後悔先に立たず




「ななみん、おはよう」
「あ、環くんおはよう!」

ななみんと話したあの日以来、俺は頑張って今まで通り挨拶したり、話しかけたりするようにした。
ドキドキしちゃうから、前みたいに手握ったり、抱きついたりはできないけど、挨拶するだけで笑顔になってくれるななみんを見ると、俺も嬉しくなるし、ななみんにちゃんと見てもらいたくて、前より仕事も頑張れるようになった。


それとは別に、あの日から変わったことがもう一個ある。


「奈々美さん、ちょっといいですか?」
「うん、じゃあね環くんまた後で」

新しく入った、たくみんだ。
今みたいに、俺とななみんが話してると絶対話に入ってきて、俺を睨んでくる。
最初は気のせいかなって思ってたけど、流石に毎回ともなると気のせいなんかじゃないって気付いた。
メイクも、オサムっちがいる時はにこにこしてんのに、俺と2人になると真顔で、話をかけてくることすらしない。
まぁ、俺のこと嫌いな奴なんて沢山いるだろうし、その事は気にしないようにした。



「たくみさんって、いい人だよな」


雑誌の取材で待機してる時、みっきーがみんなにそう言うまでは。


「確かに、今時の若い人にしてはしっかりしてますしね」
「若い人って、同い年のソウがそれ言うか〜?」
「ワタシ、タクミとは仲良しなので、好みのタイプを聞きましたよ!」

わいわいとたくみんの話で盛り上がるみんなの中に入る気になれなくて、俺は1人でプリンを食べながらゲームを始める。
そっか、たくみんはやっぱり俺以外には優しいんだな。そんな事を考えていたら、そーちゃんに環くんはどう思う?って声をかけられたけど、別にー…。とだけ返して俺はプリンを口に運ぶ。

「別にって、お前なー…」
「ミツやめとけ、どうせタマは王様プリンと片瀬ちゃんにしか興味ないんだから」

なー?タマ。ってニヤニヤしながらヤマさんは俺を見てきた。

「…別にいいだろ!」
「タマはまた、お姉ちゃんが取られちゃって寂しいのか?」

ほんとかわいいやつだな!って言いながら俺の頭を思いっきり撫でるヤマさんに、抵抗しようにも、ゲームがいいとこすぎて目が離せなくて、そんなんじゃねーし!としか言えなかった。

「ってか、ヤマさんまじやめろ!髪!崩れっから!」
「そうだよなごめんな。せっかくお姉ちゃんがやってくれたんだもんな」
「だから!そんなんじゃねーって!俺、ななみんのことお姉ちゃんなんて思ってねぇから!」

ヤマさん、知ってんだろ。そう呟けばヤマさんはまたニヤニヤしながら、そうだったなぁ。って頭を撫でてきた。


そう、ヤマさんにはそーちゃんより先にちょっとだけ話してたし、一応俺がななみんの事好きってのは話しておいた。ちょっと恥ずかしかったし、アイドルなのにって怒られたらどうしようって思ったけど、ヤマさんは頑張れよって言ってくれた。

だから、わかってるはずなのに!

こうやってからかってくんの、ほんとめんどくせーし、今居ないからいいけど、いおりんにバレたら絶対怒られるからやめてほしいのに!
ヤマさんは事あるごとにななみんの話を俺に振ってきては、こうやってからかってくる。
一頻り撫でたら満足したのか、ヤマさんは、ごめんごめん。って軽く謝りながら元いた席に戻っていった。
鏡を見たら俺の髪は案の定ぐしゃぐしゃになってて、俺はため息をつきながらメイク室に向かう事にした。
あぁ、取材まで時間があってよかった。





楽屋のドアを開けて廊下に出れば、少し甘い匂いがした。
どっかで嗅いだ事がある気がして、これなんの匂いだっけ。なんて考えてたら、俺に続いてナギっちが楽屋から出てきた。

「あれ?ナギっちどーしたの?」
「タマキ。ワタシ、タマキに伝えておかなければいけないことがあります」
「俺に?」

なに?って聞いてもナギっちはなかなか話してくれない。後ででも平気?って聞いたら、ノー!少し待ってください!つって、通り過ぎるスタッフに挨拶をしたナギっち。その人が通り過ぎたのを確認したあと、真剣な顔で俺にこう言った。


