煙とともに
「んっ…ばん、りっ…ちょっ…んん…」
私の声を無視して、深いキスを続ける万理。
両耳を塞がれているせいで、舌を絡める水音や2人の息遣いがダイレクトに頭に響き、それは媚薬のように、私の身体を熱らせる。
ぼーっとする意識の中で、耳から離れた万理の手が、私の脚を撫でながらゆっくりとワンピースの中に入ってきたのがわかった。ショーツに手をかける万理の腕を掴み必死に止めれば、チュッと音を立てながら、万理は唇を離した。
「はぁ、はぁ……万理、ちょっ、待って…!」
「何?」
「何じゃなくて…!」
肩で息をしながらそう言えば、私の声なんて届いてないかのように、熱のこもった目で私を見つめて、再び顔を近付けてくる万理。
とっさに自分の手でその口を抑え、力を込めて万理の顔を押しやる。
「いや、ちょっと…ほんとダメだって!」
「…大丈夫、最後までしないから」
「そういう問題じゃ…って、バカ!どこ触ってんの?!」
いやらしい手つきで腰を撫でる万理の手から逃げるように体を捩るが、抵抗虚しく、その手はどんどん上がってくる。奈々美、と名前を呼ばれて万理の顔を見やれば、万理の口を抑えていた私の手を自身の手で包みゆっくりと口から離し、私の目を見つめながら指先を舐めた。
…舐めた?!
「もう!!ヤダってば!!!」
その声と共に、バチン!という乾いた音が部屋に響く。痛っ!と言って頬を抑える万理の身体を思いっきり押しやり、身体を起こして距離を取る。
「バっ、バカ!何してんのほんと!ありえない!」
「いってぇ…」
「自業自得!」
もー!バカ!あっち行って!自分の身体をギュッと抱きしめながら、万理に罵声を浴びせまくる。そんな私の様子が滑稽だったのか、万理は、ぷっ。という声と共に、肩を揺らして笑い始めた。
「何笑ってんの?!」
「いや、別に。…そんなに元気ならもう大丈夫か」
「えっ?」
「言ったろ?忘れさせてやるって」
「えっ…あ…確かに…」
万理に言われて初めて、あんなに悲しかった気持ちが嘘みたいにどこかに行ってしまった事に気がついた。
「でっ、でも、他にも方法はあったでしょっ…!」
「コレが一番手っ取り早い。それに」
俺のキス、悪くなかったでしょ?口角を上げながらそう言う万理に、顔が熱くなる。
そんな私の反応に、万理は笑いながら自身のジャケットのポケットから煙草とライターを取り出して、借りるよ。と一言残し、ベランダへと出て行った。
取り残された私は一人、ローテーブルに置かれた溶けかけの保冷剤で、熱を持った顔を冷やすのだった。
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「あっぶなぁ…」
ベランダに出て、ドアを閉めるや否や、俺はその場にしゃがみ込んだ。
結んでいた髪をほどき、煙草に火をつけ、自分を落ち着かせるように思いっきり煙を吸い込む。肺が煙で満たされたのを感じたところで、煙と一緒に劣情を逃す。
ただ、俺なりの慰めをしようとした、それだけだった。最後までするつもりなんて勿論なかったけど、あんなに抵抗されると思わなくて、それが無性に興奮して、段々とその気になってる自分がいた。
このまま流されてくれないかな
心のどこかでそう思っていたところに、彼女の左手が飛んできた。
まさかビンタをされるとは思ってなくて、かなり面を食らったが、自分の身体を抱きながら顔を赤くし罵声を浴びせてくる奈々美を眺めて、これはこれであり。なんて思ってしまった自分もいる。
それにどうやら本来の目的通り、あの男の事を忘れさせる事に成功したみたいだったし、ビンタの一つくらいどうって事はないだろう。
それより厄介なのは、じわじわと俺の心に広がるこの感情だ。
「かわいかったなぁ…」
少し熱を持った右頬を撫でながら無意識のうちに口から出た言葉は、煙と一緒に空へと消えた。
昼間は疲れてるせいだなんて自分に言い聞かせていたが、正直今日1日で何度あいつの事をかわいいと思ったかを数えだしたら、きっと片手で収まりきらないくらいだ。
今まであいつのことをそういう目で見たことは一度もないし、ないからこそ嘘の恋人を頼んだ。それに、恋愛なんて面倒だって思ってるのに何で今更、奈々美相手に…。なんて自嘲を零しながら、髪をかき上げる。それと同時に、カラカラと音を立てて窓が開いた。
「ば、万理」
「ん?」
名前を呼ばれ振り向くと、奈々美がそこに立っていた。部屋の灯りで逆光になっていて表情ははっきりとはわからないが、えっと…あの…と、指をもじもじさせているあたり、きっと少し頬を染めながら目を泳がせているんだろう。どうした?と声をかければ、奈々美はゆっくりと俺の隣にしゃがんだ。
「あの、叩いちゃって、ごめんね…?」
眉を下げ、俺を覗き込むようにそう言う奈々美の姿が、やっぱりどう頑張っても俺にはかわいく見えてしまう。今日の俺には奈々美がかわいく見える魔法でもかかってるのかもしれない。なんてバカみたいなことを考えながら、地面に向かって、でも万理も悪いんだからね!と照れ隠しを始めた彼女を、頬杖をつきながら眺める。
こいつの何がそんなに俺に刺さったんだろう。
見た目…は、正直好み。どこがとは言わないけど。たまに口は悪いけど、性格は悪くない。4年も付き合った彼氏が居たとは思えないくらい、反応がかわいいし、ここぞという時に見せる優しさも正直いいなって思う。
でもやっぱり一番は
「楽なんだろうなぁ…」
「は?」
ちゃんと聞いてた?と言いながら顔を上げる奈々美に。聞いてるよ。と返せば、彼女は口を尖らせてた。
「うそ、絶対聞いてないじゃん。私がなんて言ってたか言ってみてよ」
「叩いてごめんって話でしょ?」
「そうだけど違う!お詫びに私の事も殴っていいよって話!」
「えっ」
男らしすぎでしょ…。と呟けば、一思いにどうぞ?と迫ってくる奈々美。じーっと俺を見つめてくる彼女に耐えきれず、わかったわかった。と手を上げれば、奈々美はビクッとしながら力いっぱい瞑った。
こいつ、俺が本当に殴ると思ってんのかよ。と少し呆れながら、俺はその手を奈々美の首元に添えて、力強く結ばれている小さな唇に、そっとキスを落とした。
「…ちょっ!」
「いくらお前でも、叩けるわけないだろ」
「だからって…!」
「はい、これでチャラ。この話は終わり」
「…万理のバカ!」
雑魚の捨て台詞よろしくその言葉を残し、勢いよく部屋に戻っていった奈々美に、俺は思わず笑みをこぼす。そして、もうほぼ灰になっている煙草を最後に一吸いして、ベランダに押し付けて火を消しながら、最初に決めたルールを思い出していた。
本気にならないなんてそんなルール、わざわざ決めるまでもなく可能性はゼロだったのにな。そんなことを思いながら、柄にもなく上がった心拍数を正常に戻すために、俺は再び煙草に火をつけ、自分を落ち着かせるように思いっきり煙を吸い込んだ。
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