バレンタイン
今年もこの時期が来てしまった。
「もうやだ!バレンタインなんて滅びればいいのに!!」
1人、自宅のキッチンでレシピ本を眺めながら思わず叫ぶ。バレンタイン、どうせならモモちゃんに美味しいお菓子を作ってあげたい。作ってあげたいけど…!
「かったぁ!!!なにこれクッキーじゃなくて岩じゃん…」
目の前に並ぶ真っ黒なハート型の岩…もとい、私が作った黒こげのクッキーはとてもじゃないけれどモモちゃん渡せるような出来ではない。
何を隠そう、私、お菓子作りが苦手である。
料理は得意な方で、人に振る舞えるレベルなのに、お菓子作りだけはどうも昔からうまくできなくて、毎年チャレンジしては、失敗し、結局いつもより少し豪華な料理と市販のチョコレートを渡して終わってしまうのだ。
モモちゃんはいつも
『奈々美がオレのために用意してくれただけで嬉しいよ!』
なんて笑顔で言ってくれるけれど、現場でスタッフさんや共演者さんからもらった!と持ち帰ってくるお菓子は大体が綺麗にラッピングされた手作りのお菓子で、それがなんだか悔しくて、来年こそは!と、思うの、だ、けれど…。
「うまくいかないなぁ…」
バラエティ番組の休憩中、はぁ…。とため息をついた私に、大丈夫ですか?と声をかけてくれたのは、IDOLiSH7の和泉三月くんだった。
「あっ、大丈夫です」
「もしかして、オレのMCやりづらいですか?」
「えっ?あっ、違うんです。ごめんなさい、プライベートの事でちょっと悩んでて…」
「なんだ、よかった!…って、すみません。悩んでるんだから、よくはないですよね」
話聞きますけど。と言ってくれた三月くんに、お礼と共に大丈夫です。と続けようとして、ふとモモちゃんの言葉を思い出す。
『三月の家ってケーキ屋さんなんだってー!この前三月が作ったクッキーもらったけど、超美味しかった!』
それに、恥ずかしながら三月さんは私とモモちゃんの関係を知っている…。頼れるのは、彼しかいない…。
「あっ、あの!三月くん。相談に乗っていただけませんか…?」
ガタッと、パイプ椅子から立ち上がりそう言えば、三月くんは少し驚きながらも、オレで良ければ。と笑顔で答えてくれた。
そんな彼に、かくかくしかじかと理由を話せば、なるほどぉ…。と考え込んでしまった。しばらく沈黙が続いた後、三月くんは、よしっ!と立ち上がりこう言った。
「特訓しましょう!」
この日から、私と三月くんとの秘密のお菓子作り特訓始まった。
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インターホンを押す指が震える。
スピーカーから流れる澄んだ声に、三月です!と返せば、どうぞ、とオートロックのドアが開かれた。
先日現場で片瀬さんからされた相談はとても意外なものだった。
『百さんに、手作りのお菓子をあげたいんですけど、うまくいかなくて…』
困り顔でそう言った片瀬はいつものクールな感じとは打って変わって、なんだかとっても女の子って感じで、つい手助けしたくなってしまうような、そんな雰囲気を纏っていた。
そして軽い気持ちで特訓の提案をしたあの時の自分を少し恨んだ。
「お休みの日に、わざわざありがとうございます」
どうぞあがってください。そう言ってスリッパを用意してくれる片瀬さんの後に、オレはお邪魔します。と挨拶をして続く。
そう。オレは今、片瀬さんの家に来ているのだ。
特訓を提案したものの、いざやるとなると場所の問題が一番に浮上した。オレたちの寮に入れるわけにはいかないし、レンタルキッチンを借りるのも難しい。どうしたものかと悩んでいるところに、それなら私の家はどうですか?と、奈々美さんが声をあげたのだ。
「えっ?!あ、いや、オレはいいんですけど…」
「じゃあ、そうしましょ」
「あの、こんな事聞くのもアレですけど、大丈夫ですか…?」
顔見知りとは言え彼女の家に男が行くのだ。いくら百さんでも、きっと気持ち良くは思わないはずだ。そんな意味を込めて片瀬さんに尋ねるも、意味が通じてないのだろう、不思議そうな顔をしながら首を傾げている。
「大丈夫ですよ?一人暮らしなので」
「え、あ、いやそうじゃなくて…」
「あっ…。このこと百さんには秘密にしてくださいね」
そう耳打ちした片瀬さんには、やはりオレの心配は伝わっておらず、オレは心の中でため息をついた。
それから数日後、片瀬さんからラビチャが届いた。空いている日程がいくつか送られてきて、その中から都合の良い日を選んで送れば、その後はとんとん拍子に話が進み、今に至る。
「今日はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる片瀬さんに、あの…と、声をかける。
「はい?」
「片瀬さんが嫌じゃなければ、素の感じでいいですよ」
百さんから聞いてるんで。と言えば、少し戸惑った片瀬さん。気楽に居てほしいという気持ちも勿論あるが、素の彼女に興味があるもいうのも理由の一つだ。
「本当に、いいですか?全然違くて驚くと思いますけど」
「オレ、そんなの気にしないですよ!誰にも言いませんし」
じゃあ…と、表情を柔らかくした片瀬さんは満面の笑みで、こう言った。
「改めまして、三月先生今日はお願いします!」
その笑顔に心打たれた数分後、彼女のお菓子作りのセンスの無さに、思わず頭を抱えたが、その日を境に、何度か特訓を重ねて要領を得た奈々美さん(そう呼んでほしいとお願いされた)は、あっという間に立派なケーキが作れるレベルまでに達したのだった。
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-あのね、今年は頑張ったの…!
