面倒ごとは続くもの
万理が仕事に行ったあと、熱を持った頬を手で仰ぎながら、昨日のことを思い出す。
買い物もして、ろっぷちゃんにも会えて、すごく楽しい1日だったのに、元カレが現れて、挙げ句の果てに万理に迷惑をかけてしまった。
泣いている私の傍に、万理はずっと居てくれたし、その後ちょっと思いがけない展開にはなったけれど、他はいつも通りだった。しかし、これがきっかけで私は万理に、彼が一番嫌いであろう、"面倒くさい女"として認識されてしまっただろう。
「万理、離れてっちゃうかな…」
無意識の呟きに、なぜか気分が落ち込んだ。
それを振り払うように、ぶんぶんも頭を左右に思いっきり振って、ふと部屋を見渡せば、あまりにも元カレの面影が残りすぎていることに気が付いた。
何の気なしに洗面台を覗くと、そこにも彼の名残がある。ふと、洗面台横のゴミ箱に目を落とせば、彼の使っていた歯ブラシが捨ててあるのが目についた。別れてから1ヶ月、何一つ捨てる事ができなかったのに、ゴミ箱の中の歯ブラシは、今ではなぜかそこにあるのが当然のように見えた。
「…よし!」
一人意気込んだ私は、大きなビニール袋を広げて、部屋中から彼の私物や彼との思い出の物を捨て始めた。初めてデートした時に撮った写真も、誕生日にもらった洋服も、記念日にもらった指輪も、結婚情報誌も、何もかも。彼につながるような物は全て。
そしてすっきりとした部屋を見渡す。
「この部屋、こんなに広かったんだ…」
元々2人で住むつもりで借りた1LDKのこの部屋は、今の私には広すぎる。それを感じないほどに、この部屋は彼との思い出でいっぱいだったんだななんて思ったら、少し寂しくなったけど、最後に残してた写真立てをビニール袋の中へと落とした瞬間、なんだか心が晴れやかな気分になった。
昨日散々泣いたからだろうか、涙はもう出なかった。
掃除を終えた後、なんとなくパソコンで賃貸のサイトを見ていたら良さそうな物件を見つけた。そういえばそろそろ更新も切れるし、いい機会かもなんて、見学希望のメールをしたら、すぐに今日内見ができると返事が来た。善は急げだ!と、私は早々にその部屋を見に行くことにした。
ふと時計に目を向けると、ちょうど12時になったところで、内見は15時からだし他の不動産屋もちょっと見て行こうかなと、早めに身支度を整えた。いざ家を出るぞというタイミングで、スマホを手にして固まる。
脇にある電源ボタンをワンプッシュすれば、見覚えのない待ち受け画面が表示されたのだ。え…?と呟きながら、私は昨晩の万理とのやり取りを思い出す。
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「それ、仕事用?」
「え?あぁ、そう」
「ふーん…。なんか、私のとケース似てるね」
「たしかに、伏せておいてあったらどっちかわかんないな」
「間違えないでよ?」
「まさか、そんなヘマするわけないだろ」
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「…ヘマ、してんじゃん。」
私は急いでパソコンを起動させてとある場所の住所を調べる。それを急いでメモに写して足早に家を後にした。
目指す場所はひとつ、IDOLiSH7の事務所だ。
家を出てから30分ほど。メモした住所と地図を頼りにたどり着いたのは『小鳥遊事務所』。IDOLiSH7の事務所もとい、万理の職場だった。無事に到着したはいいものの、普通の会社ならまだしも芸能事務所なんて、いくら知り合いとはいえ門前払いされるのでは…?と、考え始めたら呼び出しボタンを押すのを躊躇ってしまう。
1階のブラインドは全部下されていて、人の気配もない。中央にある階段を何往復もした末踏ん切りがつかず、そのまま階段を降りて事務所の周りをうろつき始める。窓から2階の中が見えたりしないだろうかなんて、建物から少し離れた瞬間、背後から、君。と声をかけられた。
肩を跳ねさせながらゆっくりと振り返れば、そこにはピンクのうさぎ?を抱えた男性が立っていた。声色は優しいが、その表情は少々険しい。
「うちの事務所に、何か用かい?」
「えっ?!あっ、違うんです!ファンとかじゃなくて、えっと、あの。おっ、大神万理の、知人…でして…」
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「まじか…」
俺はスマホを片手に呟いた。
奈々美の家から自宅へと着替えに戻ってから気が付いたのだが、どうやら彼女のスマホと、仕事用のスマホを取り違えたようだ。
画面には、昨日撮影された奈々美とろっぷちゃんのツーショットが映し出されていた。
今から取りに戻ろうにも、そんな時間は勿論なくて、念のため自分のプライベート用のスマホから電話をかけてみるも繋がらない。
取り急ぎ、事務所の人とうちの子たちには、今日は私用の携帯から連絡を入れる旨を伝え、手帳を広げてスケジュールを確認する。
今日中に連絡を入れなければならないところや、今日中に連絡が来る現場はなさそうだ。幸い、日曜日で今後控えてるコラボ先の企業などはお休みだし、今日の現場は短時間だ。
なんとかなりそうだなと頷いて、心の中で奈々美に謝りながら俺は家を後にした。
