前日譚




「電車に乗る!?トラが!?」
「ああ」

 撮影の合間、楽屋にトウマの声が響く。各々の時間を過ごしていた巳波と悠は、その声にそれぞれスマホと台本から顔を上げた。

「トウマうるさい」
「わっ、悪い」
「何やら楽しそうな話題ですね」
「別に楽しくなんかないさ。奈々美がとんでもないことを言い出してな」

 ソファへと腰を下ろした虎於はことのあらましを3人に伝えると、その流れで自身の許嫁への愚痴をこぼし始めた。しかしその話は第三者が聞けばほぼ惚気にしか聞こえない内容で、3人はただ黙って聞くことしかできなかった。

「はぁ。まったく、好奇心旺盛なのは構わないが、俺を巻き込まないでもらいたいもんだ」

 その言葉をもってようやく愚痴、もとい惚気話を終えた虎於は大きなため息を吐きながら、なあ? と3人に同意を求める。

「……現地で待ち合わせれば良かったじゃん」
「本気で言ってるのか?あの見た目だぞ?電車に乗ってる間に何かあったらどうするんだ?」
「まあ、片瀬さんかわいいもんな……」
「おいトウマ、奈々美は俺の女だ」
「わかってるっての!」

 きっ! とトウマを睨んだ虎於に、巳波は小さな笑い声を溢した後、つまり。と話を続けた。

「御堂さんは、奈々美さんのために、電車の乗り方を会得したい。と言うことですか?」
「まあ、会得はしたいな。別にあいつのためじゃないが」
「出たよ」
「まあまあ。彼女にはかっこいいところだけ見せたいってのが男ってもんだろ?」
「ふっ。俺は何をしててもかっこいいけどな」

 ドヤ顔でそう言った虎於を受け流すように、ははっ、そうだなー。と相槌を打ちながら、トウマは思案した。電車の乗り方を教えると言っても、切符を買って改札をくぐり、来た電車に乗るだけ。特別な作法も難しいことも何もない。

「一応確認だけどさ、切符の買い方は流石にわかるよな?」
「切符くらい買える。新幹線の切符は買ったことあるからな。ネットで買えばいいんだろ?」
「……まあ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりそこからか」
「なんだよ。違うのか?」

 トウマの呟きに顔を顰めた虎於に、巳波は口を開いた。

「通常、在来線の切符は駅の券売機で買うんですよ」
「券売機?」
「そうです。もしお時間があれば、今日この撮影が終わったら駅に行ってみませんか?4人で」
「おお!いいな!いやー、言葉だけじゃ伝わらなさそうだからどうしようかって思ってたんだ」
「実践形式か。確かに、その方が早くマスターできそうだ」
「ではそうしましょう」

 とんとん拍子に進んでいく会話を、悠の声が遮る。その声色には焦りが含まれていた。

「ちょっと!オレは行かないから!四葉とゲームする予定あるし」
「あら、そうなんですか?残念です」
「大体、4人で行ったら目立つじゃん。やめておいた方がいいんじゃない?」
「確かに、4人だと目立ちそうですね。では、3人で御堂さんの電車デビューの思い出を作りに行きましょうか」

 3人で、の部分を強調しながら話を進める巳波に、悠は先ほどとは異なる焦りを感じてぶっきらぼうに呟いた。

「……やっぱりオレも行く」
「いいんですよ、無理なさらなくて。4人だと目立ちますし。ご予定があるんですよね?」
「無理してないし!ちょっとだったら時間あるし。……それに、3人だけで思い出作るのとかずるいじゃんか」
「あらあら。亥清さんは私たちのことが大好きなんですね」

 悠を揶揄っている巳波が楽しそうな笑い声を上げたと同時に、楽屋にノックの音が響く。話を一時中断させ撮影へと向かった彼らはそつなく仕事をこなし、撮影が終わるや否やスタジオの最寄駅へと足を向けるのだった。










「これが券売機だ!」

 駅に到着した4人は早速実践形式の授業を始めた。今回教鞭を執るのは最初に相談を受けたトウマ。それを悠と巳波が見守っている。

「へえ。どうやって使うんだ?」
「まず上の運賃表で値段を調べて……」

 切符の買い方を人に教えるのなんて生まれて初めてだな。トウマは心の中でそんなことを考えつつ、丁寧に教えていく。傍で見ている悠がポツリと呟いた。

「本当、トウマって面倒見いいよね」
「そうですね」
「って言うか巳波、何撮ってるの……?」
「え?ふふっ、好きな女性のために一生懸命な御堂さん、とっても可笑し……かわいらしいじゃないですか。なので記録に残しておこうかと」
「うわぁ……」

 虎於ドンマイ。と心の中で哀れみの言葉を投げる悠。そんな事は梅雨知らず、虎於はトウマに教わりながら切符購入を実践している。電子音と共に出てきた切符を手に取りまじまじと見ている虎於に、トウマはぐっと親指を立てた。

