環BD




「……はぁ」

 深夜0時、4月でもこの時間はまだちょっと寒くて、擦り合わせた両手に息を吐きかけながら足早に帰路に着く。もともと休みだった今日、急遽呼ばれて入った仕事がこんなにも遅い時間までかかるとは思ってもいなかった。適当に止めたタクシーに乗り込みスマホを片手に、環くんとのラビチャの画面を見て大きなため息を吐く。

『仕事、頑張ってな』

 そのメッセージで終わっているトーク画面を遡ると、明日何時に待ち合わせようとか、楽しみだねなんてやりとりが続いている。そう、本当は今日1日環くんの誕生日を祝うべく久々に2人で出かける予定だったのだ。

『今仕事終わったよ。今日は本当にごめんね』

 落ち込んでいる王様プリンのスタンプを添えてメッセージを送るも当然ながらすぐに既読にはならない。罪悪感から目を背けるように目蓋を閉じて今隣にいない環くんに想いを馳せる。今日1日楽しく過ごせただろうか。大好きな笑顔を思い浮かべながらそんなことを考えていると、元々そう遠くない距離だというのもあって、気が付いたら自宅に着いていた。

「ありがとうございました」

 運転手さんにお礼を告げてタクシーを降りると、やっぱり少し寒くて夜風に体を震わせる。仕事をしている最中は考える余裕もなかったけれど、いざ1人になると落ち込んでしまって、私自身が今日をすごく楽しみにしていた事を改めて実感する。

「……はぁ」

 本日二度目のため息を吐きながらエレベータを降りて、私は思わず足を止めた。玄関の前に今一番会いたかった人が居たから。

「……環くん?」

 その人は私の声で顔を上げてゆっくりと立ち上がった。よっす。と軽い挨拶をしながら片手をあげているのは紛れもなく環くんで、まさかこんなところに彼がいると思っていなかった私は瞬きを繰り返すことしかできない。

「えっ?なんでここに?」
「さっきまで、そーちゃんとももりんとゆきりんとご飯食べてたんだけど」
「うん?」
「その……やっぱりななみんに会いたくて、ここで降ろしてもらって帰ってくるの待ってた」
「えっ!いつから!?」
「……30分くらい前」

 照れ臭そうに視線をそらしながら頬を掻く環くんに、胸のあたりがキュッと締め付けられる。何も言わない私に不安を感じたのか、彼は様子を伺うように恐る恐る尋ねた。

「迷惑だった?」

 その言葉にハッとして慌てて首を左右に振ると、環くんは安堵の息を吐いて笑顔になった。再び胸のあたりがキュッと締め付けられるのを感じて、私はそれに耐えきれず環くんの胸へと飛び込んだ。環くんの大きな背中に腕を回すと、胸を締め付けていたモノが次第に消えていく。始めこそ体を固くしていた環くんも、今では私の頭をそっと撫でてくれている。

「本当はさ、仕事で疲れてるだろうから、来るかすっげー悩んだ」
「私も会いたかったから嬉しいよ」
「……本当?無理してねえ?」
「してないよ。環くんに会ったら疲れなんか吹っ飛んじゃったもん」
「へへっ、なら来てよかった!……って!やば!ももりんからもらったこれ、ケーキなんだった!」

 私を抱きしめた時に斜めになってしまった箱を慌てて水平にする環くんに笑い声をこぼせば、それに釣られて彼も笑った。一頻り笑った後、至近距離にある環くんの唇が目に入ってなんとなく目を逸らす。

「……中入ろうか」
「うん。ケーキ、一緒に食べよ。王様プリンもあるし!」
「私もいただいていいの?」
「当たり前じゃんか!」

 王様プリンは1人2個! と、ピースサインを突き出した環くんを促して部屋の中に入る。それと同時に、私はまだ直接言えてなかった言葉がある事を思い出した。一足先に部屋に上がって、靴を脱いでいる最中の環くんに向き直る。

「環くん」
「ん?」

 そして、名前を呼んだタイミングで上がった彼の顔に背伸びをして近づいて、そっとキスをした。


「お誕生日おめでとう」






2022.04.01
HAPPY BIRTHDAY TAMAKI



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