知らない君
ピピピピ
「ん〜…」
どこからか聞こえる電子音と、寒さから逃げるように寝返りを打ち、ろっぷちゃん〜。と、いつも一緒に寝ているろっぷちゃんのぬいぐるみに抱きつく。
この時期にしては暖かいな。っていうか、うちのろっぷちゃんこんなに大きかったっけ…。と、微睡んで居ると、頭上から、くすくすと笑い声が聞こえた。
ん…?笑い声…?
ばっ!と音が聞こえてきそうなほど勢いよく顔を上げれば、そこには笑いを堪えようと必死になってる万理がいた。
「ななな、なんで万理がうちに居るの?!」
ってか何!なんで笑ってんの!?と言いながら、念のため布団の下の自分の身体を確認すると、見覚えのないスウェットを身につけていた。え?何?どういう状況?
「いや、ここ俺ん家。っていうか何、おまえろっぷちゃんと寝てんの?」
ぷぷっと、笑っている万理のお腹にパンチをしようとするも、私の行動は読まれていたようで、難なく避けられる。
そのまま上体を起こして自身の膝の上で頬杖を突き、にやにやしながら私を見ている万理は、長髪も相まってなんだかやたらと色っぽくて、途端に気恥ずかしくなった私は顔を隠すように布団を引っ張った。
それよりも、どういう状況なのだろう。…さては、こいつ、早速ルールを破ったな?!この節操なしめ!と、目元だけ布団から出して万理を睨み上げるも、万理は、ん?と首を傾げるだけだった。
「ルール破ったでしょ」
「なんのルール?」
「…手出さないって」
「俺が?おまえに?出すわけないだろ」
「…じゃあなんで、私が万理の家にいて、万理の服を着てんのよ」
さぁ、何ででしょう。と言いながらベッドを降りた万理は、そのまま部屋を出て行った。
なんなのよ…。と思いながら辺りを見回し時計を探す。やっと見つけた時計は、3時半を指していた。カーテンの外はまだ暗いから、夜中の3時半だろう。
いそいそとベッドから降りて、隣の部屋へ向かうも、そこに万理の姿は見当たらず、洗面台から溢れる光と聞こえてきた水の音で、身支度を整えてるのがわかった。
「あれ?もう起きるの?」
数分後、顔を拭きながら戻ってきた万理は、まだ寝てれば?と言いながら、換気扇を回し、タバコに火をつけた。
「電車まだ動いてないだろ」
「…送ってよ」
「残念、俺はこれから仕事です。服は洗濯かけて今乾かしてるから、乾いたら着替えて適当に帰りな」
そう言いながら万理は洗濯機を指差し、フーとタバコの煙を吐く。
その後、おまえと話す時間なんかない。と言わんばかりにテキパキと身支度を整えた万理は、じゃ行ってきます。と、未だに状況が把握できずにいる私を置いてけぼりにし、早々に家を出て行った。
静寂が訪れた部屋に微かに漂う、タバコの匂い。
そして思い出す、細くて長い指で挟み、口元を覆うようにタバコを吸う万理の姿。(その姿が妙に様になっていて、思わず見惚れてしまったのはここだけの秘密だ)
起きがけのあの感じといい、タバコを吸う姿といい、昔の万理からは想像できなかったし、そんな万理を私は知らなかった。
「万理、いつの間にあんなに色っぽくなったんだろ」
私の呟きと共に、乾燥終了を知らせる電子音が鳴り響いた。
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「ふぁぁ…」
車に乗り込むと、思わず大きなあくびが出る。
昨日の夜は散々だった。
住所をナビに入れる前に眠ってしまった奈々美は、その後いくら声をかけても起きなかった。
もう日付も変わる時間だし、俺は明日も仕事だし…。と、自分自身に言い訳をしながら、俺は奈々美を俺の家へ連れて帰る事にした。
帰宅後、少しでも酔いを覚まさせるために、奈々美に水を飲ませようと試みたが、まぁうまく行くはずもなく、手渡したコップは奈々美の手から綺麗に滑り落ち、彼女の服が水を飲んだ。
その衝撃で少し目が覚めた奈々美に着替えてこい!と、スウェットを投げつければ、奈々美は黙って脱衣所へ行き、大人しく着替えて戻ってきた。
「布団敷くから待ってて」
と声をかけ、タバコを吸いながら次の日のスケジュールの確認素早く終わらせる。しかし、気付いた時には奈々美は俺のベッドへと潜り込んでいて、夢の中にいた。
その姿を見て一気に脱力した俺は、急激な睡魔に襲われ、もういいや。と、彼女を端に押しやりながら、同じベッドで眠りについたのだった。
その後、目覚ましの音で予定通りの時間に起きた俺は、奈々美を起こさないようにゆっくりとベッドから降りようとしたが、それは寝返りを打った彼女の手によって阻まれた。
「ん〜…ろっぷちゃん…」