「なっ!簡単だろ!」
「ああ、俺の手にかかれば余裕だった。……しかし、電車の切符ってのは小さいんだな」
「え?まあ、降りる時に改札機に回収されるからな」
「そうなのか」

 うーん。と頭を悩ませている虎於に悠は首を傾げた。

「何悩んでんの?」
「いや……。正直、このサイズのものをあいつがが失くさず持っていられる気がしない」
「虎於が持っててあげればいいのに」
「俺だってリスクを背負いたくない」
「それなら、ICカードを使われてはいかがですか?」
「ICカード?なんだそれは」
「これだよ」

 その問いかけに券売機に貼られているポスターを指差したトウマ。その指がさした方へ虎於が目を向けると、ペンギンのキャラクターと目が合った。そしてそこに書かれている大まかな説明文を読んだ虎於は、納得したように声を上げた。

「へえ」
「あんまり乗らないなら切符の方がいいと思ったけど、こっちにするか?」
「これは回収されないのか?」
「チャージすれば何度でも使えますよ」
「なるほどな。このペンギンは?カードに描かれてるのか?」
「ペンギン?あー……描かれてた、ような……?」
「オレ今持ってるよ」

 ほら。と悠が差し出したカードを手に取ってまじまじと見た後、虎於は何度か小さく頷いた。

「こっちにする。失くすリスクも低くなりそうだし、あいつはかわいいものが好きだからな。このペンギンも気に入りそうだ」

 そう言って肩を竦めながら優しく笑った虎於に、3人は顔を見合わせる。きっと同じことを思っているが、あえて誰も何も言わない。

「それで?このカードはどこで……って、何だ」
「いや……虎於ってさ」
「御堂さんって本当に奈々美さんの事がお好きなんだなぁ。と思っていたんですよね、亥清さん」
「……まあ」
「俺は別に好きじゃない。と言うか、巳波。そう言えばおまえ、あいつとやたら仲が良いみたいじゃないか」
「ええ。お陰様で仲良くしていただいてます。今度一緒にショッピングに行くんですよ」
「は?おい、なんだそれ聞いてないぞ」
「あら、そうなんですか?」

 それはそれは。とにこにこしている巳波に虎於が詰め寄ろうとしたタイミングで、トウマが2人の間に入った。その手には2枚のカードが握られている。

「ほらトラ!買ってきてやったぞ!」
「ああ、悪いな。ありがとう」
「いいっていいって!」

 何やら嬉しそうに、満面の笑みで肩を叩いてくるトウマを虎於は些か不審に思いながらも、彼が用意してくれたカードを丁寧に鞄の中に仕舞った。

「よし!じゃあ、さっそく電車に乗ってみるか!」
「いや、乗るのはやめておく」
「え?」
「いいんですか?」
「無駄に切符買っただけになるじゃん」

 思い思いの言葉を投げかける3人。そんな彼らに虎於は、ああ。と頷いた。

「初めてはあいつとがいい」

 まあ、仕方なく付き合うんだけどな。と腕を組みやれやれと言った表情で言葉を付け足した虎於に、3人は再び顔を見合わせる。

「……ふーん」
「そうか!いや、そうだよな!」
「痛い!トウマ、さっきからなんなんだ?肩を叩くなよ!」
「あはは!悪い悪い!」

 パチン! と顔の前で手を合わせたトウマは、やはりどことなく嬉しそうだ。

「では、ここから先は座学と言うことで」
「んじゃ、事務所に戻るか」
「御堂さんのお宅でもいいんじゃないですか?」

 どうせハウスキーパーさんが綺麗にしてくれているのでしょう? と笑顔を向けた巳波の言葉に、虎於は間髪入れずに首を振った。

「今日はダメだ。あいつが居る」
「あらあら。私たちは構いませんよ?ねえ?」
「え?ああ、まあ片瀬さんなら顔見知りだしな」
「別にいいけど」
「ダメだ。巳波、知ってて聞いただろ」
「さて、どうでしょう?」
「まあ、場所はあとで決めるとして、とりあえず飯食おうぜ!腹減っちまった」
「そうですね。亥清さん、時間は平気ですか?」
「まだ平気」

 何を食べたいかを口々に言い合いながら駅を後にした4人は、その後結局ご飯を食べながら授業の続きを行ったのだった。
 後日、何の問題もなく完璧に乗れた。と報告した虎於に、3人はくすくすと笑い声をあげたのだが、虎於にはその笑いの意味を知る由もないのであった。









★トウマ
虎於が1人の女の子を大事にしてるのがとにかく嬉しい。お前らの幸せのためなら何でもやってやるぜ!の精神。

★巳波
虎於をからかう材料が日々増えていくのが楽しい。許嫁ちゃんの連絡先をどう入手したかはいまだに謎。

★悠
虎於の珍しい表情を見るとそわそわしちゃう。人の恋愛に興味がないわけではない。だって思春期だもん。



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