視線
最近、環くんが変だ。
一番最初にそう思ったのは、二階堂さん達との飲み会後のIDOLiSH7との仕事の時。
何をしたわけでもないのに、あの日環くんはどことなく不機嫌だった。
そしてその日を境に、環くんは挨拶も素っ気なくなり、目が合うと逸らされ、担当も断られる事が増えた。
前までは挨拶の時には抱きついてきて、目が合えば手を振り、彼から声をかけてきて、ななみんは俺の担当な!なんて言ってくれてたのに。
何かしてしまったのだろうかと記憶を辿るが、これと言って思い当たる節はなかった。
こうなれば直接聞いてみよう。と、今日はオサムさんに先に声をかけ、環くんの担当をさせてもらう事にした。
「おはようございます!」
楽屋入りした7人が、陸くんを筆頭に挨拶に来る。みんなにに挨拶をしたあと、私は早速環くんに声をかける。
「環くん、今日は私ね」
「えっ!?お、俺…オサムんがいい!」
「残念、おじさんは今日は新人教育で〜す」
「新しい方が入られたんですか」
そう、一織くんの言う通り、新人の男の子が入ったのだ。彼は私の時のように、経験が命!のモットーに則り、オサムさんと一緒いろんな現場を回るらしい。
「先に紹介しておくな。おーい、山田」
オサムさんがそう声をかけると、メイク道具の用意をしていた山田くんが、はい!と返事をしながら駆けてきた。
「IDOLiSH7のみなさんだ。ほら、お前も挨拶しな」
「はっ、はい!山田たくみです。本日からお世話になります、よろしくお願いします!」
そう言いながら勢いよくお辞儀をした彼に、IDOLiSH7のみんなも自己紹介を始めた。その間、やたらとそわそわしてる環くんをじっと見ていたら、バチっと目が合ったが、案の定またすぐ逸らされてしまった。
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環は困惑していた。
最近、奈々美がきらきらして見えるのだ。
近くに寄れば鼓動は高鳴り、目を合わせることはおろか、今までのように触れる事なんてとてもじゃないができない状態だ。
そんな環の心の内を奈々美は知る由もなく、彼女は環の担当をするという名目でいとも簡単に接触を図ってきた。
オサムに逃げようと声をかけた環だったが、今日は新人教育だと断られ、なすすべが無くなってしまった。
その新人の自己紹介中も落ち着かない心をなんとか落ち着かせようとしたが、ふと彼女と視線が交わった事により、それは徒労に終わったのだった。
「環くんとお話しするの、久しぶりな気がする」
「…う、ん」
道具を用意する奈々美を鏡越しに見ながら、やっぱりきらきらしてる。と環は頭の片隅で考えていた。
そして、彼女の何が変わったのか考え始めた。
髪型?メイクの仕方?それとも服装だろうか…と。
恋心を自覚したとはいえ、それが及ぼす影響など環はつゆ知らず、見当違いなことを考えている環は、心ここに在らずで、気付いた時には目の前に彼女の顔があり、目を見開いた。
「ちょっ…!?ななみん、近い!」
そう言いながら顔を逸らす環に、奈々美は、え?と首を傾げる。
「近いって、メイクの時はいつもこの距離でしょう?」
「メイク入るって言ってよ!」
「言ったじゃない。環くんも、うん。って言ったし…」
そう、先程考え事をしていた環は、奈々美からの言葉に無意識に相槌を打っていたのだ。
奈々美は顔を逸らした環の両頬に手を添えて、ちゃんと前向いてて。と、自身の方を向かせる。
至近距離にある彼女の顔と、バチっと合った目に、環は頬が熱くなるのを感じた。慌てて視線を逸らすが、逸らした先には、彼女の唇。
その唇に触れたい…そんな感情が唐突に湧き上がり、環はぎゅっと目を瞑り、視覚をシャットダウンする。
しかし、それは逆効果だった。
視覚を遮る事により、環くん?と自身を呼ぶ柔らかな声や、彼女から香る甘い香りをより強く感じてしまったのだ。
今の環にとって、この状況は拷問でしか無く、一刻も早く心を落ち着かせなければと思うものの、それがコントロールできれば苦労はしないのだ。
いろんなことを耐えようとすればするほど、自身の眉間にシワが寄っていくのを環は感じていた。
「環くんもしかして…」
そう呟いた奈々美の声に、はっとした環は思わず目を開く。もしかして、自分の気持ちがバレてしまったのでは…?!そんな心配をしながら、恐るおそる奈々美を見る。
それと同時に、自身のおでこに何かが当たるのを感じた。
さらに近付いた彼女の顔と、心地よい暖かさ…。自身のおでこに触れている何かが、奈々美のおでこだと環が理解するのに、そう時間はかからなかった。
「なっ…!」
「ん〜、顔が真っ赤だし苦しそうだから、熱でもあるのかなって思ったんだけど…」
