恋した彼はアイドルでした
「お怪我はありませんか?」
キラキラと光る綺麗な金色の髪と、透き通るような青い瞳に、私は目が離せなかった。
「はぁ〜…」
「ちょっと奈々美、またため息ついてるよ」
「だって、最近本当いいことないんだもん…」
本日何度目かわからないため息を吐きながら、カフェテリアのテーブルに突っ伏す。
大学に入学して2回目の春を迎えようとしているというのに、私の気分はこれ以上ないくらい最悪。ようやくやってきた春の暖かな陽気すらも、今の私の気分を上げるには物足りない。
なぜならこの数週間、私前世で何かしたのかな?と思うくらいに不運が続いているからだ。
ある時は財布と定期を立て続けに落とし、またある時は家の鍵を落とし、そして今日は…
「あんなやつ別れて正解だったって」
「うん…」
「1年近くも3股かけてたんでしょ?しかもみんな同じゼミの子とか、ほんっとよくやるよね」
そう、大学に入って初めてできた彼氏の浮気が発覚し、ついさっき修羅場を迎え、結果として別れたのだった。
「でもさ、奈々美落としたものは全部ちゃんと戻ってきてるんだし、彼氏だってきっとまた戻ってくるわよ!あっ、戻ってくるっていうか、新しくできる、ね!」
「そうだといいんだけど」
「まぁまぁ。近いうちに素敵な出会いがあるんじゃないの?」
そう言って励ましてくれる友達に、ありがとう。と返しながら私はスマホの画面で時間を確認する。
時間はもうすぐ16時になるところで、そろそろバイトに向かわなければ、と荷物をまとめ始めた。
「バイト?」
「うん。17時から、今日は居酒屋の方」
「カフェと居酒屋掛け持ちしてんだっけ?…大丈夫?今日は休めば?」
「大丈夫。そんな簡単に休めないよ。それに、働いてる方が何も考えなくて済みそうだし」
「確かに…。あっ!そういえば、来月の7日!ちゃんと休みとってよ?」
「あー…その日ね…」
スマホのカレンダーを開いて確認していると、忘れたの?!と友達が声を上げる。
「IDOLiSH7のライブ!一緒に行ってくれるんでしょ?!」
「大丈夫、忘れてないよ。ちゃんと休みとってあるから」
「もー!頼んだわよ!あんたが居ないと入れないんだから!当日は一緒に陸くんのうちわ持ってね、服は赤!」
はいはい。と気のない返事をして再びスマホの時計に目を向ければ、もう出発しなくてはならない時間だった。それじゃあ、また明日。と手を振りながら、私は足早にバイト先へと向かった。
IDOLiSH7の事は、正直全く知らない。
テレビで何度か見たことあるかなって程度で、曲もCMとかバイト先で流れているので聞いたことがある程度だ。
そんな私がなぜ彼らのライブに行く事になったのかと言うととっても簡単な話で、友達に頼まれて代表として応募したライブが、なんと当選したのだ。(もしかして、この時に運を使い切ってしまったのだろうか…)
倍率が高い故に本人確認があるらしく、私は強制的に彼らのライブに行くことになったのだった。
当初はライブに行くことに対して、あまり気乗りしなかったのだけれど、今となってはありがたい。
元々付き合って1年の記念日で休みを取っていたその日は、今日なんの予定もない休日に成り下がってしまったから。
「おはようございまーす」
夕方なのに朝の挨拶。このお店でバイトを始めた時、まるで業界人になったみたいだ。なんて少しテンションが上がったのをふと思い出しながら、スタッフルームのドアを開ける。
「あっ!奈々美やっと来た!ごめんちょっと相談なんだけど」
「なんですか?」
スタッフルームに入るや否や、店長が慌てた様子で駆け寄ってきた。なんでも、個室に入っている予約を担当するベテランのスタッフが、体調不良で早退してしまったらしく、代わりに対応して欲しい。との事だった。
「俺が担当するのが一番いいんだけど、今月の売り上げ報告書とか、とにかく書類が全然終わらなくてさ…」
「別にいいですけど…。みんなで回した方が早くないですか?」
「それが、お客様からのお願いで、スタッフ固定にしてほしいらしくて…。ほら、今日のスタッフの中では奈々美が一番歴長いだろ?」
高校生の頃からお世話になっているこのバイト先では、店長の言う通りそこそこ歴は長い方だ。別にいいですけど…。という私の返事に、よし!じゃあ頼んだぞ!と、笑顔でスタッフルームを後にする店長の背中を見送って、あることに気が付いた。
