2/14夜タクシーにて




PM8:00



テレビ局の前で乗客を下ろして、ふぅと一息ついた。
30年近くこの仕事をしていれば、湾岸のスタジオから都内のテレビ局までの運転は慣れたものだが、不機嫌オーラ全開の芸能人を乗せて走るのは気が滅入る。
今日はもうあがりの時間だし、早く営業所に戻ろう…。路肩に止めた車内の中で記録をつけていたら、コンコンっと窓をノックする音が聞こえた。


記録をつける前に回送のサインにしておけばよかった…。


そんなことを思いながらも、せっかくのお客さんを無碍にすることもできず、どうぞ。とドアを開ける。



「よかった〜!なかなか掴まらなくて…!ありがとうございます!」

明るくハキハキとした声と共に乗ってきた男の子は、ツバが広めのハットと、メガネをかけている。顔も整ってるし、ここから乗るということは、この子も芸能人かな…?と思いながらも、若い芸能人に明るくない私は、行き先を聞いたあと、とりあえず話をかけてみる事にした。



「お兄さん、男前ですねぇ」
「あははっ!ありがとうございます!おじさんも、渋くてダンディって感じ!若い時モテたでしょ〜?」

いや、実は今でもモテモテだったり?なんて、顎に手を添えながら笑う彼。その明るさと笑顔に、さっきまでの滅入っていた気が嘘のように晴れていった。

「はははっ!お兄さんこそ、モテるでしょう?」
「いやいや、オレなんてぜーんぜん!おじさんにモテテク教えて欲しいくらい!」

彼のその言葉に、2人してケラケラ笑っていると、車内に着信音が響く。あっ!と声を零しながらスマートフォンに目を向ける彼を、バックミラー越しにちらりと見やれば、先ほどまでの太陽のような笑顔とは打って変わって、とても優しい表情で画面を見ていた。


「彼女さんかな?」
「えっ?」
「お兄さんの表情ですぐ分かったよ」

え〜!恥ずかしいなぁ!なんて言いながら頬を抑える彼の顔には、幸せいっぱいです!と書いてある。

「いい恋愛してるんだねぇ」
「ん〜…どうなんだろう。オレは一緒にいられて幸せだけど、彼女にはいっぱい我慢させちゃってるから」

ちょっと自信ないんですよね。そう眉を下げながら言う彼に、きっと大丈夫さ。と返しながら、私は自分と家族の話をした。
若い頃から仕事ばかりで、妻には沢山の我慢と無理をさせてしまった事。休日は自分が休むために使って、家族との時間もろくに作らずにこの歳になってしまったこと。


「だから私も、自分が家族から愛されている自信なんてこれっぽっちもなかったんだけどね、今は娘家族と一緒に暮らしていて孫もいて毎日幸せで…。今なら自信を持って私は愛されてる!って思えるんだよ。だからお兄さんも、きっと自分で思っている以上に、彼女さんに愛されてるよ。……なんて、ちょっとくさかったね」


すみません。と謝れば、彼は手をぶんぶんと振りながら、いやいや!!!と声を大きくした。

「おじさんにキュンとしちゃったよ!やっぱりモテるでしょ!」

再び顎に手を添えながらにやりと笑う彼に、声を上げて笑えば、その笑い声に混じって、そっか…。と、呟く声が聞こえた。再びバックミラー越しにお兄さんを見れば、スマートフォンの光に照らされたその顔には、先程と同じかそれ以上に、優しい表情が浮かんでいた。
その後彼は少し前のめりで、ねぇおじさん!と元気に声をかけてきた。


「行き先、変えてもらってもいいですか?」
「勿論構わないけど…いいのかい?もうすぐ目的地だよ?」
「彼女に会いたくなっちゃって」

照れながら笑う彼に、私は思わず笑顔になった私は、気持ちスピードをあげながら、彼の新しい目的地へと車を走らせた。







その後も彼といろんな話をしていたら、あっという間に目的地に着いた。
そこは彼の当初の目的地とは真逆だったため、それなりの時間とお金がかかってしまって、それを謝れば、彼はまた太陽のような笑顔で、全然大丈夫!と笑ってくれる。


「遠くまでありがとうございました!あ、そうだ…!よかったらこれ、家族みんなで!」

そう言って渡されたのは綺麗に包装された箱。時期的にきっとチョコレートなのだろう。一度は断ったけれど、チップだと思って!と引かないお兄さんに、じゃあ…。とその箱を受け取った。改めて見るとそれはブランドもので、とても高そうな代物だった。やっぱりもらえないよと口を開こうとしたと同時に、あとこれも!と、CDを1枚その箱の上に乗せられた。


「いい曲だから、聴いてみて!」


ウィンクをしながら車を降りたお兄さんに、ありがとうね。とお礼を言って、結局返せなかったチョコレートとCDを助手席に乗せ、私は営業所へと車を走らせる。今日は久々に気持ちよく仕事が終われたな。そんな気持ちを抱きながら。






帰宅後、私の鞄から出てきた高級チョコレートと、りばーれ?の、もも?のサイン入りのCDを見て、娘と孫が悲鳴をあげたのはまた別の話だ。



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