上限知らずの愛ゆえに




「モモちゃん、おかえりだぴょん!」

 地方での仕事が終わり、お土産を渡しに奈々美の家に訪れた俺を玄関で待っていたのは、うさぎだった。いや、正確に言うと大きなうさぎのぬいぐるみだ。たしかろっぷちゃんとかいうキャラクターだったと思う。いやいや、それより何より、その大きなぬいぐるみを抱きながらいつもよりも少し高い声で、ぬいぐるみを動かてアテレコしてる奈々美のかわいさに驚いて俺はお土産を手から落としそうになった。

「わっ!危ない!大丈夫?」
「奈々美がかわいすぎて全然大丈夫じゃない!」
「えー?何それ」
「心臓痛いよっ!」
「それは大変だぴょん!」

 楽しそうに声を上げながら、うさぎのぬいぐるみを抱え直した奈々美は、心臓を抑えて立ち尽くしている俺を置いて一足先にリビングへと戻ってしまった。置いてかないでー! と嘆けば、リビングのドアから奈々美が顔を覗かせて、早くきて欲しいぴょん! なんて言うもんだから、俺は目にも止まらぬ速さで靴を脱いでリビングへと向かった。



「ねえ、さっきの何!?」

 ソファに腰掛けてぬいぐるみを抱えている奈々美に飛びつくような勢いで、彼女の隣に腰を下ろす。その勢いにくすくすと笑い声を上げた奈々美は、ユキさんがね。と話を始めた。

「大阪のライブでモモちゃんがうさぎになってたって言ってて」
「なんか語弊のある言い方だなぁ……」
「だから真似してみました。どうだった?」
「かわいすぎた!」
「ふふっ、ありがとう!」

 間髪入れずに言った俺ににこにこしながら、奈々美は俺の胸に飛び込んできた。

「おかえりモモちゃん。ライブはどうだった?」
「ただいま!すっごく楽しかったよ!でも、奈々美不足で死んじゃいそうだった!」
「私も、寂しくて死んじゃいそうだった」

 ぎゅーっと音が聞こえてきそうなほど抱き合って、見つめ合ってケラケラ笑い合う。最高に幸せだななんて思いながらも、傍に置かれたぬいぐるみからの視線がどうしても気になった。

「このうさぎ、どうしたの?」
「番組の景品でもらったの」

 かわいいでしょ? と奈々美はぬいぐるみを抱え直し、長い耳をパタパタさせる。かわいい。奈々美が。そう真顔で言えば、彼女は小さく笑い声を上げた。

「モモちゃんと会えない間、ずっとモモちゃんの話聞いてもらってたの」
「えー!何話してたの?モモちゃんも聞きたい!」
「ふふっ、秘密でーす!」
「なんで!?」
「恥ずかしいから」

 そう言って口元をぬいぐるみで隠した彼女からそれを取り上げ、ソファーの隅っこに後ろ向きで置く。奈々美の相手をしてくれてありがとう。でも、ここからはオレと奈々美の時間だ。

「ねえ、何話してたの?」
「んー?」

 頬を撫でながら顔を覗き込めば、奈々美はくすぐったそうオレの手にすり寄り、そっと目を閉じた。

「モモちゃんに早く会いたいなぁって」
「それから?」
「会ったらいっぱいハグして」
「うん」
「いっぱいキスしたいなぁって。……ねえ、モモちゃん」
「何?」
「キス、してもいい?」

 頬を赤く染め、上目遣いでオレを見た奈々美の唇を目掛けて、返事をするよりも先にキスをする。

「ダメって、言うと思った?」
「思ってない」

 鼻先が触れ合う距離でまた笑い合って、どちらからとも無く唇を重ねて、また笑い合ってを繰り返す。どれくらいの間そうしていたのかも、奈々美の言う『いっぱい』はクリアできたのかもわからないけど、会えない間に募った寂しさを埋めるくらいにはキスをした頃、オレのスマホがけたたましく音を鳴らした。

「……モモちゃん、スマホ鳴ってるよ」
「……うん」

 名残惜しさを感じながらスマホを手に取れば、自分でかけたアラームが帰宅の時間を知らせていた。スヌーズボタンを押して、邪魔すんな。と心の中で呟きながらスマホをポケットの中へと押しやっても、現実は変わらないわけで。