「どんな人達が来るのか、聞いてないや」
平日と言うこともあって、今日は客足が伸びず、店内は比較的落ち着いている。
この様子だと今日の不運は昼間の修羅場で終わりかな。そんなことを考えていたら、元カレの事を思い出してしまった。
ぶんぶんと頭を振り邪念を追い払い、無心でレジ金をチェックしていると、わいわいと賑やかな声と共にお店のドアが開き、入店を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
私の声に続き、スタッフのやまびこが響く。急いでレジをしめて入り口へと向かえば、顔の整った若い男の人が数人。その先頭に立っていた女の子が私の元へやってきた。
「予約をしている小鳥遊です」
「小鳥遊様ですね、えーと…個室のご予約ですね」
予約票を見れば例の個室予約の人達で、ご案内します。と声をかけて、部屋へ案内する。その道中、女の人が1人だけって、この人達なんの集まりなんだろう?なんて頭の片隅で考えたけど、答えは出なかった。
「お部屋はこちらです。何かありましたら呼び出しベルからお願いします。今おしぼりお持ちしますね」
部屋に着いて着席した彼らにそう告げて気付いた。予約表には10人って書いてあったけど、8人しか居ない。後から来るのかな?そんな事を考えながら部屋を後にしようとした瞬間、自分の足に躓いてしまった。
余計なこと考えなきゃよかった…!
そう思っても後の祭りで、目の前に迫る襖。このまま倒れたらやばい。そう思っているのに倒れていく身体はどうすることもできず、あぁ…今日の不運はまだ終わりじゃなかった…!と心の中で涙を流しながら、次に来る衝撃に身を構える。
しかし、想像していた衝撃は訪れず、私の身体は甘い香りと温もりに包まれた。
同時に頭上から聞こえた、Oh!という声に慌てて顔を上げて、私は言葉を失う。そしてそれと同時に、友達の言葉を思い出す。
『近いうちに素敵な出会いがあるんじゃないの?』
そんな都合のいいこと起こるわけないって思っていたのに、私はまさに今それは起きた。
「お怪我はありませんか?」
キラキラと光る綺麗な金色の髪と、透き通るような青い瞳に、不躾だとはわかっていても、私は目が離せない。
そう、私は目の前の彼に一目惚れをしてしまったのだ。
私を支えるために腰に回されていた腕の力を緩ませ、目の前の彼は未だに動かない私の顔をそっと覗き込んだ。
「どこか痛みますか?」
「いっ、いえ!大丈夫です!」
心配そうに眉を下げたその表情と、あまりの近さに、驚いてそう声をあげれば、よかったです。と言いながら、彼は私の両手をその大きな手で包み込んだ。
「あなたのようなかわいらしい人に万が一のことがあったら、ワタシは今夜眠りにつくことはできなかったでしょう…」
「えっ?!あ、いや、あの…!」
生まれてこの方言われた事のない甘いセリフに、顔に熱が集まる。そんな私を見て、くすりと笑った彼が私の頬に触れた瞬間、ゴンッ!という大きな音が頭上から聞こえた。
何が起きたの…?!と目を白黒させていると、Oh…と呟きながら蹲み込んだ彼の後ろから、オレンジの髪をした小柄な男性が拳を握りながら姿を現した。
どうやら、先ほどの大きな音は、彼が殴った音だったようだ。
「お前はほんっとに!息をするように口説くのやめろっての!しかも店員さん相手に!」
「No!誤解ですミツキ、ワタシはただ…」
「言い訳無用!うちのがごめんな。もう行って大丈夫だから」
オレンジ髪の彼のお言葉に甘えて、私は失礼します!と言い残し逃げるように部屋を後にした。ふと視線を感じて後ろを振り返れば、蹲み込んだままの彼が振り返ってこちらを見ている。
ぶつかっちゃってすみません。の意味を込めて会釈をすれば、投げキッスが飛んできて、私の顔が再び熱を持った。
あれからなんとか心を落ち着かせて、店長のお願い通り彼らの担当についた私は、料理やドリンクを運ぶ度に、金髪の彼に声をかけられていた。
嬉しい気持ち半分、気恥ずかしさ半分で戸惑っている私を、毎度オレンジ髪の彼が助けてくれていたのだけれど、追加のドリンクを運びにきたこのタイミングで、頼みの綱の彼は席を外してしまっていた。
うまく躱せる自信ないんだけど…!
