱きしめられて、耳元で囁かれたのは、好きでも愛してるでもなくて、ただ一言、ありがとう。という感謝の言葉だった。

「奈々美ちゃんが居なかったら、俺は一生本気で人を好きになる事なんてなかったと思う」
「そんなこと」
「あるよ。俺に幸せをくれてありがとう」

 おでこを合わせて私の頬を優しく撫でる羽鳥くんの言葉に、思わず涙が出そうになる。でも羽鳥くんを困らせたくないからそれをぐっと堪えて、誤魔化すように彼の胸に顔を埋めた。

「……幸せをもらってるのは私の方なのに」
「それ以上に、俺は奈々美ちゃんから幸せをもらってるよ」
「絶対私の方がもらってる。今だって、世界一幸せな自信しかないもん」

 誰にも負けないくらい幸せ。広い背中に回した腕に力を込めて呟けば、私の腰に回っていた腕の力も強くなる。耳元に落とされたキスに頬が熱くなるのを感じて、私は更に深く顔を埋めた。

「それじゃあ、俺たち2人とも同じくらい幸せなんじゃない?」
「ううん。絶対私の方が勝ってる」
「ははっ。本当に?じゃあいいよ、君の勝ちで。……あっ、そうだ。もうひとつ渡したいものがあるんだ」

 羽鳥くんはそう言って腕の力を緩め、ゆっくり私から離れていく。一瞬で消えてしまった温もりに名残惜しさを感じていると、それが顔に出ていたんだろう。彼は、そんな顔しないで。と小さく笑いながら胸ポケットから取り出した封筒を私に手渡した。

「何?手紙?」
「開けてみてのお楽しみ」

 どうぞ。と促されるまま封筒を開けば、そこには1枚のカードが入っていた。カードを裏返せば今居るホテルの名前が記されていて、それが何かを理解した瞬間、私は再び口元に手を当てる。

「えっ、もしかして……」
「そのもしかして」
「でも、明日仕事だって」

 だから今日、前倒しでお祝いしたのに。そう呟いた私を席までエスコートしながら羽鳥くんは、久々に頑張っちゃった。と笑った。

「私が泊まりたかったなって、わがまま言ったから……?」
「ううん。勿論、奈々美ちゃんを喜ばせたかったっていうのもあるけど、1番の理由は俺が奈々美ちゃんと一緒に居たかったから。……朝まで一緒に居たい。って、俺のわがまま聞いてくれる?」

 椅子を軽く押して私を座らせた後、背もたれの後ろから私の顔を覗き込むように首を傾げた羽鳥くん。私が羽鳥くんからの誘いを断るわけ無いって彼はわかってるはずなのに、こうしてあえて私が喜ぶ言葉を選ぶ。ああ、この人は本当にずるい人だ。

 至近距離で真っ直ぐ見つめてくる視線に耐えきれず、俯きながら小さく頷いた私に羽鳥くんは、ありがとう。と呟いて、私の頬にキスを落とした。

「キス……」
「ん?」
「……口にはしてくれないの?」
「え?」

 これ以上ないほど甘い雰囲気にも関わらず唇にキスをしてくれない事にもどかしさを感じ、期待を込めた上目遣いで羽鳥くんを見上げる。彼は驚いた表情で瞬きを繰り返した後、弧を描いた唇を私のそれにそっと重ねた。



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