あおはるA
「あー、くそ」
顔がめちゃくちゃ熱い。片瀬がメイクルームへ向かってから、俺は顔の熱を冷ますのに必死だ。壁伝いにずるずるとその場にしゃがみ込んで膝に顔を埋めて大きくため息を吐けば、うるさい心臓がほんの少し落ち着いた気がした。
「環さんにドラマのオファーが来ました!」
マネージャーにそう言われた時、へー。くらいのテンションだった。仕事を受けるかどうか聞かれて、断る理由もないしとOKを出したのが数ヶ月前。後日受け取った資料に書かれてる共演者を見た俺は、まじか。と声を漏らした。そこにはよく知るクラスメイトの名前が書かれていたから。
片瀬奈々美、同じクラスの女子。所謂同業者で片瀬もアイドルをやってる。隣の席になったのがきっかけでよく話すようになった。それなりに仲が良いだけに、一緒にドラマに出るのはちょっと……かなり照れ臭かったりする。いや、正直言うと照れ臭い理由は仲が良いからだけじゃなかったりする。
俺は片瀬の事が好きみたいだ。それを自覚したのは割と最近。どこが好きなのかはわからないけどなんか好きで、隣の席になった時はめちゃくちゃ嬉しかったのを今でもよく覚えてる。そんな片瀬を相手にまともな演技ができるのか不安で、オファーを受けたことをちょっとだけ後悔した。まさかその後悔が"ちょっと"じゃなくなるなんて思いもしてなかった。
「サイドストーリー?」
「そう!君たち2人だけの話を急遽作ることになったんだ!」
ある日の休憩中、俺は王様プリンを食べながら監督の話を聞いてた。サイドストーリー、どんな話になるんだろうな。なんて呑気に聞いていた俺は、それに続いた監督の言葉に盛大に咽せることになる。
「で、サイドストーリーでは2人にも恋人になってもらうから、よろしくね〜!」
「んぐっ!げほっ!こっ、恋人!?」
「そう。視聴者からの要望もあったし、2人の雰囲気がめちゃくちゃいいから、もういっそくっつけちゃうか!って話になってさ」
台本はまた出来上がり次第渡すからよろしく! そう言って俺の背中を叩いた監督を心の中で恨めしく思った。後日もらった台本の1ページ目は、まさかの俺の告白のシーンからスタートだった。
俺が、片瀬に、告白をする。
ドラマとは言えそのシチュエーションを想像するだけで緊張して、全然眠れない日々が続いた。
そしてやってきた今日、撮影当日。平静を装っていつも通り片瀬と話そうと思ったのに、顔を見た瞬間、この上ない緊張が俺を襲った。
片瀬と目が合う度にでかい音を立てる心臓を、本番前に何とかしなければと差し入れの王様プリンを手にしたと同時に、背後から「ねえ、ちょっと」と声をかけられる。その声に俺の心臓は今日一番の音を立てた。
「なっ!片瀬かよ、ビビらせんなし!」
「普通に声かけただけじゃん」
俺を見上げている片瀬の顔には『不機嫌』と書かれている。眉間にシワが寄ってるし、口もへの字に曲がっているのに、過去一かわいく見えるのは、きっとメイクの力なんだと思う。きっと、絶対そうだ。
「急に声かけられたら誰でもビビるだろ!……ってか、何?用無いなら俺」
もう行くから。そう続けようとした俺の言葉を遮って、片瀬は核心をついてきた。
「私の事避けてない?」
なんでバレてんだよ! 心の中で叫びながら、俺は視線を逸らす。ってか、別に避けてるわけじゃなくて、ただ話すタイミングが掴めなかっただけだし。なんて、必死に考えた言い訳は全く別の言葉になって俺の口から滑り落ちた。
「べ、別に避けてねーけど」
「はぁ?明らかに動揺してんじゃん!顔にも図星って書いてあるし!私あんたに何かした?」
目を合わせようとしない俺のネクタイを片瀬が力任せに引き寄せる。予期せぬ力が加わって前屈みになり、目の前には片瀬の顔。バチッと目が合った瞬間、俺は今日こいつに告白するんだってことを思い出して体温が一気に上がった。そんで多分、心臓は爆発した。
「は?」
俺の反応に片瀬が間抜けな声を上げた。一方俺はと言うと、顔の近さを指摘して慌てて仰反ることしかできない。かっこ悪いって事は自分でもわかってるけど、今はそれよりも一刻も早く離れたかった。だって、こんなん無理だ。心臓が痛くて耐えられない。
「……四葉あんたもしかして、恥ずかしがってるの?」
「わー!わー!何も聞こえねー!!」
耳を押さえて喚く俺を見て片瀬が吹き出したのがわかったけど、今はそんなことさえどうでもよかった。
「あんたそれで良く演技の仕事できるわね」
「はぁ!?元々は、こっ、告白のシーンとか、付き合う、とか!なかったじゃんか!」
俺の言葉に再び吹き出した片瀬が、俺のことをまったく意識してない片瀬が、何だか無性に癇に障って、俺は綺麗にセットされている頭を、ぐしゃぐしゃにする。俺のこと、ちょっとは意識しろよな! なんて無駄な意味を込めながら、それはもう、この上ないほどぐしゃぐしゃにしてやった。
そして冒頭に至る。
「はぁ……」
この調子で撮影が順調に行くわけがない。NGを出しまくる未来しか見えなくて、俺は台本を眺めながらため息を吐く。
何度もイメージした台本のシチュエーション。放課後、夕方、2人だけの教室で告白をする。めちゃくちゃ王道だけど、実際に同じ学校に通ってる俺たちにとってはあまりにもリアルなのだ。
「環くーん。そろそろ撮影始めるよー」
「あっ、はい!よろしくお願いします!」
悩んでも仕方ない。腹を括って立ち上がって、呼びにきてくれたスタッフさんの後ろに続けば、教室の中には既に片瀬が居た。
「落ち着いたかね四葉くん」
にやにやしている片瀬の前に立って、うるせー。とだけ返す。最早この言葉は片瀬に向けて言ったのか、それとも自分の心臓に向けて言ったのかわからない。
「それじゃあ、本番入りまーす!」
スタッフさんの声が教室内に響く。カメラが回って、場の空気が一気に変わった。これは演技だ。そう言い聞かせて、俺は目の前の彼女を見据えて息を呑んで口を開いた。いつか演技じゃなくて自分の言葉で伝えられたらいいな。なんて、夢のまた夢のようなことを考えながら。
「俺、お前のことが――」
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