二度は負けない
次の日の朝
帰るの面倒だから。と、結局私の家に泊まった万理が、予定より早く起きてきた。おはよう。と声をかければ、少し驚いたような顔で何度か瞬きをした後、あ〜…。と目頭を押さえて項垂れた。
「なに?ベッドでも眠れなかった?」
「いや、違う。いや、違くないけど……。大丈夫」
顔洗ってくるわ。と洗面所に向かった万理を不思議に思いながら、朝ごはん作りに戻った私は昨晩の攻防を思い出していた。
「万理、ベッド使ってね」
「え?俺はソファでいいよ」
クローゼットから引っ張り出した毛布を抱えながらそう言えば、その毛布を万理に奪われる。そのままリビングのソファに向かおうとする万理の腕を、ちょっと待って。と掴めば、なんだよとでも言いたげな顔で万理は振り向いた。
「明日も仕事なんでしょ?」
「そうだけど」
「だったら尚更ベッドで寝て」
掴んでいる万理の腕をベッドの方に引っ張れば、いいって。という言葉と共に大きなため息が聞こえてきた。そのため息に迷惑なのかな…?と肩を少し跳ねさせながらも、いや!でもやっぱり、これだけは譲れない!と振り向き万理を睨み付ければ、万理はそんな私をじっと見ながらまたため息をついた。
「…ため息つきすぎ」
「おまえが頑固だから。ソファでいいって」
「やだ。私は今日久々にソファで寝たい気分なんですー」
ほらほら。と今度は万理の後ろに回りベッドへと押しやれば、ようやく諦めたのか、万理はわかったよ。と、大人しくベッドへと入り込む。
その様子に満足した私は、ろっぷちゃんの抱き枕と毛布を手に、リビングへと足を向ける。不意に、奈々美。と名前を呼ばれて振り向けば、万理は布団を捲りながら自身の横のスペースをぽんぽんっと軽く叩いていた。
「おまえもここで寝ればいいじゃん」
「ばっ、バカ!」
にっこりという音が聞こえてきそうなほどの笑顔でそう言う万理に、早く寝なさいよ!と言いながら抱き枕を投げつける。
からかわれる事に耐性のない自分に呆れながらも、抱き枕を投げつけてしまった事で手持ち無沙汰になった私は、買ったばかりのぬいぐるみを抱きしめて、ソファの上で眠りについた。
そして昨晩万理がぼやいていた、7時に起きれば間に合うか…。という言葉に合わせて少し早めに起きた私は、そそくさと朝ごはんを作りを始め、今に至る。
「…これ、おまえが作ったの?」
「私以外に誰が居んの?早く食べようよ」
洗面所から戻ってきて、テーブルの上の料理を呆然と眺めている万理を尻目に私は椅子に座り、彼を促す。椅子に座ったのを見て、いただきます。と呟けば、万理がそれに続いた。
美味しいと言う呟きに、自然と笑みが溢れた。
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昨晩、のんびり過ごしているうちに、なんとなく帰りたくなくなってしまった俺は、奈々美の家に泊まることにした。
泊まってく。と俺が言えば、別にいいけど。と、さらっとOKを出した彼女は、少し危機感を持った方がいいと思う。
そんな事を思いながら、風呂上がり、すっぴんにメガネをかけて、モコモコの部屋着姿の奈々美に少しときめいていたら、彼女は俺にベッドで寝るように言ってきた。
ソファで寝ると言っても聞かない奈々美に、強引にベッドへと押しやられた俺は、度重なる攻防の末、渋々ベッドへと入り込む。
そしてふと思った。
もしここで一緒に寝ようと誘ってみたら、彼女はどんな反応をするんだろう。
素直に来てくれる?いや、顔を赤くしながらバカ!とでも言うだろうか。そんなことを考えると同時に名前を呼ぶ。