「タマキ、タクミに気を付けて」
「え…?」
「ワタシ、タクミに好みのタイプを聞いたと言いました」
「あー、さっきなんか言ってたかも」
「それを聞いた時、タクミはナナミが好きでナナミを追ってここに来たと言っていました。そして、タクミはいつもタマキだけを、とても鋭い目つきで見ています」

それを感じたことは?って聞いてくるナギっちに、ある…。って言えば、ナギっちは俺の両肩を掴んできた。

「ワタシ、とても嫌な予感がします。思い過ごしならばそれでいいのですが…。もしも何かあったら、すぐに相談してください。人を疑うのは心が痛みますが、もしもタマキとナナミの身に何か起きた時、疑うべきは1人です。…オッケー?」
「なっ、何かって何?!」
「…オッケー?」
「い、イエス!」

ナギっちの圧に押されながら、指で丸を作りながらそう言えば、ナギっちは安心したような笑顔で、いってらっしゃい。つって俺を送ってくれた。
ナギっちがオレに何を伝えたかったのか、正直ちょっとしかわからなかったけど、とりあえずたくみんが俺の事を睨んでるのは、やっぱり俺の事が嫌いなんだってのはわかった。
そんで、それはななみんと仲が良いから?ってのもわかった。
なんか、ライバルはリュウ兄貴だけだと思ったのに、ななみんモテモテじゃんか…。そう思ったら憂鬱になってきて、俺はため息をつきながら目の前のメイク室のドアをノックした。


「ななみん、いる?」


しばらく待ってみたら中からななみんの声が聞こえて、それを合図に俺はメイク室に入る。
中に居たのは、ななみん1人だった。

「あれ?環くん、どうしたの?すごい頭」
「ヤマさんにやられて…せっかくセットしてくれたのに、ごめんなさい」
「ふふっ、まだ時間あるし大丈夫。ここ座って」

言われた席に座って、俺は鏡越しにななみんをじっと見る。


「…ななみん、俺なんかした?」
「えっ?」
「なんか、元気ないから…また俺がなんかしちゃったのかなって…」

そう言えば、えー?そんな事ないよ。ってななみんは笑うけど、明らかに元気がない。
いや、他の人が見たらいつも通りなのかもしれないけど、俺からしてみたら笑い方も、声の高さも、なんか、全部いつもと違って見えた。
何を言っても、大丈夫だよ。とか、なんでもないよ。しか言ってくれないななみんは、あっという間にセットを直してくれた。

「ほら、直ったよ。もう崩さないようにね!」
「うん、ありがと。……あのさ、ななみん」

俺が呼んでも、片付けをしているななみんはこっちを向いてくれなくて、それがなんだか寂しくて、俺はななみんの背中にそっと抱きついた。
久々に抱きしめたその身体はとても小さくて、しかも何だか甘い匂いがして、俺の心臓はすぐにドキドキって音を鳴らし始めた。そんなことを考えてたら、どうしたの?ってななみんが聞いてきて、俺はちゃんと言わなきゃ。って、抱きしめる腕の力を強めた。

「あの、さ…。なんか悩みとかあるなら、俺聞くから。…聞いたところで、あんま良い事は言えないかもだけどさ。聞いてもらうだけで、楽んなったりするじゃんか」

ゆっくりとこっちを向いたななみんに、な?って首を傾げながらそう言えば、なんか環くん大きくなったね。なんて言いながらななみんが抱きついてきたから、俺の心臓のドキドキが強くなった。
そのタイミングで部屋にノックが響く。慌ててななみんから離れれば、マネージャーがメイク室に入ってきた。いおりんとりっくんの取材が予定より早く終わって、俺とそーちゃんの番が来たらしい。

「じゃ、ななみん。髪、ありがと」

そう言って俺はメイク室を後にした。









今でもたまに思う事がある。

あの時、ななみんを抱きしめた時に感じていた甘い匂いが、楽屋前の廊下に残っていたものと同じだと気付けてたら、俺たちの距離が開くことはなかったのかな、って。



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