「あっ、バンちゃんおはよー」
「おはようございます」
「おはようございます、大神さん。仕事用のスマートフォンはどうされたんですか?あの、まさか失くされたとか…?」
「失くしてはないから、大丈夫!」
寮に着くなり挨拶と共に案の定、スマホの件について聞かれて、とりあえずみんなの個人情報は無事だから安心して!と言いながら、乗車を促す。
「今日、マネージャーは休みなんだっけ?」
「紡さん?うん、今日は一日休みで、俺が付くよ。っと言っても今日は雑誌の撮影と取材だけだから、昼過ぎには終わると思うよ」
頑張ろうね!と、バックミラー越しにみんなにそういえば、はーい!と元気な返事が返ってきた。何年経ってもこういうところは変わらないなぁ。なんてしみじみ思いながら、俺はみんなの会話をBGMに車を走らせた。
しばらくすると、なーなーバンちゃん。と環くんに声をかけられた。
「どうしたの?」
「バンちゃんの彼女って、何歳?」
「えぇっ?!」
「大神さん!信号赤です!」
まさかの質問に、俺は信号が赤なのに気付くのが遅れ、一織くんの声で急ブレーキを踏む。なっなに?!ねこ?!と騒ぐ陸くんに、ごめんねなんでもないよ!と振り返って謝れば、陸くん以外の5人…いや、3人がにやけていて、壮五くんは気まずそうに、しかし興味ありげに俺をチラ見してきた。事の発端の環くんは人の気も知らないでゲームをしている。
「ちょっと、万理さん〜?彼女ってなんすかぁ〜?」
「Oh!バンリのガールフレンド!どんな女性ですか?」
「気になるよな〜!オレも聞きたいな〜!」
「ちょっ、ちょっとみんな、そんなプライベートなことは…でも、そうですね…僕も少し気になりますね…」
「えっ?!万理さん彼女居たんですか?!」
急ブレーキに気を取られていた陸くんは、みんなより一足遅く状況を理解したらしい。少し頬を染めながらも、興味津々と言った感じだ。
この話題はあまり広げたくないのだが、いつも止めに入る三月くんと壮五くんまでもが、この話題に興味を持ってしまっている。
頼みの綱は君しかいない…!そんな思いでチラリと助手席の一織くんを見やれば、彼はまっすぐ前を見ながらこう言った。
「大神さん、信号青に変わりますよ」
あぁ…、彼もこの話題を止める気はなさそうだ。
「へぇ〜!同い年の、腐れ縁!」
「付き合って2年くらい?結婚は?いつするんですか?」
「キレイ系ですか?キュート系ですか?バンリの好み、気になりますね」
「どっちかっつーとキレイ系だったけど、持ってるもんはかわいかった」
「なるほど…ギャップがある女性なんですね…」
「えっ?!環会ったことあるの?」
「おー、昨日会った」
「タマちょっと、お兄さんたちに詳しく教えなさい」
「そんな詳しくは知らねぇけど」
みんなからの質問に当たり障りのない範囲で質問に答えたのがいけなかったのか、車内はこの話で持ちきりになってしまった。
質問の矛先が俺から環くんのに向かった事にほっとしながら、みんなの声に耳を傾けていた俺だったが、環くんのとある発言で、再び差し掛かった赤信号で口にしたお茶を思いっきり吹き出しそうになった。
「とりあえず、すっげー胸でかかった」
「ゲホゲホッ!」
「ちょっ、大神さん大丈夫ですか?!」
そう言ってハンカチを差し出してくれる一織くんに、だっ大丈夫だよ。と声をかけてバックミラーに目を向ければ、先ほどと同じ3人がにやにやしながら俺を見ていた。
「へぇ〜万理さんって、胸でかい方が好きなんですか〜?」
「なるほど、彼女のそれはきっと、バンリが大事に育ててきたのでしょう…」
「おい、ナギそれはアウト!」
「みっ、みんな、そういう話をするにはまだ時間が早いよ…!でもそうか…万理さんは女性のそう言うところに魅力を感じるタイプなんですね…」
「えっ?!万理さんが…育て…えっ?!」
わーわーと騒ぐみんなに、いたたまれなくなってきた俺は、一縷の望みをかけて再び助手席の一織くんへと目を向けるが、彼はまっすぐ前を見ながらこう言った。
「大神さん、信号青に変わりますよ」
その耳が、少し赤くなっていること以外は、先ほどと何も変わらなかった。
「お疲れ様です…」
事務所に帰ってきたのは14時ちょっと前。帰りの車内でもみんなに奈々美の事を聞かれた俺は、短時間の仕事にもかかわらず、いつもより疲労感が半端なかった。
今すぐきなこを抱きしめたい…!そう思いながら事務所のドアを開けて俺は固まった。
「やあ、万理くん。お疲れ様」
「…お疲れ様」
そこにはなぜか、きなこを抱きながら、社長と一緒にお茶をしている奈々美が居たのだ。
えっ?なんで…?そんなことを思いながら事務所の入り口に突っ立っていると、背後から賑やかな声が聞こえた。
「お疲れ様です!社長に話があって来たんですけど…って、あれ?お客さんですか?」
陸くんを筆頭に事務所内にぞろぞろと入ってくるみんなが口々に挨拶をするなか、最後に入ってきた環くんが奈々美を見て、あっ。と声を零した。
「バンちゃんの彼女」
前言撤回。きなこを抱きしめるよりも、今すぐ家に帰りたい…!
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