虎於BD
※短編許嫁夢主
「はぁ〜!かわいい!」
かれこれ数十分、目の前の女は俺を放置して1枚の写真を見つめている。口元は緩み切っていて、締まりのないだらしない顔だ。自分から『トラくんのお誕生日お祝いしたいな』と言ってわざわざ家に来たくせに、一向に俺に目を向けないこの女にだんだん腹が立ってきた。
「おい。いつまで見てる気だ?」
「いつまででも見てられるよ!だって、こんなにかわいいんだもん!」
興奮気味に目の前に突き出されたのは、幼い俺が変身ベルトを手にしてポーズを決めてる写真。先日番組の企画で使ったそれを適当に放っておいたのを見つけてから、こいつはずっとこの調子だ。
「本当にかわいいなぁ」
「はぁ……。ほら、もういいだろ。そろそろ返せ」
隙をついて写真を奪い取れば、あぁ……。なんて嘆きの声を上げながら、あからさまに肩を落とした。
「ねえトラくん、それどうするの?」
「もう必要ないからな。実家に送り返す」
「そんなぁ……」
ショックを受けている姿にほんの少し罪悪感を覚えると共に、その様子が不覚にもかわいいと思ってしまった自分がいる。こいつの事を好きだと自覚してから、ムカつくことに一挙手一投足に心がざわついて仕方がない。
「……この写真、そんなに気に入ったのか」
「気に入りました」
「なら、俺から取り返せたらそのままくれてやる」
「えっ!」
一瞬で輝いた目に、よくもまあそんなにころころと表情が変わるもんだと感心しながら、写真を顔の前でヒラつかせる。伸びてきた手が写真に触れる寸前に頭の上まで腕を上げれば、負けじと手が伸びてきた。身長差を考えればどう頑張っても届かないのに、必死に手を伸ばすその姿に今度は俺の口元が緩んだ。
「ほら、頑張れよ。これが欲しいんだろ?」
「トラくん、いじわる……」
「いじわるなんて人聞きが悪いな」
「んー!背伸びしても全然届かない……きゃっ!」
「おい!」
極限まで背伸びをしたせいか、つるっと足を滑らせた小さな体を反射的に抱き止める。予期していなかった衝撃にバランスを崩し後ろに倒れるも、そこは幸いにもソファの上だった。
「ごめんなさいっ……!トラくん大丈夫?」
「ああ、なんともない。それにしても、あんたは相変わらず鈍臭いな」
「本当にね。気を付けます」
本当に気を付ける気があるのかと言いたくなるような気の抜ける笑顔。それにため息を吐いて、俺は手にしていた写真を差し出した。
「え?」
「しょうがないからプレゼントしてやる。これ以上続けて怪我でもされたら困るからな」
「ありがとう……!」
「ああ」
大事にするね。その言葉と共に向けられた心底嬉しそうな笑顔に、つい笑みが溢れそうになって口元に力を入れる。この女のペースに飲まれるなんてまっぴらごめんだ。
「まったく。俺からプレゼントを渡すなんて、これじゃ誰の誕生日祝いなのか分かったもんじゃないな」
「あっ!プレゼント……」
「……おい、まさか」
「あのね、ちゃんと用意はしたの」
「忘れたのか……。まあ、物が無くても今すぐに渡せるプレゼントもあるからな。今日のところはそれで我慢してやる」
ソファに倒れ込んでからずっと俺の膝の上にある細い腰を抱き寄せれば、自分の今の体勢と俺の言いたい事を理解したのか、目の前の顔が一気に赤く染まった。
「あの、ごめんね、重いよね。すぐに退くから」
「誰も退けなんて言ってない。俺が欲しいのはあんたからのプレゼントだ」
「トラ、くん」
「俺が何を欲しがってるか、わかってんだろ?……放置してた分、楽しませてくれよ」
耳元で囁いたその言葉に、小さな体はわかりやすく跳ねた。顔を俯かせ、チラチラと俺の様子を伺った後、恐る恐る重ねられた唇は一瞬で俺から離れていった。
「これでいい……?」
「足りないな」
「もう1回だけだよ」
そう言って再び重なった柔らかな唇を、今度は逃すまいとすかさず彼女の頭の後ろに手を回す。深い口付けを交わすとほぼ同時に、視界の端を一枚の紙が落下していくのが見えた。
程なくして床へ伏せた幼き日の自分に、残念ながら俺の勝ちだ。と意味のない勝利宣言をしては甘い口付けを堪能しながら、俺は一人ほくそ笑むのだった。
2022.03.15
HAPPY BIRTHDAY TORAO
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