楽BD




「……またやったな」

 誕生日祝いで買ってきた小さなホールケーキ。2人で食べるには十分な大きさのそれを箱から取り出せば、イチゴの数が減っていた。減っていたというか、最早跡形もなかった。

「楽、またケーキのイチゴ食べたでしょ!」

 ソファに腰掛け台本を読み込んでいる楽にそう問えば、彼はあっけらかんとした顔で言った。

「ああ、美味かった」
「美味かったじゃなくて!何回も言ってるじゃん、つまみ食いしないでって!」

 お互いの誕生日はどんなに遅くなってもちゃんとお祝いをする。そんな2人の約束の中で彼は毎度同じ事を繰り返す。私の目を盗んでケーキの上のイチゴをつまみ食いするのだ。

「何でいつもつまみ食いしちゃうの?」
「どうせ俺のためのケーキなんだからいつ食ってもいいだろ」
「そう言う問題じゃないんですけど。って言うか、私の誕生日の時もつまみ食いするじゃん」

 もー。私もイチゴ好きなのに。と頬を膨らませば、悪い悪い。なんて言いながら私の頬を指で突く楽。彼のその楽しそうな顔を見たら、どうでも良くなってしまうところまでが毎回のやりとりだったりする。なんだかんだ、私は楽に甘いのだ。


「それにしても、つまみ食いするなんていつまで経ってもやる事がお子ちゃまですね、楽くんは」

 2人でソファに腰掛けてイチゴの少ないケーキを口に運びながら、子どもに話すようにそう言えば、楽はムッとしてフォークを動かす手を止めた。

「そんな事ねえよ」
「そんな事ありますぅ」
「口の端にクリーム付けながらケーキ食うやつに言われたくねえ」
「えっ!嘘!どこについてる!?」
「ははっ、嘘だよ。嘘」

 慌てる私の顔を覗き込み、にっと意地悪そうに笑った楽の腕を軽く叩けば、今度は楽しそうな笑い声が聞こえてくる。からかわれた恥ずかしさからか顔が熱くなってきて、私は両手で顔を扇いだ。

「もー!やめてよ。無駄に慌てちゃって恥ずかしい!」
「顔赤くなってる。かわいいな」
「からかわないでよねっ!」
「からかってねえよ。本当にかわいいって思ってる」

 その言葉と一緒に伸びてきた手から逃げるように反射的に距離を取る。

「何で逃げるんだよ」
「……えっと、何となく?」
「何だそれ」

 息を呑んだ私にお構いなしに、逃げるなよ。と距離を詰めてくる楽。この先の展開に備えてギュッと目を瞑れば、頭上から笑い声が聞こえた。

「まだ何もしてないのに顔真っ赤だぞ。いつまで経っても慣れないんだな」
「……楽相手に慣れろっていう方が無理なんですけど」
「何だそれ。いつまでもかわいい奈々美が見られるから、俺は別に今のままでいいけどな」
「っ……!あっ、ケーキ!ほら、ケーキ食べちゃわないと!うん!」

 かわいいと言われる度に悲鳴をあげる心臓が、もうこれ以上は無理だと警鐘を鳴らし始め、私は食べかけのケーキに手を伸ばす。しかし楽はもうケーキには興味がないらしく、ケーキを頬張る私をただ見つめている。

「そんなに見られてると食べづらいんですけど……!」
「美味そうに食うなと思って」
「だって美味しいもん!……あーあー、これにイチゴが乗ってたらもっと美味しかったんだろうなぁ」
「悪かったって」

 顔を見合わせてどちらからともなく笑い合う。うまく空気を変えられた。そう心の中で安堵の息を吐きながら、他愛のない話をしていると楽が不意に、あっ。と声を漏らした。

「クリーム付いてるぞ」

 自身の口元を指差しながら言う楽に、私はドヤ顔で返す。

「もうその手には乗らないんだから」
「いや、今度は嘘じゃねえよ」
「はいはい。楽もう食べないならそれも」

 食べていい? そう続けようとしたのにそれは叶わなかった。楽の親指が私の口の端に添えられて、そこについていた何かをぐっと拭う。そしてそれをさも当たり前のように自分の口へと運んだ。

「また顔赤くなってる」
「えっ!だって、なんか、ドラマみたいでドキドキしちゃって……」

 私の言葉に吹き出しひとしきり笑った後、楽はにっといたずらっ子のように口角を上げて耳元に唇を寄せた。それすら恥ずかしくて、私は再びギュッと目を瞑る。

「ドラマなら、こうだろ?」

 口の端に唇を落とされ身を固くすると、ふっ。と楽が笑ったのがわかった。

「目、開けろよ」

 少し掠れたその声に導かれるようにゆっくりと瞼を上げれば、優しいグレーの瞳が私を映していた。本当、かわいい。の言葉と一緒に降ってきたキスの雨は、なんだかいつもよりも甘く感じて、どことなくイチゴの香りがした。







2022.08.16
HAPPY BIRTHDAY GAKU



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