そう呟きながら俺に抱きついてきた奈々美に、思わず吹き出す。昔から可愛いものが好きな彼女の事だ、きっと今でもろっぷちゃんのぬいぐるみと一緒に寝てるに違いない。
アラサーになってもぬいぐるみと寝てるなんて。と、止まらなくなってしまった俺の笑い声で、奈々美が目を覚ます。
なんで万理がいるの?!やら、ルールを破っただなんだと、いろいろと言われたが、適当に奈々美をからかいつつ、話が変に広がらないようにうまく流しながら、身支度を整えるため寝室を出る。
奈々美は状況理解を諦めて二度寝に入っただろうという俺の予想は外れ、彼女はリビングに突っ立っていた。
その後、まだ寝てれば?と声をかけるも、送ってよ。と言う彼女にこれから仕事の旨と、服は洗濯して乾燥をかけてる旨を伝え、奈々美は俺がいたら気を使って寝ないだろうし。と、早々に家支度をして予定より早めに家を出た。
今日は現場間の送り迎えだけだ。収録中は車で仮眠させてもらおう。と思いながら、MEZZO"の2人が待つ寮へと車を走らせた。
その日、収録を終えた彼らを送り届け、事務所で軽く作業をして、帰宅したのは18時。玄関の前に着くと、お隣さんの家から夕飯のいい匂いが漂ってきて、自分の腹の虫が鳴いたのがわかった。
「今日は蕎麦でも頼むか…」
そう呟きながら、鍵を開けて自宅のドアを潜ると、玄関前で感じたものとは違う、いい匂いが鼻をくすぐった。え?誰か居るのか…?と、恐る恐るキッチンへと足を向けると、そこには思いがけない人物が居た。
「あ、おかえり」
「…ただいま」
そう、今朝別れたはずの奈々美が、俺の家のキッチンに立っていたのだ。
何でまだいるの?とっくに帰ってたと思ってた。と、呟けば、はぁ…と盛大にため息をつかれる。
「鍵」
「へっ?」
「置いてってくんないと、帰りたくても帰れないんですけど」
そう。俺が鍵を置いていくのを忘れたがために、奈々美は今日1日を俺の家で過ごしていたのだと言う。
「あ…すっかり忘れてた」
「まぁ、鍵置いてったら、勝手に合鍵作られちゃうかもしれないしねぇ。危機感があってよろしいかと」
と、にやにや笑っている奈々美。
いや、元はと言えばお前がな…。と昨日の話を持ち出そうとした俺の前に、そんなことより、ほら。と、ラップのかかったオムライスが出される。突然の事に目を白黒させている俺を他所に、そそくさと帰り支度を始める奈々美。
「おまえは食べてかないの?」
「残念ながら、万理くんのお家には1人分の食料しかなかったので、私は自宅でゆっくり食べます」
肩を竦めながらそう言う奈々美に、思わず、ごめん。と呟く。するとそんな俺の様子に彼女は、うそうそ。と、笑った。
「それ、昨日迷惑かけちゃったお礼。それに、私ずっと寝てたからお腹減ってないんだよね」
じゃ、それチンして食べてね。あと、スープもあるから。とだけ言い残し、上着を着て荷物を肩にかけた奈々美は、足早に玄関に向かう。
慌ててその背中を追いかけると、見送りとか別にいいのに。と、奈々美は呆れたように笑った。
「駅までの道わかる?送ろうか?」
「え、何?急に優しいじゃん。でも大丈夫。万理が帰って来る前にアプリで調べたから。私のせいであんま寝てないんでしょ?ゆっくり休みなよ」
じゃ、また。そう言って奈々美はアプリを起動させながら、俺の部屋を後にした。
1人になり、改めて部屋を見渡すと、奈々美の服と一緒に洗濯にかけていた服が、綺麗に畳まれていることに気付いたが、きっとやる事がなくて暇だったから、畳んでくれたんだろう。と、さして気にしなかった。
オムライスをレンジで温めながら、明日はオフだしビールでも飲むか。と、冷蔵庫を開けると、おかずが詰め込まれている複数のタッパーが目に入った。
それを見つけたタイミングで、奈々美からラビチャが届く。
-そう言えば、そろそろヤバそうな食材いっぱいあったから、おかず適当に作っといたから。
-朝も食べずに出てったし、忙しくてもご飯はちゃんと食べなよ!
その2通と、環くんもよく使う、炎を纏っている王様プリンのスタンプが1つ。それに、ありがとう。と、了解。のスタンプを1つずつ送り、ラビチャを閉じる。
綺麗に畳まれた洗濯物といい、料理といい、昔の不器用な奈々美からは全く想像できないし、そんな奈々美を俺は知らない。
「あいつ、いつの間にこんなことできるようになったんだよ」
俺の声と共に、オムライスの温め終了を知らせる電子音が鳴り響いた。
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