振り向いた奈々美に、おまえもここで寝ればいいじゃん、なんてベッドを叩いて言えば、バカ!早く寝なさいよ!という言葉と共に、彼女愛用の抱き枕が飛んできた。ほぼ予想通りの反応に口角を上げながら、そそくさと部屋を後にする彼女の後姿を見送り、俺はキャッチしたそれに目を向けた。
「…お前はいつも一緒に寝てんのか」
返事をしないろっぷちゃんに、いや何やってんだ俺は。と本日何度目かわからないため息をつき、いそいそと布団に潜った。
奈々美の匂いがして落ち着かなくて、なかなか寝付けなかったのはここだけの秘密だ。
そんな状態で迎えた朝。アラームが鳴るよりも先に目が覚めた。それと同時に食欲のそそられる匂いが俺の鼻をくすぐる。
まさか…と思いながらリビングへ向かうと、キッチンには奈々美が立っていた。
「おはよう」
俺が起きてきたことに気付いた奈々美が振り向く。彼女の長い髪は無造作に頭の上でお団子になっていて、うなじが晒されている。そして、普段とはまた違う朝特有のゆるい空気感をまといながら、キッチンに立っている奈々美の姿が無性に刺さった。
俺は、おはようの言葉より先に、あ〜…と呟きながら目頭を押さえて項垂れる。
ベッドでもちゃんと眠れなかったのかという奈々美の質問に、違うと答えながらも、いや、ある意味眠れなかったわと思い、いや、違くない。と続ける俺は、自分でも何言ってんのかわからないくらいには、朝から動揺していた。そして自分に言い聞かせるように、大丈夫。と呟き、逃げるように洗面所へ向かった。
洗面所に入ってすぐに目についたのは男性用のスキンケア用品とか、歯ブラシとか…とにかく元カレの名残で、こんな状態でよくもう好きじゃないなんて言えたな。なんて少し呆れながら顔を洗った。奈々美の家には所々あの男の名残がまだある。今更ながら、今俺が着ているこのスウェットも、あの男のものなんだろう。
「未練たらたらじゃんか…」
寄り添うように置かれた歯ブラシがなんだか憎たらしくて、元カレのものだったと思われるそれを、俺は洗面台の脇のゴミ箱へと投げ入れた。
リビングへ戻れば、テーブルの上には2人分の料理が並べられていた。あまりにも立派な食事に、思わず奈々美が作ったのかと聞けば、他に誰が居るの?と返される。それもそうだ。と奈々美に促されるがままに椅子に座り、奈々美のいただきますの声に続いた。
ちゃんとした朝ごはんを食べるのなんていつぶりだろう…と頭の片隅で思いながら、こういうのいいな。なんて浮つく心に、薄味の味噌汁が染みる。気付けば無意識のうちに、美味しい。と呟いていた。
食事をとったあと、早く起きた分時間に余裕があり、ゆっくりと身支度を整えはじめた。元カレのものだと思われる歯磨き粉があまりにも不味くて、その後煙草で口直しをしなければならなかった事以外は順調だった。
口直しの煙草を吸い終えて時計を見れば、予定時刻を5分過ぎていて、ゆっくりしすぎた!とバタバタと玄関に向かう俺の後に奈々美が続く。
「間に合う?」
「全然余裕。じゃ、また連絡するから」
「うん、気を付けて。…あっ、これパーキング代」
足りるかわからないけど。と千円札を数枚手渡す奈々美に、いらないよと断れば、それはダメ!と、昨晩のやりとりを彷彿とさせるような押しの強さで、俺のジャケットのポケットめがけて腕を伸ばしてきた。
何を言っても聞かないだろうし、時間もないしと、俺はお金を受け取る振りをして、その腕を掴み引き寄せる。
「代わりにこっちもらってくね」
そう呟いて触れるだけのキスをすれば、顔を赤く染めながら、金魚のようにぱくぱくと口を開いたり閉じたりしてる奈々美。
その様子がおかしくって、俺は小さく笑い声をあげながら、じゃあねと奈々美の家を後にした。
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