壮五BD
「あっ、そうだ!」
台本を眺めるふりをしながら、衣装を見繕う背中をぼーっと眺めていた僕の耳に、元気な声が響いた。
「どうかしたんですか?」
「この前おすすめしていただいたアーティストさん、とっても素敵でした!」
勢い良く振り返った彼女の言葉に、人知れず胸を弾ませた。あれは確か数ヶ月前、どうにかして共通の話題を作りたくて、僕は彼女にお気に入りのアーティストを教えたのだ。それから特に話題に上がることが無かったから、まさか聴いてくれているとは思っていなくて、口元が緩みそうになるのを必死で堪えた。
「ロックってあんまり聴いたことなかったんですけど、すごくかっこよかったです!」
キラキラと瞳を輝かせながら詰め寄ってきた彼女は少し興奮していて、初めて見るその表情に驚いた僕は瞬きを繰り返す。それと同時に、僕の好きな音楽が彼女の心をこんなにも動かしたのだと思ったら、嬉しくて仕方がなかった。
「聴いてくれたんですね!」
「あっ、はい!今日も聴きながらここまで来ました!どの曲も好きなんですけど、特にあのアルバムのーー」
あの曲が良かったとか、ここの歌詞が好きだとか、楽しそうに話す彼女はとても可愛らしくて、つい小さく笑い声を零してしまう。
「はっ!すっ、すみません!一人で盛り上がっちゃって」
「えっ?そんな事ないですよ!」
「私、ハマるとどっぷりいっちゃうタイプでして……」
「僕もですよ!彼らの良さが伝わって嬉しいなぁ。それに、」
僕が好きなものを、好きになってもらえて嬉しいです。そう言おうとして、口を噤んだ。彼女におすすめした時、僕には確かに下心があった。それを彼女が知ったらがっかりするんじゃないだろうか。そう考えたら言葉が詰まってしまったのだ。
「それに、何ですか?」
「あ……何でもないです。そう言えば、僕もこの前教えてもらった小説読みましたよ」
「えっ!」
カバンから読みかけの小説を取り出しながらそう告げると、彼女は少し大きな声をあげた。それからぱちぱちと瞬きを繰り返した後に、両手で口元を隠した。
「どうかしました……?」
「いえ、あの、読んでもらえるとは思ってなくて……。どうでした?」
「すごく面白かったです!好きな作風で、今までなんで読んでこなかった事を後悔したくらい。まだ途中なんですけど、今は陸くんから借りた同じ作家さんの別の作品を読んでて」
これです。と本を差し出せば、嬉しそうにそれを手にした彼女。それとほぼ同時に口元にきゅっと力が入っているのが見えて、何か気分でも害してしまったのかと焦る。
「すみません。僕何か気に触るような事を……?」
「え?あ!いや、違うんです!私もこの作品大好きだから嬉しくて、その、顔に力入れてないとニヤけちゃいそうで」
その言葉の数秒後、やっぱり我慢できないです。と、彼女は口元を緩めながら言葉を紡いだ。
「実は私、逢坂さんと共通の話題が欲しいなって前から思ってて」
「えっ」
「だから、おすすめした本読んでくれたの本当に嬉しいんです!それに、自分の好きなものを、逢坂さんが好きって言ってくれるのも嬉しくて」
ほのかに頬を染めている彼女の笑顔に、言葉に、心臓がドクンと大きな音を立てる。そろそろ衣装決めなきゃですね! と逃げるように僕に背を向けた彼女の背中を見つめながら、僕は呟いた。
「僕も、同じ事思ってました」
僕の言葉に彼女の手が止まった。ぱっと振り返ったその表情は、嬉しさとか恥ずかしさとか色んな感情が混ざり合っているように見える。
視線を泳がせながら開きかけた口をきゅっと引き結んで、それからまた開いてを繰り返している彼女。それを見つめながら、僕は次に投げかける言葉を必死に探す。大きな瞳が真っ直ぐに僕を見つめたタイミングで口を開けば、二つの音が重なった。
「「あのっ!」」
数秒の間の後、どちらからともなく吹き出して、お互いお先にどうぞと譲り合う。それがなんだかおかしくて、僕たちは再び吹き出した。
「ふふっ、なんだかおかしいですね」
「そうですね」
「あの、逢坂さん」
「はい」
「逢坂さん、この前お誕生日でしたよね?」
「え?あ、はい」
急になんの話だろう。と首を傾げると彼女は、ご迷惑でなければ。と言葉を続けた。
「私の好きな本を、プレゼントさせていただいてもいいですか?その、逢坂さんともっと色んなことお話ししたいんです」
心配そうに様子を伺っている彼女に、つい笑みが溢れる。君からのお願いを、僕がダメなんて言うはずがないのに。
勿論です。と頷けば、彼女は今日一番の笑顔を浮かべた。その笑顔を眺めながら僕は、彼女の誕生日には僕の一番好きな曲をプレゼントしようと、そう決めたのだった。
2022.05.28
HAPPY BIRTHDAY SOGO
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