狂犬は手段を選ばず




「ねぇ、モモちゃん。相談があるの」
「相談?」

どうしたの?改まって。と聞けば、言い出しづらいのか、俯きながら、えっと、あの…と、目を泳がし始めた奈々美。あ、これはガチのやつだな。


「困ってることがあって」
「なに…?」
「なんか、しつこく話しかけてくるスタッフさんがいてね。ゆうこちゃんからは無視しなさい!って言われてるんだけど…。最近、前よりもっとしつこくなってきて」
「へぇ…」

どこのどいつだろうと思考を巡らせていると、それでね、この前…と、奈々美が続けた。

「触られて…」
「え?!どこを?!」
「…脚」
「脚ぃ?!」
「うん…」

そう言いながら眉を下げる奈々美の両肩を掴みながら、他になにもされなかった?!と聞けば、ゆうこちゃんが助けてくれたとの事。(ちなみに、ゆうこちゃんは奈々美のマネージャーだ。)
も〜やだ!と言いながらオレに抱きついてきた奈々美の頭を撫でれば、オレの胸にグリグリと頭を押し付けてきた。相当参ってる証拠だ。

「そいつ名前は?」
「…関わりたくなくて覚えてない」
「自衛のためにも覚えとかなきゃ!」
「だってぇ…」

そっぽを向く奈々美の尖った口に、チュッと音を立てながらキスをすれば、も〜今じゃない!!と、再びオレの胸にグリグリと頭を押し付けてきた。その頭をぽんと軽く叩きながら名前を呼ぶと、素直に顔を上げる奈々美。

「とりあえず、またなんかされたらすぐオレに言うこと。あと、嫌かもしれないけど名前だけでも覚えてきて?」
「…うん」
「そしたら、モモちゃんがなんとかしてあげるから」

そう言いながら軽くウィンクをすれば、ありがとう。の言葉と一緒に、小さなキスを返された。






そんな話を奈々美とした数日後、仕事を終えておかりんが待つ駐車場へ向かうためテレビ局内を歩いていると、たまたま男性スタッフ2人の会話が聞こえてきた。
あの女優は最高だったとか、あのアイドルは顔がいいだけだとか、そんな下世話な内容で…まぁ、オレは一緒に仕事した事ないスタッフだし、そのままスルーでいっか。と思っていたら、そう言えば奈々美ちゃんさぁ。と、聞き慣れたワードが飛んできたため、オレは思わず足を止める。

「そろそろイケんじゃないかって思うんだわ」
「マジですか?ほんっと先輩のしつこさは尊敬もんですよ」
「まぁ、成功例がいくつもあるからな!」

イケる?成功例?そう言えば前に、自分の立場を利用して圧力をかけて、女の子を食い漁ってる奴がいる。って聞いた事あるけど、もしかしてこいつの事だろうか…。っていうか、違ったとしても前に奈々美が言ってた"しつこいスタッフ"は、絶対こいつじゃん!?
ニヤニヤとイヤらしい笑顔で、未だに奈々美について話してるそいつに声をかけようとした瞬間、鈴を鳴らしたような声が耳に響いた。


「百さん?」


振り返ればそこには私服の奈々美が立っていて、おはようございます。とお仕事モードの笑顔を向けてくれる。
恐らく彼女は、例のスタッフがいる事に気付いてない。早く遠ざけなきゃ、と歩み寄ろうとするオレを遮るように、そいつがオレと奈々美の間に入る。どうやらもう1人のスタッフは仕事に戻ったようだ。

「あっ…」
「奈々美ちゃんじゃん〜!お疲れ!」
「おっ…お疲れ様です…」
「私服もかわいいねぇ」
「あはは…どうも…」

乾いた笑いを漏らしながら、距離を取ろうとする奈々美と、そんなのお構い無しに、今日はマネージャーさん一緒じゃないんだ〜?と、彼女の腰へと手を回し抱き寄せる男に、やめてください…!と抵抗しながらオレを一瞥して助けを求める奈々美。その様子を目の当たりにして、オレはスッと心が冷めるのを感じた。

オレは黙って男に近付き、そいつが首から下げている社員証のネックストラップを後ろから思いっきり引っ張る。

「ぐぇっ…!おっ、おい!なんだよお前…!」
「なんだよお前、はこっちのセリフなんだけど」

思ったよりも低く出たその声と、冷め切ったオレの表情に、男の体に緊張が走ったのがわかった。オレはすぐにいつも通りの笑顔を貼り付け、初めましてですよね〜?と、そいつの肩を組み、奈々美に背を向ける形で顔を寄せ、首から下がってる社員証をまじまじと見る。

「へぇ〜、ツクモの子会社の人なんだ。しかも役職持ち?わざわざ現場に出向いてくれるなんて、よっぽど現場が好きなんだね!」
「だっ、だったらなんだよ!」
「あっ、でも違うか〜…仕事しないで女の子口説いてるだけだもんね。あぁ、仕事しないんじゃなくて、できないだけかにゃ?年功序列で役職持っただけみたいな?活躍できそうな転職先紹介しようか?」
「んだと?!」

