金曜日19:00
1週間なんてあっという間で、気付けば万理と約束している金曜日になった。仕事を定時であがり、軽く身支度を整えながらラビチャを開く。
-職場の最寄りまで行くから、場所教えて。
-今仕事終わった。最寄りは六本木だけど、万理の職場は?中間地点で良くない?
30分前に来ていたラビチャに返信をしながら、ふと万理が今どこでなんの仕事をしてるか知らないことに気が付いた。
まぁ、今日聞けばいいか。なんてまた身支度を整え始めたら、おしゃべり好きの同僚が化粧室に入ってきた。
これから彼氏とデートだとか、奈々美も早く彼氏作りなよとか、ナチュラルに人の傷をえぐって来る彼女。暫く自慢話をした後個室へと姿を消し、私は安堵の息を吐く。
それと同時に万理から返信が来る。
-俺も今六本木にいるから、19時にヒルズの前で。
なんだ、万理も六本木で働いてんだ。そう思いながら、了解。と王様プリンのスタンプだけ送り、素早く化粧を直して、同僚が戻ってくる前に。と、足早に会社を後にした。
予定よりだいぶ早く着いた私だったが、外はかなり寒いし、金曜の夜だから人は多いしで、既に疲れ切ってしまい、カフェでゆっくり待つことにした。
念のため大通りに面したカウンター席に座り、カフェの中にいる旨を連絡するが、すぐには既読がつかなかった。SNSをチェックしたり、ネットニュースを読んで時間を潰す。
世間は芸能人の結婚の報道で賑わっていた。
コンコン
突然前のガラス窓をノックされ、ふと顔をそこには長髪の男性が立っていた。どこかで見たことある顔だなぁ…。と思いながら、人違いかナンパだろう。と、再び携帯に目を落とす。
すると、真横にあるカフェのドアが開かれ、先ほどの男性が私の横の席に座ったのがわかった。
うわ、店の中まで来たし、隣に座るとか…。と、内心ドン引きしながら、万理早く来ないかな…。と、万理とのトーク画面を開いたと同時に、隣に座っている男性から声をかけられた。
「もしかして、気付いてない?」
聞き覚えのあるその声に顔を上げると、長髪の男性は頬杖をつきながら、ニコニコと人の良さそうな笑顔を向けていた。
「え…、万理?」
そう呟くと、正解。と言いながら、万理は私の鞄を持ち、空になったカップを返却口へと戻し、そのままカフェの出口へと足を向けている。
え?本当に万理?と、未だに処理が追いつかない脳を必死に働かせながら、慌てて上着を着て出口へ向かうと、万理が扉を開けてくれた。
「本当に気付いてなかった?」
「え、寧ろ気付かれると思った?その見た目で?もう10年くらい会ってないのに?」
「はは、たしかに。まぁ、俺はすぐわかったけどね」
遠回しに、お前は変わってないな。と言われているようで腹が立ち、脇腹を小突くと、ふっと小さく笑われた。
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「アイドルのマネージャー…?」
店に着くや否や、今何の仕事をしてるんだとか、六本木で働いてるのかとか、根掘り葉掘り聞かれた俺は、まぁ隠すようなことでもないし。と、今の仕事の事を簡単に伝えた。
「マネージャーと事務員兼任って感じだけど、今日は収録があったからたまたま六本木に」
「へぇ…。てっきりまだ音楽やってんのかと思った」
メニューを見ながらそう言う奈々美は、俺がRe:valeとして活動していた事は知っている。確か何度かライブも来てくれたはずだ。しかし、あの事故があった時、奈々美とは既に疎遠になってたし、変に心配させるのもあれだし、と特に伝えてはいなかった。
ただ、今なお勢いの衰えないRe:valeの千が、俺と組んでたユキという事は気付いているはずだ。それでもその事については深く触れない彼女の優しさに、ほっと胸を撫で下ろした。
「それで?何か用があったんでしょ?」
運ばれてきたサラダを分けながら、彼女は早速本題に入ってきた。もう少し近況報告してから…。と思っていた俺は思わず言い淀む。どこから話すべきか。いや、本題に入る前に、まず確認しておかなければならない事がある。
「奈々美って、今彼氏いるの?」
「…え?何?そんな事聞きにきたの?」
「え、いや別にそういう訳じゃないけど」
「ふーん…。今は居ない、この前別れた。以上、この話終わり」
はい。と、ぶっきらぼうに渡されたサラダは、俺の苦手な野菜は避けて分けられており、こいつ良く覚えてるな。と感心するとともに、まさか別れたばっかりなんて、タイミングがいいんだか悪いんだか…と、苦笑いをする。
その後変なスイッチが入った奈々美は、次々とアルコール度数の高いお酒を頼み、気付いた時には酔っ払っていた。
「大体!前の彼女が忘れられてなかったって、何年前の話しだっつーの!」
ガンッ!と、グラスを机に叩きつける奈々美。この手の話ははどうやら地雷だったらしく、完全に酔っ払った彼女は、元カレの愚痴を零し始めた。
同じ会社の人で、4年付き合ってたその人は、ある日元カノと再会し、そこから2人はまた関係を持つようになってしまったらしい。
所謂浮気をされていた奈々美は大激怒。先日、職場の休憩室でビンタをかますほどの大修羅場を迎えたのだとか。
しかもこの事が、おしゃべり大好きな同僚の耳に入ってしまい、アラサーなのにやばくない?婚期逃したね。と笑われたらしい。
「親にも、あんたまだ結婚しないの?とか言われるしさー!もう30なのに?って!私早生まれだから!30まで、まだ1年あるし!!」
そう口を尖らせながら左の薬指を撫でる奈々美は、なんだか寂しそうだった。
そんな彼女に頼むのは申し訳ないな。という気持ちと、逆に今の彼女ならあっさりOKしてくれるんじゃないだろうか。という気持ちがせめぎ合った結果、俺は後者に賭けることにした。
「奈々美はその人のこと、まだ好き?」
「ぜーんぜん!もっといい男みつけて、あいつも同僚も見返してやるし!」
「じゃあさ、俺とかどう?そこそこ、いい男じゃない?」
「…は?何言ってんの?」
そこでようやく俺は、今回奈々美を食事に誘った理由を打ち明けた。時折、うわぁ…。と溢す彼女の顔には"ドン引き"と書いてあり、やっぱりさすがの奈々美でも無理か。と諦めかけたが、彼女はうーんと暫く考えた後、別にいいよ。と呟いた。
「え?」
「だから、彼女のフリしてあげる。そのかわり!私の彼氏のフリもちゃんとしてよ?」
そう言いながら笑う彼女は、なんだか楽しそうだった。
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