奈々美から来たラビチャで、頑張ったって事はもしかして手作り…?!なんて期待が頭をよぎった。
奈々美は、料理は超上手いのになぜかお菓子が作れない。バレンタインは学生の時からずっと毎年市販チョコレートだ。
はじめこそ残念に思っていたが、その市販のチョコレートは毎年最終手段として使われている物だと知ったのは、付き合い初めてお互いの家を行き来するようになって、彼女の家の冷蔵庫でお菓子になるはずだった物を見てからだった。
そんな奈々美が自分でわざわざ、今年は頑張ったと言ってくるくらいだ。期待せずにはいられなかった。期待せずにはいられなかった、が。
「はい!これ!」
期待以上のものが目の前に出てきた時、どう反応するのが正解か分からなくなった。
奈々美から渡された箱の中には、お店で買ったかのような立派なチョコレートケーキが入っていた。
あれ、もしかして、頑張ったって、お金の方…?なんて思ってしまうくらいには立派だった。
「これ、作ってくれたの?」
「そう…!頑張った…頑張ったの、本当に…」
そう言いながら明後日の方向を見た奈々美の様子から、彼女の言う通りかなり頑張ってくれたんだろう。
食べるの勿体ないなぁ…と呟きながら写真を撮るオレに、今すぐ食べて!と促す奈々美。
そんな彼女の要望通り、早速いただくことにした。
「いただきまーす!」
「ふふっ、どうぞめしあがれ!」
ケーキをフォークで一口大にカットし、口へ運ぶ。どう?どう?と、オレの感想を待つ奈々美の顔には、ほんの少しだけ緊張の色が窺える。
「うん…!すっごく美味しい!!お店のケーキみたい!!」
「本当に?!よかったぁ…」
ほっと胸を撫で下ろしながら、三月くんに報告しよーっと!と、スマホをいじりはじめた奈々美に、ケーキを食べる手を止め、え?と首を傾げる。
「三月?」
「えっ?!あっ、いや…なんでもない!」
「なにそれ!隠し事はなしでしょ〜?!」
奈々美のほっぺを両手で摘んで横に引き伸ばせば、いひゃい〜!と、言いながらうっすらと涙を浮かべる。ほっぺから手を離すと少し赤くなっていて、ごめんね、と言いながら今度は奈々美のほっぺを両手で撫でた。
「で?なんで三月の名前が出てくるの?」
その柔らかいほっぺを撫でながら聞けば、全て話してくれた。毎年手作りしようとして失敗してしまうこと、どうしようか悩んでいた時三月が声をかけてくれたこと、そして三月に頼んで2人で特訓をしていたこと…。
「だから最近会えなかったの?」
「うっ…ごめんなさい…。モモちゃんに、美味しい手作りのお菓子、食べさせてあげたくて…」
「その気持ち、すっごく嬉しいよ!でも…」
眉を下げ、俯きがちの奈々美の顔を、ほっぺに添えている手に力を入れて上を向かせる。そして少し力の入った唇に、チュッと音を立てながらキスをした。
「オレ以外の男と2人きりで会ってたのは、妬いちゃうかも」
耳元でそう囁けば、真っ赤な顔をした彼女がそこにいた。顔を赤くしながらも、ごめんなさい。と眉を下げた奈々美がなんだかとっても可愛くて、オレは思わず口角を上げた。
「奈々美が食べさせてくれたら許してあげる」
ケーキの上に乗っている一口大のハート型のチョコレートを指差しながらそう言えば、それだけでいいの?と、奈々美はそのチョコレートを手に取り、オレの口元へと運ぶ。
しかし、頑なに食べようとしないオレに、奈々美は首を傾げた。
「食べてくれないの?」
「違う違う。口で、食べさせてよ」
ね?首を傾げながらそう言えば、奈々美は再び顔を赤くした。ほら早くしないと溶けちゃうよ?と促せば、奈々美は渋々それを口に咥える。
そしてそのままオレの唇めがけて近付いて来た奈々美から、オレは早々にチョコレートを奪い、そのまま彼女に口付けた。
その唇はどんなチョコレートよりも甘くて、来年のバレンタインはコレで十分かもなんて思ったけど、まだしばらくはオレのために頑張ってくれる彼女を見ていたいなとも思った。
そんな今年のバレンタインだった。
Happy Valentine -Momo-
2020.02.14
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