そんな事を思いながら、室内を見回す。お酒を飲む人達はちょっと出来上がっているし、各々わいわいと話に花を咲かせているため、金髪の彼を止めてくれる人はいなさそうだ。
そして彼自身も、今がチャンス!とばかりに私に絡んできた。
「ナナミ」
「へっ?!」
「かわいらしいアナタにぴったりな、ステキな名前ですね」
なななななんで名前知ってるんですか…?!と驚いていると、彼は真剣な眼差しで、昨晩夢の中で会った時、教えてくれたではありませんか。と言った後、呆気にとられている私の表情を見て、くすくす笑いながら自身の左胸をトントンと指で叩いた。
「ネームプレートにそう書いてありますよ」
そうだった…。このお店は自分の下の名前を書いた名札を着けるのがルール。長いことこのお店で働いているうえに、いつもふらっと飲みにきたおじさんとかにも呼ばれるのに、すっかり忘れてしまうくらいには動揺していた。それもこれも、目の前の彼のせいだ。
「ワタシの名前は、六弥ナギです」
「六弥、ナギさん…」
心に刻みつけるようにその名前を繰り返せば、彼はイエス!と言って笑顔を向けてくれた。
「ナナミの事、教えてください。好きな食べ物は?よく行くお店はありますか?」
「えっと、好きな食べ物は…って!いや、あの、仕事中なので…!」
澄んだ瞳に見つめられて、思わず答えそうになった私は、なんとか思い留まる。いや、別に答えたところでどうって事ない質問なのだけれど、一つ答えてしまったら、その後も答え続けなければならなくなってしまう気がして、早々に逃げたと言った方が正しいのかもしれない。
「Oh…そうですね。では、それはまた今度聞かせてください。質問を変えましょうオススメのメニューは?」
これなら仕事中でも問題ないですね。と、ウィンクを飛ばしてくる彼に、また顔が赤くなる。目を泳がせながらオススメメニューを案内すれば、ではそれをください。と、私の手を握って目を合わせながら言う六弥さん。スキンシップの多い彼に心臓が爆発しそうになっていると、ようやくオレンジ髪の彼が戻ってきた。
「あっ!ナギ!おまえ、また絡んで!」
「ミツキ、ストップ!聞いてください。…日本ではワタシ、お酒飲めません。お酒飲めない代わりに、レディと…ナナミとこの時間を楽しみたいのです。オッケー?」
「全然オッケーじゃねえよ!」
オレンジ髪の彼が再び六弥さんをバシッ!と叩く。それと同時に、あっ!と赤髪の少年が声を上げた。
「ねぇねぇ!俺たちの曲流れてる!」
お店に流れているBGMの事を言っているのだろうか。口々に本当だー!と言いながら歌を口ずさみ始めた彼らを尻目に、店内のBGMに耳を傾ければ、流れているのはIDOLiSH7の曲で…。
「えっ?」
「ナナミ、どうかしましたか?」
「えっと…今、俺たちの曲って…」
「あれっ?もしかしてお姉さんオレたちのこと知らなかった?」
オレンジ髪の彼にそう尋ねられ、すみません…。と、呟けば、オレたちもまだまだだな!と笑う彼ら。え、いや、まってもしかして
「IDOLiSH7の皆さん…なんですか…?」
私の質問に、イエス!と笑顔で答える六弥さんに、私は思わず叫びそうになり、慌てて口を抑える。
そして心の中で友達に謝った。
ごめんなさい。ライブ当日陸くんのうちわを持つことも、赤い服を着て行くことも、できそうにありません。
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