「はー……もう帰らなきゃ」
「そっか」

 目に見えてしゅんとした奈々美をぎゅっと抱きしめる。

「帰りたくないなぁ」
「明日早いって言ってたもんね」
「うん。あーあー!まだ奈々美充電終わってないのに!」
「今%ですか?」
「マイナスが0になったところ」
「えー?あんなにいっぱいキスしたのに」
「全然足りないよ!」

 それは大変。とくすくすと笑った奈々美はオレの胸をトントンと叩いて、緩んだ腕からするりと抜け出し、そしてソファの隅で背中を向けているうさぎのぬいぐるみに手を伸ばした。そしめそれを抱き上げ、少し長めのキスをした。ぬいぐるみにはヤキモチを妬かないぞと思いつつ、半目での光景を見ていたオレの前に、うさぎの顔がドアップで現れほんの少しのけ反る。

「はい!どうぞ!」
「えっ?何?」
「充電器!モモちゃんへの好きを、いっぱい送り込んでおきました。足りなかったらごめんね」

 そこでようやく奈々美の言いたいことがわかって、頭を抱えた。

「……余計帰りたくなくなっちゃったじゃんか」
「えっ!?何で!?」

 おろおろしながらオレの顔を覗き込んだ奈々美を、さっきよりも強い力で抱きしめる。

「奈々美がかわいすぎるからだよー!!」

 うわーん! と嘆くオレの背中に奈々美がよしよし。と腕を回したかと思えば、チュッと首筋にキスをされた。突然のことに驚きながらもそれを受け入れる。何度か繰り返されるそれに我慢ができなくなった頃、オレは深く息を吐いて彼女を呼んだ。

「奈々美さん奈々美さん」
「なんですか?百瀬くん」
「……それ、結構やばいかも。ってか、オレ試されてる?これ」
「試す……?私のモモちゃん充電も足りないので充電してるんです」
「あー……本当に帰りたくなくなっちゃうんですけどぉ」

 思った以上に情けない声が出て自嘲する。それと同時に、奈々美の家に迎えに来てって言ったらおかりん怒るかなとか、最悪タクシー使って行けばいいかなとか、でも台本家に置いてあるなとか、体力的にやっぱり帰らないとかなとか、色々考え始める。その思考を邪魔したのは、ポケットの中から再び聞こえた電子音だった。そしてそれを合図に奈々美は、ぱっ! とオレから離れていった。

「はい!充電終わり!また明日から頑張りましょう!」
「えっ!引き際潔すぎない!?」
「だってこれ以上一緒に居たら、本当に帰ってほしくなくなっちゃうもん……」
「……じゃあ、帰るのやめようかな」
「えっ!」

 オレの言葉に一瞬表情を明るくさせた奈々美は、すぐにはっとして頭を左右に振ってオレにうさぎのぬいぐるみをぐいぐいと押し付ける。

「だめだめ!お家でゆっくり寝てください」
「えー!」

 奈々美と一緒の方がよく眠れるのに。と言いかけてやめた。奈々美が我慢して送り出してくれてるのに、オレがわがままを言うのは違うなと思ったから。

「また連絡するね」
「ありがとう。私もドラマの撮影入っちゃうけど、合間に連絡するね」
「そっか、前言ってたやつもう始まるんだ!」
「うん!すごく楽しみ!」
「またいろいろ聞かせて!あっ!お土産、早めに食べてね」
「うん。明日食べるね」
「あったかくして寝るんだよ!」
「ありがとう。モモちゃんもね」

 名残惜しくて、お互いいつもよりも玄関先での口数が多くなる。どちらからともなく呟いたおやすみ。の言葉を最後に、玄関がパタンと音を立てて俺たちを別つ。

「……はぁ」

 途端にやってきた物寂しさを紛らわすように、ため息を吐く。お土産の袋と入れ替わりでオレの手元にやってきたうさぎのぬいぐるみをそっと抱きしめれば、大好きな甘い香りが鼻をくすぐった。ついさっきまで一緒に居たのに、もう会いたいと思ってる。この扉を再び開ければ会える距離に居るのにそれができない切なさを胸に、オレは最愛の人を思い浮かべながら、腕の中のそれにそっと唇を落としたのだった。



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