「トウマおそーい!」
仕事終わり、メンバーからの飯の誘いを断って急いでやってきた個室の居酒屋。そこには既に出来上がっている幼馴染の奈々美がいた。
「悪い。収録押してさ」
「何それうける!芸能人みたい!」
「いや、俺一応芸能人……って言うか、おまえ何杯飲んだんだよ。酔いすぎじゃねえか?」
「えー?覚えてませーん!」
けらけらと笑っている奈々美を尻目に注文用のタブレットで履歴を見れば、案の定そこそこの量のお酒の数。元々そんなに強くないはずなのに。
「いや、飲み過ぎだろ!あっ、すみません。水1杯もらえますか?」
「かしこまりましたー!」
おしぼりを持ってきてくれた店員さんにすかさず水を頼み、自分の1杯目をタブレットから注文をする。するとそれを見た目の前の女から文句の言葉が飛んでくる。
「え!トウマ、ウーロン茶!?お酒飲まないの?あり得ない!」
「あのなあ……酔っ払ってるおまえを介抱しなきゃならないのに、俺まで飲めるわけないだろうが」
「人を酔っ払い扱いしないでくださーい!」
「はぁ……完全な酔っ払いだろ」
ひどい! と嘆いた後、子どものように唇を尖らせた奈々美は、じと目で俺を見た。
「な、何だよ」
「……私がこんなに飲んだの、トウマが来るのが遅かったからだもん」
「だから、それは悪かったって!」
店員さんから水とウーロン茶を受け取り、そのまま流れで乾杯をする。一瞬で笑顔に変わったその表情を見て、飽きないやつだな。なんて、心の中でつぶやく。
「まあいいや!はい!トウマおめでとー!かんぱーい!」
「おめでとう?」
「誕生日!」
「え?ああ、ありがとうな!って、もうだいぶ過ぎてるけど……」
「忙しい忙しい〜!って、断り続けてたのトウマじゃん!」
「いや、本当に忙しかったんだって!」
「はいはい!細かいことは気にしないー!今日は私の奢りだからいっぱい食べなさーい!」
そう言って水の入ったグラスを高く掲げながら楽しそうに笑ってる奈々美を見たら、今日くらいは酔っ払いの相手してやるか。なんて、思ってしまった。
──が、それがよくなかった。
「おい、起きろって」
「んー……あと1時間」
「……はぁ。まじかよ。ってか、なんだよあと1時間って、寝すぎだろ」
完全に潰れた奈々美を何とかタクシーに乗せたものの、あろうことかこいつはタクシーに乗った瞬間に完全に寝てしまったのだ。俺は仕方なくうろ覚えの住所を運転手さんに伝えて、タクシーに乗り込んだ。こんな状態で一人で帰すわけにはいかなかったから。
数十分後、家に着く直前で何とか奈々美を起こすことに成功した俺は、ふらふらな彼女に肩を貸しながらタクシーを降りた。
「ほら、ちゃんと歩けよ」
「無理ぃ〜……。トウマおんぶ〜!」
「おいおいおい!ちょっ、待てバカ!」
容赦なく俺の背中に引っ付いた奈々美を仕方なくおぶれば、長い髪からふわっと甘い匂いが鼻をくすぐる。こんな状況にも関わらず、柄にもなく心臓が鳴った。
「いや、何考えてんだ俺!」
「トウマうるさい〜!」
「……はぁ」
本当、何考えてんだか。急に冷静になった頭でふと考えて、思わずため息が溢れた。そしてなぜが、こいつとは一生この距離感なんだろうな。なんて言葉が急に頭を過って、妙にセンチメンタルな気分になる。
小さい頃から一番近くにいる異性はこいつで、今でもこうしてつるんでる。学生時代は、俺こいつのことが好きなのかもしれない。なんて思ったこともあったし、多分本当に好きだった。そしてその気持ちを完全に過去のものにできている自信は、正直ない。
「……ま、今更どうこうなるわけないよな」
「何がぁ?」
「何でもねえよ」
「ふーん……。ねえねえトウマぁ」
「どうした?」
「私さー、トウマが今よりもーっと有名になって、全然会えなくなっちゃっても、毎年誕生日のお祝いはしたいなぁって思ってるんだよ」
「何だ?急に。もう子どもじゃないし、お前も忙しいだろ?別に今年で最後でもいいんじゃねえの?」
半分本気で、半分冗談のこの言葉。毎年一緒に祝えたら嬉しい反面、いつかこいつにも恋人ができたらと思うと、今のうちに終わりにした方が色々と楽なんじゃないかなんて思ってしまうのも事実なのだ。
「え!?誕生日って1年に1度なんだよ!?ちゃんとお祝いしたいじゃん!!」
「しーっ!大きい声出すな!近所迷惑だろ!あれ?お前ん家って何階だっけ?」
「じゅー!」
「大きいな声出すなって!」
エレベーターに乗り込み、10のボタンを押す。ドアが閉まると同時に奈々美を背中から降ろせば、ぶーぶーと文句が飛んできた。しかしそれも束の間、エレベーターが動き出せばすぐに静かになる。しばらくすると、何かがぽんっと背中に当たった。信じられないくらいの力でぐりぐりと押し付けられたそれが、奈々美の頭だという事はすぐに理解できた。
「痛えよ!力の加減しろ!」
「……さっきの話、本気だもん」
「さっきの?ああ、お祝いがどうってやつか?いいって別に」
「私に祝われるのが嫌なのか!」
「いや、別にそういうわけじゃないけどさ」
「私は、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、誕生日お祝いしたいと思ってるのに。トウマは違うんだ」
「え?」
「私はトウマのことこんなに好きなのに。寂しいなぁ……」
「あ、いや……」
彼女の言葉の意味を理解しようと必死に頭を働かせる。しかしどう頑張っても、自分のいいようにしか解釈できなくて、じわじわと顔に熱が集まった。静まり返ったエレベーター内に妙な空気が流れて、変に緊張する。ごくりと唾を飲んだ音が、聞こえてないことをただ祈った。
「……なあ、それって」
「あー!あー!もう着いた!10階!ほら!わざわざ送ってくれてありがと!……あとこれ、プレゼント!」
「へ?」
扉が開く直前、頬に触れた柔らかい何かに思考が停止する。
「じゃあね!おやすみ!」
「は?なっ!おい、待て待て待て!」
足早に俺の横を通り過ぎてエレベーターを降りる彼女。反応が遅れた俺が手を伸ばした時には、既にエレベーターの扉は閉まっていた。ガラスの向こうでひらひらと手を振っている赤い顔をした奈々美は、あっという間に頭上に消えていった。
「おいおい、まじかよ……」
一人残されたエレベーターに響く声。どんどん下降していく箱と、それに比例するかのように上昇していく心拍数。何かが触れた頬を押さえながら、俺は思わずその場にしゃがみ込んだ。
俺たちの関係が今更どうこうなるわけない。確かに数分前まではそう思っていた。しかし、そう思って全てを諦めていたのは、どうやら俺だけだったらしい。
「……俺、かっこ悪すぎだろ」
2022.11.29
HAPPY BIRTHDAY TOUMA
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