あおはる@
「あ」
不意に口から溢れた声に、ヘアメイクさんが首を傾げた。なんでもないです。と胸の前で小さく手を振りながら、私は視線を戻す。まただ。そう思った時にはもう、水色がかった瞳は他所を向いていた。
私がさっきから気にしているのは、ある人物からの視線だった。その人物とは、アイドリッシュセブンの四葉環で、私と彼は同業者でありながら同級生だったりもする。学校でもよく話すし、仕事で会った時だって普段なら向こうから話しかけてくるのに、今日は一切それがない。そのくせに、さっきからちらちらと私を見ては、目が合ったら逸らすを繰り返している。
「なんなのよ」
無意識の呟きに、ヘアメイクさんが再び首を傾げたのがわかったけれど、私はそれを無視して水色の頭を睨みつけた。
数ヶ月前、ドラマのオファーが来た。ずっとやりたかった学園ドラマ。私と四葉はメインの2人の友達ポジションで、2人の恋愛をサポートする所謂脇役の予定だった。ここで気付いて欲しいのはこの話が過去形だと言うこと。つまり気付いたらメインの2人だけではなく、私と四葉の役も付き合う事になっていたのだ。
と言っても、私と四葉が付き合うまでの話だったり、付き合ってからの話だったりは、地上波では流れないサイドストーリーでネットのみの配信らしい。
今日はそのサイドストーリーの撮影の初日なのだけれど、私たちは朝挨拶をして以降先にも述べたように会話らしい会話をしていない。と言うか、今日はやたらと目が合うけれど、なんか避けられてる気がする。
「ねえ、ちょっと」
「うわっ!」
ヘアセットを終え、差し入れを物色していた四葉に背後から声をかければ、大きな背中が大袈裟に跳ねた。その手にはしっかりと王様プリンが握られている。
「なっ!片瀬かよ、ビビらせんなし!」
「普通に声かけただけじゃん」
「急に声かけられたら誰でもビビるだろ!……ってか、何?用無いなら俺」
「私の事避けてない?」
言葉を遮って腕を組みながら四葉を見上げれば、その顔には図星と書かれていて、彼は気まずそうにゆっくりと視線を逸らした。
「べ、別に避けてねーけど」
「はぁ?明らかに動揺してんじゃん!顔にも図星って書いてあるし!私あんたに何かした?」
目を合わせようとしない四葉に腹が立って、彼のネクタイをぐっと引き寄せる。予期せぬ力が加わって前屈みになり、強制的に私と向かい合う形になった四葉の顔は、一瞬で赤く染まった。
「は?」
「ちょっ、顔近えから!」
「……四葉あんたもしかして」
「わー!わー!何も聞こえねー!!」
耳を押さえて喚いている四葉に思わず吹き出す。今日はサイドストーリーの撮影初日。そしてその撮影は、夕暮れの教室で四葉が私に告白するシーンからスタートする。恐らく四葉はそれを意識して恥ずかしがっているんだと思う。
「あんたそれで良く演技の仕事できるわね」
「はぁ!?元々は、こっ、告白のシーンとか、付き合う、とか!なかったじゃんか!」
思った以上に初心な反応をする四葉に私は再び吹き出した。そんな私の頭を、笑うなし! とぐしゃぐしゃにする四葉。少し遠くの方から、ヘアメイクさんが私の名前を呼びながら慌てて駆け寄ってくるのが見えた。
「あー、最悪。四葉のせいで怒られる」
「片瀬が笑うのが悪いんだし」
「はいはい、すみませんでした。それでは!私はどっかの誰かさんがぐしゃぐしゃにした頭を直してもらってくるので、初心な四葉くんはカメラが回るまでにその赤い顔をなんとかしといてくださーい」
私の嫌味ったらしい言葉に、四葉は赤みが引いた顔をまた赤くして、初心じゃねーし! と訳の分からない理由で怒っていた。そんな彼の声を聞きながら、私はメイクルームへと足を向けたのだった。
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