十BD




「龍くんって、沖縄で育ったのに全然色黒くないよね」
「え?」

 正面に座って、小首を傾げている彼女の手がそっと俺の腕を撫でる。たったそれだけのことなのに肩が跳ねて彼女がくすくすと笑った。

「龍くん、相変わらず初心な反応でかわいー!で?なんで?なんで黒くないの?」
「なんでって……」

 向こうに住んでた時は日焼けしていてそこそこ黒かったし、天や楽と比べると白くは無いよ。なんて話をすれば、彼女は再び俺の腕に自身の手を重ねた。

「確かに、こうやってみると私真っ白に見える」
「君は色も白いし、肌が綺麗だから尚更だよね」

 俺の言葉に瞬きを繰り返した彼女はほんの少し頬を染めて、本当そう言うとこ……。とため息混じりに呟いた。

「えっ、ごめん!変な事言ったかな……?」
「全然!ねえ、それよりさ!日焼けしてた時の写真ないの?黒くなってる龍くん見たーい!」
「うーん。子どもの頃の写真なら、この前企画で使ったやつがあるんだけど……」
「えっ!見たい!見せて見せて!」

 目をキラキラさせて身を乗り出す彼女へスマホを差し出せば、彼女の目の輝きが増して、ぱあっと表情が華やいだ。

「ええっー!何っ!めちゃくちゃかわいいっ!ハイビスカス似合うし、日焼けしてる!」
「あはは、何だか照れるなあ。もう1枚あるんだけど、こっちは弟がすごくかわいいんだ!」
「え〜!本当だ!赤ちゃんだ!」

 かわいい〜! としばらく写真を眺めて顔を蕩けさせていた彼女は、画面をスライドさせて1枚目の写真へと戻り、ぽつりと呟いた。

「いいなあ、沖縄」
「行った事ないの?」
「仕事ではあるけど、その時はゆっくりできなかったから、ぜーんぜん楽しめなかったの!」

 沖縄の料理食べる時間も無かったんだよ! と嘆く彼女に、俺は無意識に言葉を投げかけていた。

「じゃあ、今度一緒に行こうか」

 その瞬間、時が止まった。自分でも一瞬何を言ったのかわからなくて、持っていたスマホを落とした事によって脳が活動を再開してようやく、自分の発言に頭を抱えた。

「え〜!!いいの!?龍くん、私と旅行してくれるの!?」
「えっ、いや、その……!」
「私がどんなに誘っても日帰り旅行すら行ってくれなかったのに、龍くんから誘ってくれるなんて夢みたい!」
「あっ、だから、あの……!」
「龍くんの思い出の場所とか、地元とか言ってみたいなぁ〜!」

 楽しみ! とはしゃぐ彼女に、ちょっと待って! とストップをかける。

「ごめん、軽率な発言だった!と言うか、その、無意識に出た言葉で……。やっぱり、付き合ってもない女性との旅行は……」

 俺の言葉に彼女は肩を落とすかと思えば、両手で自身の口元を押さえてわなわなと震えていた。

「あ、あの……?」
「無意識に言ってたって事は、もうそれ私の事好きになっちゃってるってことじゃない?」
「ええっ!?」
「大丈夫だよ龍くん!私、絶対龍くんの事幸せにするから!」
「ええっ……!?」

 なんでそうなるんだよー! と心の中で叫ぶ俺の手を彼女は両手でぎゅっと握り、上目遣いで俺を見る。

「何回も伝えてるからもう聞き飽きてると思うけど、私龍くんの事本当に好きだよ?龍くんは、私の事嫌い……?」

 嫌いなら、もう今日で最後にするから。そう言って目を伏せた彼女は、ずるいと思う。自分を好いてくれてる人を嫌いになんてなるはずない。それに、嫌いだったら今日こうやって、俺の誕生日祝いという名目で誘われた食事にも来ないと言うのに。きっとそういうを全部わかってて、彼女はこの言葉を選んでるんだ。そう思っていたのに、今俺の手を包んでいる手は微かに震えていて、細い指の先が徐々に冷たくなっている。
 今彼女は俺からどんな返事が来るかわからなくて緊張してるんだ。そう思ったら、無性に彼女の事が愛おしくなった。

「……嫌いじゃないよ」

 俺の言葉に勢いよく顔を上げた彼女は、安心したように今日一番の笑顔を浮かべて言った。

「龍くんやっぱり大好き!」



 今はまだこの胸にある気持ちが、彼女が俺にくれる『好き』と同じものだと言える自信はないけれど。いつか同じ気持ちになれたら、その時は一緒に俺の大好きな景色を見たいななんて漠然と思いながら、俺は冷えた細い指先を温めるように、そっと彼女の手を握った。






2022.10.12
HAPPY BIRTHDAY RYUNOSUKE



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