想いの先
「ご迷惑おかけして、すみませんでした…!」
「いやいや、こっちこそ先帰っちゃってごめんな」
あの飲み会以来数日ぶりに、IDOLiSH7のみんなと一緒の現場になった。
謝罪のラビチャも送ったが、やっぱり直接謝るのが筋だろう。と、今日は二階堂さんの担当を買って出たのだ。
「やっぱりお酒は遠慮しておくべきでした…」
「貴重なもん見れて、お兄さん的にはラッキーだったけど」
「…やっぱり、私なんか変なことしてましたか?」
え?と言う二階堂さんに、実は途中からあんまり覚えてなくて…。と言いながら彼のメイクを進めていく。
「マジか。ちなみにどの辺まで覚えてんの?」
「えっと…3杯目?のお酒を頼んだところまでは…」
「なるほど…」
「気付いたら十さんが居て、びっくりしました」
「あぁ…で?帰りはどうした?十さんに送ってもらった?」
「いえ、タクシーで帰りました!」
起きるの待っててくれたみたいで…。と言えば、二階堂さんは、ほっと小さく息を吐き、安心したような表情になった。それから、以後酒の席では気を付けるように!という彼の忠告に承諾の返事をすれば、わかればよろしい。なんて腕を組みながら言う二階堂さんがなんだかおかしくて、顔を見合わせて2人で笑った。
すると、その笑い声を遮るように、なぁ。と声をかけられる。
「ヤマさん、あとどんぐらいで終わんの?」
その声の主は、別の席でメイクをしていた環くんだった。なぜか少し不機嫌で表情も硬い。もうすぐ終わるよ?と返せば、ふーん…。と言って、足早にメイクルームを出て行ってしまった。
「環くん、なんか不機嫌ですね…」
「あー…たしかになぁ…」
「なんかあったんですかね?」
ヘアセットの仕上げにスプレーを吹き付けながらそう尋ねれば、二階堂さんはため息をつきながら何かを呟いたが、その声はスプレーの音で掻き消されて私の耳には届かなかった。
----
またやってしまった。環は頭を抱えながら楽屋へ続く廊下を歩く。
今日は最初からダメだった。
いつも通り奈々美に担当してもらう気満々だった環の意に反して、奈々美は大和の担当を買って出たのだ。その時から環の心はモヤモヤしていた。
大和が終わるのを待ってるから、彼女にやってほしいと伝えたが、今日はあまり時間がないから。という理由で、同時進行で別のスタッフに担当してもらう事になった環は、鏡越しに映る2人の楽しそうな様子に自身の胸が痛むのを感じた。
自身の準備が終わり、2人の会話に入れてもらおうかと振り向いた瞬間、目に飛び込んできたのは2人が顔を見合わせて笑い合ってる様子。
そして増す胸の痛みに環はむしゃくしゃし、2人の笑い声を遮るように声をかけた。
その声は想像より素っ気なく、鏡に映った自身の顔は不機嫌を絵に描いたようで、このままここに居たらまたイヤな子になってしまう。と、足早にメイクルームを後にしたのだった。
「なんなんだよ…」
ここ最近、この痛みを感じることが増えたと自覚している環だったが、その痛みの原因がわからず、1人悩む日々が続いていた。
誰かに聞いてほしい。でも、うまく言葉にする事ができないのが目に見えている。そんな気持ちが環を更に悩ませるのだった。
行き場のない思いをぶつけるように楽屋の扉を勢いよく開ければ、そこには五線紙と向き合っている壮五の姿があった。
「あれ、そーちゃんだけ…?」
「環くん、メイク終わったんだね」
「うん。…他のみんなは?」
「みんなはそれぞれのコーナーの打ち合わせに行ってるよ、僕たちは今回は特に出番がないから、収録が始まるまで楽屋で待機だって」
「そう、なんだ」
