2回目の春が来た




 季節はあっという間に過ぎて、春。終業式の日まで松葉杖をついていた片瀬さんからつい先日、ようやくギブスが取れたよ。とラビチャが来ていた。仕事への復帰はまだかかるようで、最近は木下と買い物やライブに行ったりして休みを謳歌しているらしい。

 一方オレはと言うと、毎日部活三昧の日々を過ごしている。練習がかなりきつくて、片瀬さんからのラビチャにろくな返事を返せないまま、瞬く間に春休みは終わってしまった。



──そして、ついにオレたちは2年生になった。



「おはよー」
「おはよう!クラス見た!?」
「えっ!まだ!一緒に見に行こう!」

 あちらこちらで聞こえる会話。学年が上がって一番最初のビッグイベントと言えばクラス替えだ。朝練を終えて適当に着替えて、部活の仲間と表の前に立って自分の名前を必死に探す。

「春原、見つけた?」
「ん〜まだ!」
「あっ!俺2組!」
「まじか!俺も!」

 盛り上がる仲間たちを他所に、まだ名前の見つからないオレは表とにらめっこをする。1組から順番に見ていき、3組終盤。名前はまだない。

「あっ」
「あったか!?春原!」
「……いや、まだ」
「んだよー!!」

 自分の名前よりも先に、よく知った名前を見つけて思わず声を漏らしてしまった。片瀬さんは4組なのか。頭の片隅で呟きながら自分の名前を探せば、それは程なくして見つかった。

「4組だ……」
「4組?おい、春原4組だってよ!」
「えー!まじかー!」
「俺も4組ー!」
「俺まだ見つかんねえ!」
「お前の名前無いんじゃねえの?」

 ゲラゲラと笑っているチームメイトに、ごめんオレ先行くね! と言い残し教室へと走り出す。名前を呼ばれた気がするけど、今はそんなのどうでもよくて、持ち前の脚力を使ってとにかく走った。目的地に到着して、ドアの前で呼吸を整える。窓から教室の中を覗けば、こちらに背を向けて話をしている小さな背中が見えた。それは間違いなく彼女のもので、ごくりと固唾を飲み込んでから、俺は教室のドアを開けた。その音に反応して振り返ったのは、片瀬さんだった。

「あっ、春原くん!」

 俺が声をかけるより先に、席を立って俺の元に駆け寄ってきた片瀬さん。その足には先日のラビチャ通りもうギブスはついていなかった。

「おっ、おはよう!」
「おはよう!すごいね、私達同じクラスだね」

 嬉しいなぁ。そう言って胸の前で両手を握って笑顔になった片瀬さんに顔が熱くなる。久々に会うからか、なんだか最後に会った時よりもかわい……

「何だらしない顔してるわけ」
「うわっ!!」
「うわっ!て何?失礼ね」

 突然目の前に現れたのは、木下だった。眉間に皺を寄せて腕を組み、オレと片瀬さんの間に割って入ってきた彼女にまさかと声を漏らす。

「木下も4組!?」
「じゃなきゃここに居ないんですけど」
「まじか……」
「悪いわけ?」
「いや、悪いなんて一言も言ってないけど!?」

 1年の頃と変わらず言い合いをしているオレたちを、誰かが声が遮った。

「あ〜!百瀬くん!」
「えっ?あ、佐藤さん」
「同じクラスだね、嬉しいー!」

 そう言いながらオレの腕にぎゅっと抱きついたのは佐藤さんだった。片瀬さんと目が合って、何だか気まずくなって、やんわりと腕から佐藤さんを離そうとするも、その力は強くてなかなか離れない。

「佐藤さん、あのさ……」
「あれ?片瀬さんも一緒なんだ」

 手前の木下には目もくれず、その向こうにいる片瀬さんを真っ直ぐ見た佐藤さんは無表情で思わず息を呑む。それも束の間、彼女はすぐに笑顔になって、よろしくね。と一言残してその場を去った。

「何あいつ。私のこと見えてなかったわけ?」

 何とも言えない空気を木下の一言が一蹴する。オレと片瀬さんは思わず目を合わせて、曖昧な笑みを浮かべるしかできなかった。
 




「というわけで、1年間よろしく」

 移動の時間まで周りの席のやつと親睦深めてろー。その言葉を合図に騒がしくなる教室。担任の先生の挨拶はほとんど頭に入ってこなかった。それも仕方ないはず。オレの神経は今、左半身に全集中してるから。

「春原くんは今日も部活なの?」

 左側から不意に話をかけられて、へっ!? と上擦った声が出る。そんなオレの様子を見て、片瀬さんはくすくすと笑った。

「急に話しかけてごめんね」
「いや!全然!ちょっとぼーっとしてただけ!」

 そう、オレと片瀬さんはまさかまさかの隣の席だったのだ。しかも一番後ろの窓側の二席という最高のポジション。普通は最初の席は名前順で決められてるはずなのに、うちの担任はどうやら自由な人らしく、予め新しいクラスの席を勝手に決めていたらしい。先生に心の中でめちゃくちゃ感謝しながら、オレは彼女に向き直った。

「えっと、何だっけ、部活?」
「うん。今日も練習あるのかなって」
「今日は休み!だから朝練張り切っちゃってもうへとへと」

 そう言いながら机にぐでんと上半身を預ければ、彼女はまたくすくすと笑って、それなら。と何かをこちらに差し出してきた。

「どうぞ」
「えっ!なになに?」
「私の最近のお気に入り」

 受け取ったのはピンクの包みに入った飴だった。よく見ると、桃の絵が書いてある。

「ありがとう!」
「どういたしまして」

 その後世間話をしばらくした後、何か言いたそうにオレを見ている片瀬さんに、どうしたの? と尋ねると、彼女は意を決したように口を開いた。

「あの、春原くん」
「何?」
「今日、放課後時間ある?」
「えっ?」
「もしあったら」
「はい、時間だー。お前ら全員体育館に移動しろ。始業式が始まるぞー」

 片瀬さんの言葉を遮ったのは担任の声だった。時計を見ればあと15分で始業式が始まる時間で、仕方なく腰を上げる。それと同時にチームメイト達がオレに体当たりしてきた。

「すーのーはーらー!」
「うぇーい!」
「痛っ!」
「体育館行こうぜ!」
「おらおら!さっさとしろよ!」
「ちょ、痛いっての!ごめん片瀬さん!またあとで!」
「あっ、うん!」

 強引に肩を組まれて廊下に連れて行かれたオレはチームメイト達に囲まれながら、なんでお前があの席なんだよとか、片瀬さんと何話してたんだよとか、そんな言葉をこれでもかというほど浴びる。それを適当にあしらいながら、オレは手に握ったままの飴が彼らに見つからないことを祈りつつ、放課後は時間を空けておこうと密かに思ったのだった。



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