こころふわり
「あー……流石にキツいなぁ……」
伸びをしながら一人楽屋で漏らした言葉に続けて、大きな大きなため息を吐く。ここ最近1人の仕事が続いていて、しかも有難いことにめちゃくちゃ忙しい。ユキは愚か奈々美にも会えない日々が続いていて、割と、だいぶ、いや、かなり寂しかったりする。
スマホでこの後のスケジュールを確認しながら楽屋を出るとほぼ同時に、迎えの車が到着した旨を知らせるラビチャが届いた。それにスタンプで返信をしてエレベーターホールに足を踏み入れると、今まさに閉まりかけているエレベーターが目に入りオレは声を上げて駆け出した。
「すみませーん!乗りまーす!」
別にそんなに急いでる訳では無いけれど、ここのテレビ局はフロアが多くてエレベーターがなかなか来ないのだ。しかも今居る階は上層階だから、一度逃したらかなり待つことになる。少しでも早く車で休みたい! その一心で乗り込んだエレベーターには1人しか乗っていないようだ。咄嗟にボタンを押してドアを開けてくれたその人にお礼を言おうと顔を向けると、そこには最愛の彼女が居た。
「あれっ、奈々美!?」
「えっ、モモちゃん?」
お互い目を丸くして瞬きを繰り返していると、エレベーターから閉扉を促すブザーが鳴った。どうやら、開くのボタンを押しっぱなしだったようだ。奈々美が慌てて指を離せばエレベーターのドアがゆっくりと閉まる。ドアが完全に閉まりエレベータが動き出してから、オレ達は向かい合った。
「本当びっくり!今日の現場ここだったんだ!?」
「うん!あっ、えっと、はい!」
「えっ!なんで急に仕事モード?!」
「一応、職場なので……」
「え〜?さっき思いっきりモモちゃんって呼んでたのに〜?」
ケタケタと笑いながらそう言えば奈々美は、だってびっくりしたんだもん。と、唇を尖らせた。
あっ、奈々美も疲れてそうだ。久々に会った彼女を見てそんな事を思った。目元にはうっすらと隈を作っていて、そしてなんだかいつもより眠そうだ。多分、オレが思ったのと同じように、奈々美もそう思ってるんだろう。顔に、心配。と書かれている。
「ねえ、奈々美」
「何ですか?」
ふと、元気が出る方法を思いついて奈々美を呼んだ。不思議そうに首を傾げている奈々美に聞くより先に実行してしまおうかと思ったけれど、嫌われたくないからやめておく。
「キスしていい?」
「えっ!?」
「お願い!一瞬で元気になれるから!奈々美で元気チャージさせて!お願い!」
オレの言葉に頬を赤くして口元を慌てて隠した奈々美は、エレベーターの端まで逃げてしまった。
「だっ、ダメです!」
「ですよねー……」
ガクッと肩を落とすとほぼ同時に、エレベーターはが止まりドアが開く。中層階のエレベーターホールにはそこそこ人が居て、咄嗟に開くボタンを押そうと手を伸ばしたが、乗り込んできた若い男の子(多分ADさん)が、オレより先にそのボタンを押してくれた。
いそいそと奈々美がいる方へと移動すれば、つい数十秒前までは2人きりだった空間が、一瞬にして満員になってしまった。
「(もっと2人きりで居たかったな)」
隣に立っている奈々美を横目で眺めながらそんな事を思ってしまう。オレも奈々美もまだ仕事中で、今このエレベーターに乗ってる人達はオレ達のために頑張ってくれてる。そう分かってはいても、久々に会えたんだからせめて1階に着くまでは奈々美と2人きりで居たかった! なんて考えてしまうのは仕方がない事だと思う。
もうすぐ1階に着いてしまう。次に奈々美に会えるのはいつだろう。隙間時間を見つけてラビチャや電話もしてるし、それこそテレビをつければいつでもお互いの顔は見れるけど、やっぱりちゃんと顔を合わせないと寂しい。
今日この後の仕事頑張れば会いに行けるかな。でも明日も朝から仕事だし……。うーん。とひとりで唸っていると、不意に指先に何かが触れた。それが何かなんて見なくてもわかって、オレはそっとそれを握る。数秒後、スマホがラビチャを受信した。
−元気チャージこれでもいいですか?
王様プリンのスタンプと共に送られてきたその言葉に口元が緩みそうになって、慌てて顎につけていたマスクを引き上げる。
−バレないか、ちょっとドキドキしてる
続けて送られてきたラビチャに今度はマスクの下で盛大に口元を緩ませた。再び横目で奈々美を見ればオレを見上げる大きな瞳と目が合う。そして、どちらからともなくごく自然に体を寄せ、繋いだ手を背中に隠して、握っていただけの手を一度解き指と指を絡ませた。
−もっとドキドキしない?
送りつけたラビチャの返信の代わりに、繋いだ手にきゅっと力が込められた。
ずっとこのままでいたいなんて願望は叶うはずもなくて、気付けばエレベーターは1階に到着した。名残惜しさを感じながらも手を離し、お疲れ様です。なんて他人行儀な挨拶と会釈をして、オレは一足先にエレベーターを降りた。
たった数分の出来事だったのに、鉛がついているのかと思うほど重かった足は信じられないほど軽くなって、口から出ていたため息は歌声に変わった。
駐車場で待っていたおかりんにも、何かいい事ありました? なんて聞かれる始末だ。
−お仕事頑張ろうね!
直接言えなかった言葉を文字にして、大好きの思いを込めて送信すれば、同じタイミングで同じメッセージが届いた。それにめちゃくちゃテンションが上がったオレは、次の現場までの移動時間めいいっぱい、おかりんに奈々美の惚気話をして過ごしたのだった。
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