そっと隠す




「ここいいかも」
「ここはオートロックじゃないからダメ」
「…じゃあここ」
「1階?論外でしょ」
「ねぇ!さっきからなんなの?!」

選ぶ物件にいちいち文句をつけてくる万理に痺れを切らした私は、万理を睨み付けた。



あの後、小鳥遊事務所を後にして、内見に行った私達。とてもいい部屋で気に入ったのに、隣の家との距離が近いからやめた方がいい。という万理の一言に悩まされ、契約は保留になった。
そしてその後家まで送ってくれた万理は、なぜかそのまま私の家に居座り続けている。
ちなみに同棲云々の話は、音晴さんに彼女がいると嘘をついたときに、そろそろ同棲しようか考えてるって言ったんだよね。と、車の中で万理に聞かされた。先に言っといてくれれば話合わせたのに。なんて呟けば、まさかお前の口から引っ越しの話が出るとは思わなかったから。と一蹴されたけど。


「セキュリティーは大事でしょ」
「別に、こだわんないし」
「俺がこだわるの」
「だから、なんでよ!別に万理が住むんじゃないんだから、なんでもいいでしょ」

再び万理を睨みつければ万理は、はぁ。とため息をついた。

「だからじゃん」
「は?」
「おまえ危機感ないから心配してんの」

わかる?頬杖をつきながら私の顔を覗き込んできた万理に、口を尖らせながら、そうですか。と素っ気なく言い放てば、くすっと小さな笑い声が聞こえた。


「照れた?」
「…そんなわけないし。っていうか、私にとっては万理の方が危険なんだけど」
「え?なんで」
「すぐキスしてくるもん」
「いいじゃん、キスくらい」

減るもんじゃないし。
と距離を詰めてくる万理の肩を押す。

「ちょっと、近い!ってか、キス"くらい"とか言うの超クズ、最低。あっち行って。…あっ、ここいいかも」
「どれ?…駅から遠いからダメ」
「もー!!なに!じゃあ万理が選んでよ!」

自棄になった私は、はいどうぞ。とPCの画面を万理の方に向ける。そんな私がおかしかったのか、万理はまた小さく笑った。

「だから、俺ん家でいいじゃん」
「は?」
「一部屋余ってるから」
「嘘だ。前行った時に、間取りは把握済みなんだから」
「あそこ実は2DK。奥にもう一部屋あるんだよ」
「えっ、気付かなかった」

だからどう?と、にっこりという音のつきそうな笑顔で私を見る万理は楽しそうだ。どうせ私の事をからかってるに違いない。

「絶対イヤ」
「なんで」
「万理と住んだらすぐ襲われそう」
「……そんなことしないよ」
「今の間は何よ。っていうかそもそも、必要以上に相手の生活に関わらない約束でしょ」

あんたが決めたんじゃん。と言いながら、私は再びPCの画面に目を向ける。
そんなかわいくないことを言いながらも、頭の片隅で万理との生活を想像して、だんだんと緩んでいく口元をニットの袖でそっと隠した。





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奈々美は本当に危機感がないと思う。
いくら俺とは言え、男を簡単に家にあげるうえに、選ぶ家はセキュリティーなんてあってないような家ばかり。
口うるさいと思われようが、そんなのはどうだってよかった。こいつに何かあってからじゃ遅いわけだし。

社長の言う通り、俺の部屋は一部屋余っている。それをなぜ社長が知っているかというと、小鳥遊事務所に入社した際に社長が用意してくれた部屋だからだ。元々物が多い方ではないし、家には寝に帰るだけの生活故に、2DKのうちの一部屋は普段使わないものを置いておく、所謂倉庫のような役割になっている。
俺の家どう?なんて奈々美言ってみたが、案の定断られた。それはまあ想定内だけど、他人に干渉されることが苦手な俺が、わりと本気でその提案をしていた事に自分でも驚いた。
社長が提案した時は、いやいや何言ってるんですか!なんて心の中で悲鳴をあげたが、よくよく考えたら案外ありかも。なんて頭の片隅では奈々美と2人で生活している風景を思い浮かべた。やっぱり…

「ありだよな」
「え?この物件?さすがに高すぎる」

却下!と言いながら再びPCと睨めっこをはじめた奈々美に、そうじゃないんだけどな。と呟きながら時計へと目を落とせば、18時を少し過ぎたところだった。
そろそろ帰ろうかな。と奈々美に声をかけ、立ち上がれば、えっ?と不思議そうな顔で見上げられた。


「ご飯食べていかないの?」
「え?いや、さすがに連日世話になるのは悪いし、明日早いから帰るよ」
「…そっか」

素っ気ない声色でそう言う奈々美だったが、その顔は心なしか寂しそうで、俺は思わず苦笑いを溢す。
そんな顔されたら帰りたくなくなっちゃうだろ。


「寂しいの?」
「はっ、はぁ?!そんなわけないじゃん」
「素直じゃないなぁ」

座ったままの奈々美の頭を撫でれば、やめてよ!と振り払われる。そんな彼女の様子に笑みを零しながら、まだ一緒に居たいなんて女々しい気持ちをそっと隠して、足早に奈々美の家を後にした。





帰宅してスマホを見れば、ラビチャが1通。
差出人は、千だった。




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