珍しい顔
「わ〜…!」
ろっぷちゃんのぬいぐるみを抱きかかえながら、自身のスマホを顔の高さに掲げ、きらきらとした目で見ている奈々美。その画面には、ろっぷちゃんとのツーショット写真が表示されている。
奈々美が行きたいと言っていた例のお店は、そこそこ混んでいたものの、まぁ許容の範囲内で、彼女は無事に買い物と、ろっぷちゃんとのグリーティングを済ませたのだった。
お兄さんもどうぞと店員さんに声をかけられたが、俺はその誘いを断り、ろっぷちゃんとふれあっている彼女の様子を、自分のスマホで撮影をして時間を潰した。
「よかったね」
「うん、付き合ってくれてありがとう!あ、万理が撮った写真もあとで送ってよね」
テンションがあがっている彼女は珍しく満面の笑みで、珍しいものが見れたな。と俺も自然に口角が上がった。そんななか、スマホを見すぎて足元が不注意になっていた奈々美が、わっ!と声をあげながらふら付いた。
とっさに腕を伸ばして抱き留めれば、その反動で抱えていたろっぷちゃんのぬいぐるみが彼女の手から抜け落ち、フロアを転がっていく。
通行人の一人がそれに気付き、ぬいぐるみを拾い上げてくれた。
「これ、落ちたけど」
「あっ、ありがとうございます」
奈々美が駆け寄りそれを受け取っている最中、あれ…この声…。と、聞き覚えのある声に恐る恐る顔をその人に向けると、バチっと目が合った。
「あれ?バンちゃん」
「…環くん」
そう、ぬいぐるみを拾ってくれたのは、環くんだったのだ。
キャップをかぶり、マスクをしていてもさすがに毎日のように一緒にいればわかるし、何より彼独自の呼び方が、本人であることを物語っていた。
え?という声と共に奈々美が振り向き、俺と環くんを交互に見やる。そして環くんの顔を凝視しながら、もしかして…と、彼の名前を呼ぼうとする奈々美の口を、俺は慌てて手で塞いだ。
こんなところで環くんの存在が他のお客さんにバレれば大騒ぎになるし、彼に奈々美のことを根掘り葉掘り聞かれれば俺が困る。そんなことを考えながら、奈々美を隠すように環くんとの間に立った。
「た、環くんなんでここに…?」
「いおりんが行きたいお店あるっつーから着いてきたんだけど、いおりん歩くの早くてはぐれた。ってかそれ誰?バンちゃんの彼女?」
「えっ?あっ、いや…」
そう言いながら俺の後ろの奈々美を覗きこむ環くんと、スマホと目の前の環くんを交互に見る奈々美。やっぱそうだ。と呟く彼女に、しー!とジェスチャーをすれば俺の必死さが伝わったのか、彼女は黙って頷いた。それと同時にどこからともなくスマホの着信音が鳴り響く。
「あ、いおりんだ」
そう呟いて電話に出る環くん。電話の向こうからは一織くんの声がうっすらと聞こえる。適当に返事をして電話を切った彼は、俺の後ろの奈々美に話しかけた。
「なぁ、うさみみふれんずショップ?ってどこにあんの?」
「え?」
「いおりんがその店の近くで待ってんだって。俺、地図とか見てもわかんねーから、場所教えて欲しいんだけど」
あんたも好きなんだろ?奈々美が持つぬいぐるみを指さしながらそういう環くんは、バンちゃんも知ってる?と俺に話を振ってきた。正直それどころではないというか、まさかこんなところで環くんに遭遇するなんて思っておらず内心めちゃくちゃ動揺している俺は、えっと…何階だったかな…と、考えるふりをし始めた。そんな俺の心のうちが伝わったのか、見かねた奈々美が声を上げた。
「5階の一番奥、ゲームセンターの向かいだよ」
そこのエスカレーターから行くと早いかも。とエスカレータを指さす奈々美に。おー!あんがと!とお礼を言って足早にエスカレーターへ向かう環くんは、途中で振り返りこう言った。
「じゃあなーバンちゃん!デート楽しめよ!」
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「あんた、バンちゃんて呼ばれてるの?」
「あの子は誰にでもあだ名をつけるんだよ」
にやける口元をろっぷちゃんのぬいぐるみで隠し、運転している万理を見やれば、お前がその呼び方をするな。と、言わんばかりに顔を顰めていた。
まさか、ショッピングモールでIDOLiSH7の四葉環と遭遇するとは思わなかった。プライベートの芸能人を見られるなんて、貴重な体験をしたなぁ。いや、貴重と言えば、万理があんなに動揺してるの初めて見たし、そっちの方が貴重だったかも。なんて考えていたら、口角が更に上がった。
「ねぇねぇ。私だったらどんなあだ名になると思う?」
「さぁ。バンちゃんの彼女、とかじゃない?」
さらっと言われた彼女というワードに、少し頬が熱くなる。そうだ、偽装とはいえ今私は万理の彼女なのだ。四葉環も、去り際にデート楽しんで!って言ってたし、傍から見ればちゃんと恋人同士に見えてるのかななんてちょっとドキドキした。あれ、でもそういえば。
「ねぇ、なんであの時」
彼女だって言ってくれなかったの?そう言いかけて私は慌てて口を噤んだ。多分、万理はこういうの一番嫌いなはずだ。きっと私を選んだのだって、私ならこういう面倒くさいこと言わないと思ったからなんだろう。
そう思ったら、なんだか少しだけ気持ちが沈んだ。
ん?と聞いてくる万理に、なんでもない。と答えた後、車内は静寂に包まれた。
その後、私達は特に会話をすることもなく、気が付いたら私の家の近くまで来ていた。
「そういえば、万理、夜ご飯どうする?」
「え?適当に済ますよ」
今から作るのめんどくさいけど。そう言う万理に、私はため息をついた。どうせ万理の事だ、私が作っていったおかずが底を尽きたと同時に、前の食生活に戻ったのだろう。
碌に食べてないんだろうなと思った私は何の気なしに、じゃあ家来れば?と万理に声をかけた。それと同時にかかる急ブレーキに小さく悲鳴を上げる。
「なっ、なに?!猫?!」
「…いや、ごめんなんでもない」
私の顔を見ながら、はぁ…。と大きくため息をついた万理は、何事もなかったかのように再び車を走らせ始める。人の顔を見てため息をつくなんて失礼な奴。と口を尖らせていると、あっという間に私の家の前に到着した。それと同時に、ご飯だけ。と万理が呟いた。
「え?」
「ご飯だけ、なら行くけど」
本当にだけ、だよね?ハンドルの上で組んだ自身の腕に頭を預けながらにやついている万理の言葉の意味を理解したとたん、先ほどとは比べ物にならないくらい顔が熱くなるのを感じた。
「あっ、あたりまえでしょ!?そこの角曲がった先にコインパーキングあるから!来るなら早く駐めてきな!」
そう言いながら慌てて車を降りて、勢いよくドアを閉める私には、万理が声を殺して笑っているなんて知る由もなかった。
本当に何なの!万理、絶対私の事からかって楽しんでんじゃん!と、早歩きでマンションの廊下を歩いていると、自分の部屋の前に人影があることに気付き、私は歩く速度を落とす。
えっ、誰?万理、早く来ないかな…?背後を気にしながらも少しづつ足を進めれば、だんだんとその人影がはっきり見えてきた。そして思わず私は足を止める。
「奈々美?」
そこに居たのは、私の元カレだった。
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