欲に忠実




「誕生日何が欲しい?」

 奈々美にそう尋ねられるのは毎年の恒例だ。別に何もいらないよ。と答えた俺に、そう言うと思った。とそっぽを向いた彼女の興味は、すぐに手元の雑誌へと移ってしまった。

「もう少し粘れよ」
「粘ったら出てくるの?」
「……くるかもしれないだろ」

 即答できなかった俺に、奈々美は肩をすくめてまた手元の雑誌へと視線を落とした。

「毎年何もいらないって言うんだもん、万理」
「今が幸せだから、何もいらないんだよ」
「それも毎年言ってる」
「仕方ないだろ?事実なんだから」

 好きな仕事をして、人に恵まれて、大好きな奈々美が隣に居る。これ以上の幸せがあるなら、教えて欲しいと思ってしまうくらいには、俺は今幸せだ。

「……もっと欲張りになればいいのに」

 その呟きを合図に俺はソファへと腰を下ろし、膝の上で頬杖をつく。そして雑誌のメイク道具のページを熟読している奈々美の顔を覗き込んだ。

「何?」
「いいんだ?」
「何が」
「もっと欲張りになって」
「欲しいもの思いついたの?」
「うん。物じゃないけど」

 口角を上げた俺と打って変わって目を細める奈々美には、これから俺が何を言おうとしてるかなんてお見通しなんだろう。

「やだ」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ碌なことじゃないでしょ」
「心外だな」

 もう寝るから。と、音を立てて雑誌を閉じた奈々美が立ち上がると同時に腕を引き、膝の上に座らせる。鼓膜を震わせた小さな悲鳴に笑い声を上げれば、今度は拗ねたような声が聞こえた。

「びっくりしたんだけど!」
「ごめんごめん」
「悪いと思ってない顔してる」

 ほんの少しの抵抗を見せた後、お腹に回してる俺の手が離れる気配がないのを察したのか、奈々美は抵抗をやめて俺に体を預けた。

「重い……」
「自分から乗せたくせに」

 これでも少し痩せたのにとか、デリカシーない男は嫌われるんだからとか、俺の手を軽く叩きながら小言を言っている奈々美の長い髪をかき分けて、うなじにそっと唇を落とせば、面白いくらいに肩が跳ねた。

「ちょっと」

 制止の声も聞かず、そのまま吸い付いて俺のものだと言う印を付けると、奈々美は勢いよく立ち上がる。

「ねえ!明日から髪結べないじゃん……!」
「低めに結べば隠れるよ」
「そう言う問題じゃないんだけど!」
「奈々美が言ったのに」
「はぁ?」
「欲張りになっていいって。だから、ほら」

 奈々美。と両手を広げて名前を呼べば、彼女ため息を吐きながらも素直に俺の膝の上に、今度は向かい合う形で戻ってきた。

「ねえ、本当に欲しいもの無いわけ?」
「無いかなぁ……。あ、ひとつだけ思いついた」
「えっ、何?」

 俺の言葉に少し声を弾ませた彼女は、徐にシャツのボタンを開け始めた俺に、わかりやすく視線を泳がせる。その様子がかわいくて口角が上がった。

「奈々美」
「な、何……?」
「俺にも付けて」

 シャツの襟元を広げて首元を晒す。それが何を意味するかがわかったのか、奈々美はごくりと喉を鳴らした。

「本当に?」
「え?うん」
「見えるかもしれないよ?」
「シャツで隠れるから大丈夫」

 だから、ほら。と促すと、恐る恐る首元に顔を埋める奈々美。その姿に、今度は俺が喉を鳴らす番だった。しかし、いつまで経っても彼女の唇は俺に触れない。

「はぁ……なんか無駄に緊張する」
「俺今焦らされてる……?」
「聞いてた?緊張してんの。初めてだから」
「え、本当に?」
「嘘ついてどうするのよ。引くほど付けられたことはあったけど、付けてって言われたの初めて」

 引くほど付けられた。の部分に関してはとりあえずスルーする事にして、こんなに魅力的な彼女にまだ『初めて』がある事に、ほんの少しの驚きと、それの倍以上の喜びを感じた。

「好きなだけ付けていいよ」

 漸く俺に触れた奈々美の唇が、やたらと熱く感じる。触れて離れてを何度か繰り返した後、ほんの少し吸われる感覚。離れていく熱に名残惜しさを感じて奈々美に目をやると、バチっと目が合った。

「付いた?」
「……多分」
「ははっ、多分って何」
「なんか、付いてると言われれば付いてるけど、って感じ」

 結構難しいね。と、再び俺の首元に顔を埋めた奈々美。まさかの展開に顔が熱くなる。

「いや、ちょっと待って」
「何?好きなだけ付けていいって言ったの万理じゃん」
「いや、そうだけど。……普通に興奮してきた。ベッド行かない?」
「嫌でーす」

 首筋へのキスを繰り返しながら、楽しそうに笑い始めた奈々美を黙ってソファへ押し倒すと、彼女は突然のことに目を丸くした。

「ねえ、話聞いてた?嫌って言った」
「だってほら、欲張りになっていいって言われたから」
「……そういう意味で言ったんじゃないんですけど」
「俺が欲しいのは、後にも先にもお前だけだよ」
「そっ、そんな事言われても流されないんだから!」

 顔を赤くしながら言われても全く説得力ないし、本人は無意識なんだろうけど、脚を擦り合わせてるのも俺は気付いてる。もうひと押しだな。なんて、最低な事を考えてるって自分でもわかってるけど、それでもやっぱり、俺が欲しいのは奈々美だけなんだ。

「照れてるんだ?かわいいな」
「……照れるに決まってるじゃん」

 奈々美がこの言葉に弱いとわかってて使う俺もずるいけど、急に素直になるこいつも十分ずるい。明日の自分に謝りながら、今日はもう要望のままに動こうと決めて、まだ文句を言いたそうな唇を、そっと塞いだ。






2024.9.8
HAPPY BIRTHDAY BANRI



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