安い挑発に乗った彼は、オレの胸ぐらを掴んでくる。それに奈々美が小さな悲鳴をあげたのがわかって、心の中で謝った。

「お前、Re:valeの百だよな?トップアイドルだかなんだか知らねぇけど、俺にはいろんなコネがあんだ。お前の仕事減らす事なんて…」
「できんの?」
「でっ、できるに決まってんだろ…!」
「じゃあすれば?」

あっけらかんとそう言うオレに、なっ…!と怯むそいつの額には汗が滲んでいた。

「お前だけじゃなくて、お前の相方だってな…!」
「僕がなんだって?」

ピロンという電子音と共にユキがスマホを片手に姿をあらわす。突然のユキの登場に驚いたのか、オレの胸ぐらを掴んでいた男の手が緩んだ。その隙に手を振り払い、オレは奈々美の元へと駆け寄る。
大きな目にうっすらと涙を浮かべている彼女に、ごめんね、と今度は声にして謝る。

「それで?僕がなんだって?」
「いや…えっと…」
「何?言えない事?まぁ、全部聞いてたんだけどね」

ユキはいじっていたスマホの画面を、スッと男の目の前に出す。そこには、彼がオレの胸ぐらを掴み脅している様子が一部始終映っていた。

そう、一足先に楽屋を出たオレはユキが後から来ることがわかっていたのだ。
おまけに、駐車場へ行くエレベーターへ向かうには必ずこの廊下を通る必要がある。ユキなら、すぐに何かしらの手を打ってくれるだろうと考えていた。
ただ、ユキがどのタイミングで来るかまでは流石にわからなかったから、いざとなったらもっと煽って殴られてやろうかな。くらいには思ってた。
心配そうにユキを見ている奈々美には、こんな事言えないけど。

「僕たちも、君の仕事を減らす事くらい余裕でできちゃうんだよね。どっちが早いか、競争してみる?」
「くっ…!」
「まぁまぁ、ユキそれくらいにしとこ!オレ達だって大事にしたくないしさ」

そう言いながらオレは奈々美から離れ、男の前に立つ。離れる瞬間、奈々美が咄嗟にオレの服を引っ張ってきたから、大丈夫の意味を込めて軽くウィンクを飛ばしておいた。

「幸い、目撃者も居ないし、今日のことは忘れるって事で!その方がお互い都合いいでしょ?」
「…いいだろう。ただし、動画は」
「動画も消すから安心して!」

ねっ、とユキにオレのスマホをチラッと見せながらアイコンタクトを取れば、よく撮れてたのに残念。と言いながらも素直に消してくれた。

「はっ、本当に消しやがったな!これでお前らがオレを脅す材料はなくなったわけだ。心置きなくお前らを潰せるな」
「えっ!その話まだすんの?!も〜!忘れようって言ったのに!」

本当はこんな事したくないんだけどさ、とため息を吐きながら、オレは男の社員証のネックストラップを掴む。ぐっと力を加えてそれを前に引っ張れば、オレより少しだけ背の高いそいつは反動で前のめりになる。

そしてその耳に向かい、オレはそっと囁いた。




「やれるもんならやってみなって。ただし…





奈々美に手出したら、こっちも本気で潰しにかかるから」



なーんてね!と、掴んでいたネックストラップをぱっと離して笑顔を向ければ、男は一瞬怯え切ったような表情を見せたが、すぐにオレとユキを睨みつけ、覚えてろよ!と怒鳴りながら、廊下を駆けて行った。
それと同時に、奈々美がほっと安堵の息を吐いた。

「雑魚の捨て台詞のだね」

ユキのその呟きに、オレと奈々美は顔を見合わせてくすくすと笑った。





後日奈々美から聞いた話によると、例のスタッフはセクハラで多数のスタッフや出演者から訴えられたとか。
男性からも、仕事もろくにしないくせに偉そうで嫌いだった、居なくなってほしい。なんて声が多く、その後退職を余儀なくされたらしい。

「ちぇー。せっかく録ったのに、この音声は役に立たなかったか」

そう言いながらオレは、スマホのボイスメモを眺める。
そう、あの日ユキに動画を消すように言った時に、オレはユキにこの録音画面を見せていた。後になって、いつから録ってたの?と聞かれたが、答えは"はじめから"だ。
この業界何が起こるかわからない。いざという時の保険はかけておかないとね!
そうこうしているうちに、奈々美が家に来る時間になった。
ガチャっというドアの開く音と一緒に、ねぇモモちゃん、相談があるの…。という奈々美の不安げな声が部屋に響く。


「どうしたの?」
「あのね、実は…」



さて、次はどんな手段で彼女を守ろうか



back


novel top/site top