無さそうだね。と言いながら離れてく彼女に、環は何も言えず固まったまま、再び頬に集まった熱を冷ます方法をただただ探した。
そんな環を奈々美は心配そうな顔で見つめ、環の両手をぎゅっと握りしめた。
「やっぱり顔赤いよ、体調悪い?」
紡ちゃん呼んでこようか?そう尋ねる奈々美に、環はだっ、大丈夫!と慌てて首を振りながら、久々に触れた彼女の手をぎゅっと握り締め、頭の片隅でふと思った。
あれ、ななみんの手って、こんなに小さかったっけ。それに、なんか…
「やわらけぇ…」
そう呟きながら大きさや形を確かめるように、ぎゅっぎゅと彼女の手を握る環に、何?マッサージ?と笑いながら奈々美はゆっくりとその手を離す。
離れていくぬくもりに、環は無意識に再び手を伸ばしかけたところで、はっとして手を引っ込めた。
じゃあ、メイクするね。と微笑む奈々美に、うん。とだけ返した環は、鏡に映る彼女の後ろ姿をぼーっと眺めて、静かに時を過ごした。
メイクも終わりヘアアレンジに入った頃、奈々美はようやく本題に入る事にした。
「あのさ、環くん」
「…なに?」
「私の事、嫌いになっちゃった?」
「えっ?!」
メイク中どんな話題を振っても、反応の薄かった環が、今日一の大声と共に振り返った。
その反応に少し驚きながらも、前向いててね。と諭す奈々美に環は大人しく従い、眉を下げながら鏡越しに彼女をじっと見つめる。
「なんで、そう思ったの…?」
「だって最近、挨拶しても素っ気ないし、目も合わせてくれないし、私の事嫌いで避けてるのかなぁ?って」
淡々と仕事をこなしながらも、少し寂しそうに言う彼女に、環はここ最近の自身の態度を思い返し反省した。確かに、自分が奈々美にそんな対応をされたらと考えたら、想像しただけで胸が張り裂けそうになるし、耐えられないと思ったら、素直に言葉が出てきた。
「ごめんなさい」
「…嫌いになってない?」
「なってない!なるわけない!だって…!」
俺、ななみんの事が好きだから。
そう伝えたら、彼女はなんて返してくれるんだろう。
そんな考えが環の頭をよぎった。
今までは彼女のことが好きかと聞かれれば、好きに決まってんじゃん。なんて、簡単に言えていたのに、その言葉に込める想いが違うだけで、気軽に口にできなくなる事を知った環は、視線を下に落とし、なんでもない。と呟く事しかできなかった。
そんな環の様子に疑問を抱きながらも、奈々美は小さく安堵の息を吐いた。
「よかった。環くんに嫌われたら、私すごく悲しいから」
はい、終わったよ!いつの間にかヘアセットまで終えていた奈々美は、環の両肩をぽんっと叩く。
「ななみん、俺に嫌われたら悲しいの?」
「うん、悲しい」
「それって…」
なんで?そう続けようとした環の言葉を遮るように、奈々美を呼ぶ声が部屋に響いた。
「奈々美さん、すみません少し見ていただいてもいいですか?オサムさん、ちょっと席を外してて…」
「あ、山田くん。大丈夫だよ、今行くね!」
奈々美は環に、次の人を呼んできて欲しいとだけ伝え、山田の元へと歩みを進めた。そんな奈々美越しに、山田がこちらをじっと見ている事に気付いた環は、その少し冷めた視線に対し、眉間にシワを寄せた。
メイクのチェック?と、奈々美に声をかけられた山田は、はい!と愛嬌のある笑顔で彼女に接していて、環は気のせいか。と、メイク室を後にした。
「どうですか…?」
「うん、大丈夫そうだよ」
「イエス!ワタシの美しさ、とても際立ってます。タクミはいいメイクさんになれますね!」
「ありがとうございます…!」
ナギのメイクを担当をしていた山田は、恐る恐る奈々美に尋ねるが、彼のメイクは非の打ち所がなく、ナギ本人からも好評だった。
「今日はヘアセットはオサムさんがやるって言ってたから…ナギくん、少し待っててもらっても大丈夫?」
「オフコース!ワタシは今日配信された、ここなのスペシャルムービーを観てます!イヤホンをしても?」
「大丈夫だよ。オサムさんが戻ってきたらまた声かけさせてもらうね」
じゃあ、私も次の準備に…とその場を離れようする奈々美を山田が、あの!と声をかけ呼び止める。
「ん?」
「いや、あの…奈々美さんって、四葉くんと仲が良いんですか…?」
「環くん?うん、昔からの知り合いなの」
「……へぇ」
それがどうかした?と尋ねる奈々美に、いえ!仲が良さそうだったので!急にすみません!と山田が頭を下げたタイミングで、オサムがメイク室に戻ってきた。
その様子を見て、お前早速何かやらかしたのか〜?と茶々を入れるオサムと、彼にからかわれている山田、それを見て笑っている奈々美を他所に、ナギは1人、鏡越しに山田を見つめるのだった。
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