触れて響く
「恋…?」
いまいちピンときていない環に壮五は、そうだよ。と話を続ける。恋とは、特定の人物に強く惹かれ、その人物を心身ともに強く求めることだ、と。
「それ、前にレストランに閉じ込められた時、そーちゃんが言ってたやつ」
「よく覚えてたね」
「もう一個の方が覚えてっけど」
「あぁ…。love is...」
口を開こうとする壮五を、怖えから言わなくていい!と止める環だったが、やはりピンと来ていないようで、う〜ん?と言いながら王様プリンのぬいぐるみをじっと見る。
「王様プリンが欲しい〜!!食いたい〜!!ってのも、恋?」
「それは物欲、または食欲だね」
「…心身共に求める。って、よくわかんねえ」
「言い方を変えてみようか。まずは心の部分だけど…単純な事なんだよ、例えばその人を思い出して会いたくなったり、独り占めしたいと思ったり」
思い当たる節はある?と、尋ねる壮五に環は暫く考えた後、ある。と口を開いた。
「俺、ななみんとの仕事が終わると、早く次会える日にならないかなって思うし、仕事で会えない日も、何してんだろう、会いたいなっていつも思ってた」
「うん」
「それに、誰にも取られたくない、独り占めしたいって…思う」
そう言いながら環の頭の片隅に、十の顔がチラつく。
そして、彼女を笑顔にするのも、酔った体を支えるのも、全部全部自分の役目であり、誰にも譲りたくないと思ってきた事を、環は思い出した。
ただ、それだけでは好きと言えるのか、環は未だにピンときていなかった。奈々美を姉のように慕ってきた環にとっては、この段階ではまだ、"大好きな姉が取られるのが嫌なだけ"という感覚なのだ。
「でも、まだわかんねえ」
「じゃあ次に身の部分だ。手を繋いだり、抱きしめたり…これはもう環くんにとって普通の事になっているけど、それ以上の事…例えば、キスをしたいと思ったことはある?」
「キス…」
環はそう呟きながら、先日奈々美を寮に連れてきた日、2人で料理をしている最中の事を思い出した。
あの日、彼女の目に入ったまつ毛を取ってあげていた時、環は無意識に彼女の唇に目を奪われていたのだ。
柔らかそうだな
どんな味がするんだろう
ここに触れれば、彼女は俺だけを見てくれるのだろうか…
そんな思いが頭を埋め尽くし、環は無意識に唇を近づけた。
タイミングよく大和と三月がキッチンに入って来たことにより、すぐにそちらに意識が向いた環だったが、大和の"キスしてんのかと思った"発言によりその事を思い出し、いたたまれなくなった環は、慌てて部屋に駆け込み、その後一人部屋で悶々としていたのだった。
あの時芽生えた気持ちがそうだと言うのなら
「したいと思った事…あ、る…」
そう口にした事で、環は自分の感情を初めて理解した。
「そっか…俺ななみんの事、好きなんだ」
バラバラだったパズルのピースがはまっていくように、点と点が重なるように、その言葉は環の胸にスッと降りてきた。
今まで感じてきた胸の痛みも、寂しさも、苛立ちも、焦燥感も、すべてこれのためだったのだと。
いつから好きなのかと聞かれても、環はきっとわからないのだろう。それは再会してからかもしれないし、出会った時からだったのかもしれない。そして、きっとこれというきっかけもないのだ。
それでも自覚した今、自分が彼女に抱いているのは、紛れもない恋心だと環は感じていた。
それと同時に、残酷な事をかもしれない。と壮五は少し後悔していた。
先に環に伝えたように、これは本来は自分で気付くべき事なのだ。そして、奈々美の事を好きだと自覚してしまえば、環はきっと今まで通り過ごす事はできない。
意識しすぎて全く話せなくなるか、無邪気ゆえに猛アピールをし始めるか…。前者ならまだどうにでもなる。しかし後者の場合は最悪、一緒になりたいと伝えてしまう懸念があった。
しかし、それは自分たちアイドルにとっては御法度だ。
–今より悩む結果になるかもしれない
環にはそう伝えた壮五だったが、かもしれない。なんて可能性の話ではないのだ。
この先彼は沢山悩んで、傷つくのだろう。耐えられなくて泣いてしまうかもしれない。そう考えると残酷な事をしてしまったのではないかと、壮五には後悔の念が巡り始めた。
「…あのね、環くん」
「なぁ、そーちゃん」
同時に声をかけた2人。
それに対して環が、ん?なに?と返事をするが、環くんからどうぞ。と壮五は環を促した。
「俺、自分がイヤな子になっちゃったんだって、ちょっと落ち込んでたけど、そーちゃんのおかげですっきりした。ありがと」
恥ずかしいから、この事みんなには秘密な!そうはにかみながら言う環に、壮五は何も言えなくなってしまった。
「そーちゃんは?」
「えっ?」
「なんか言おうとしてた」
「あぁ…なんでもないよ」
嬉しそうな環の様子を見て、謝るのはお門違いかな。と考えた壮五は、この先何があっても自分だけでも彼の味方で居ようと心に決めたのだった。
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