再び五線譜に目を向けようてしていた壮五だったが、環の様子がいつもと違うことに気付き、彼に向き合う形で椅子に座り直す。
いつもなら楽屋待機と言われれば、やったー!と誰よりも喜び、即座に差し入れの王様プリンを数個確保し、ゲームを起動させる環。しかし、今日はそれがない。
「環くん、何かあった?」
「え?」
別になんもないし!と笑って返そうとした環だったが、ふと壮五なら自身の胸の痛みの原因がわかるかもしれない。と思いを巡らせる。
なにより、彼はどんなに拙い言葉でもきちんと聞いてくれる事を、環は知っている。しかし、いつも頼ってばかりで申し訳ないという気持ちも同時に芽生え、どうするべきかと沈黙を続けていると、壮五が口を開いた。
「…片瀬さんの事?」
「なんでわかんの?!」
「やっぱりそうなんだね」
そして壮五はここ最近気になっていた事を話してくれた。環が前より奈々美の話をしなくなった事。ため息と、胸を抑える仕草が増えた事。そして、彼女を見る環の表情がどこか寂しげに見える事。
「それに、片瀬さんが誰かと話してるとすぐにどこかに行くのも」
「…そーちゃん、俺ん事見過ぎ」
「そうかな?」
気恥ずかしさからそっぽを向く環だったが、自分の事を気にかけてくれている壮五に、嬉しさも感じた。ここまで気にしてくれてるなら、相談しても迷惑と思われないだろうと考えた環は、夜壮五の部屋を訪ねる約束をし、その日の収録を終えたのだった。
静かな部屋にノックの音が響く。少し前までは、ノックをせずに部屋に入ってくる事が多かった彼に成長を感じつつ、壮五はドアの向こうの人物に、どうぞ。と声をかける。
部屋に入ってきたのはもちろん環で、その腕には大きな王様プリンのぬいぐるみが抱かれていた。
「そーちゃん、今平気…?」
「大丈夫だよ。昼間の件についてだよね?」
黙って頷く環に、適当に座って。と壮五が声をかければ、環はベッドに寄りかかるようにして床に腰を下ろした。そして、どう話を切り出そうかと悩んでいるようで、ぬいぐるみに顔を埋めながら、ん〜。と呻き出す。
壮五は、始めこそ質問を重ねて環が話しやすいようにしようと考えていたが、頑張って話を切り出そうとする環の様子を見て、彼からの言葉を待つ事にした。
しばらくして環が、あのさ…。と口を開いた。
「この前、ちょっとヤマさんにも話したんだけど」
そう言って環は最近の自分について話し始めた。
誰かが奈々美と話してると心臓が痛くなる事、そして次第にそれは苛立ちへと変わり、自分をどんどんイヤな子にしていく事。
「最初は、そう思っちゃうのは、リュウ兄貴とななみんが仲良くしてる時だけだと思ってた」
「十さん?」
「うん…。でも、今日ヤマさんとななみんが楽しそうにしてんの見たら、また心臓がぎゅってして、痛くて、いらいらしちゃって…。俺、ななみんがみんなと仲良くしてるの嬉しいはずなのに、取られちゃうんじゃないかって思っちゃうんだ。…やっぱイヤな子だよな」
そうため息をつきながら、再びぬいぐるみに顔を埋める環に壮五は、イヤな子なんかじゃないよ。と声をかける。その声に顔を上げた環は今にも泣きそうな顔をしていた。
「本当に?」
「本当だよ。…環くん、これは本来は自分で気付くべき事だと思うんだ。それに、環くんの悩みの原因が分かったからと言って、環くんが楽になれる保証はない。それどころか、今より悩む結果になるかもしれない」
「今より…」
「でも、僕は君が望むなら、自分の気持ちを理解しておいた方がいいと思うんだ」
「……うん。いいよ、そーちゃん教えて」
「環くん、君は…」
彼女に、恋をしているんだ。
back
novel top/site top