天BD
「天、疲れてるでしょ」
久しぶりに会った彼女に玄関先で開口一番言われた言葉。それを否定するのにほんの少し時間がかかった。
「……別に、疲れてないよ」
「はい、嘘!間があった!」
なんで嘘つくの! そう言って眉を吊り上げた奈々美はボクを招き入れたあと、ソファに座って自身の膝を叩き、おいで。とボクを呼んだ。それが何を意味するのかわからない程馬鹿じゃない。
「今日はボクの誕生日のお祝いで出かけるんじゃなかった?」
「そんな疲れた顔してる天を連れて行けません」
「疲れた顔してる?ボクが?」
疲れや不調を顔に出さずいつも通りに過ごすのは得意だし、今だってうまく隠せているはずなのに、どうして彼女は気付いたのだろうか。
「どうして気付いたんだろう?って思ってるでしょ」
ボクの心を読んだようにくすくすと笑う奈々美は、いいからおいで。と再び自身の膝を叩いた。ボクはそれに従ってソファに横になり、彼女の膝に頭を預ける。ふわりと漂う甘い香りは大好きな香りだ。
「それで?」
「ん?」
「どうして気付いたの?」
「それはもう、愛の力に決まってるじゃん!」
なんちゃって。そう言って自身の言葉に照れたように笑うのが可愛くて、自然と笑みが溢れる。それを見て、彼女が安心したような表情を浮かべたのがわかった。
「ねえ、天」
「何?」
「私には甘えていいんだからね」
ボクの頭を撫でながら呟かれたその言葉が、雫のように胸に落ち、全身に巡る。緊張していた糸がプツンと切れたように全身の力が抜けて、ゆっくりと瞼が落ちていく。そして気が付いた。これが今のボクに一番必要だった言葉だったんだと。
「……ようやく、スイッチをオフに切り替えられたみたい」
「よかった。さっきまで表情筋どうなってるの?ってくらい作られた顔だったから、気張ってるんだろうなって思ってた」
「そんなにわかりやすかった?」
「ううん。きっと私にしかわからないよ」
「それも愛の力?」
「ふふっ、そう。愛の力」
目を瞑ったままでも奈々美がどんな表情をしているかは想像に容易くて、彼女の笑顔に心が暖まっていくのがわかった。本当はこの目でちゃんと見たいのに、瞼は自分の仕事を放棄したかのように動かない。
「……今日、折角会えたのにごめん」
「いいんだよ。私は天と居られれば別に場所なんかどこでも。あ!起きたらお祝いしようね。誕生日、もう2ヶ月も過ぎちゃってるけど」
笑い声混じりの言葉にかろうじて頷く。まだまだ話していたいのに、そんな気持ちとは裏腹に意識が遠のき始める。
脳が本格的に寝る準備を始めて、おやすみ。という言葉が声に出せたのかも定かではない意識の中、それでもはっきりと聞こえた彼女の、おやすみ。の言葉と、唇に感じた柔らかい感覚。それがただただ心地よくて、どうしようもなく愛おしかった。
2022.07.09
HAPPY BIRTHDAY TEN
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