ご褒美は




テレビ局の廊下を歩けば、ヒソヒソとあちらこちらで話し声が聞こえる。

「えっ?!奈々美ちゃんが…?」
「いやでも、かわいいしなぁ…」
「確かあの監督って、結婚してるわよね…」

そんな言葉と同時に向けられる冷たい視線。
どうせ話題は今朝出た週刊誌のネタだろう。この業界にいればある事ないこと書かれるのなんて慣れてるし、そんな事いちいち気にしていられない。
気にしていられないのだけれど…。





「普通に気にするわバーーーーカ!!!」


番組収録とCM撮影の間の空き時間、私は屋上に出て1人大声で叫ぶ。はぁはぁと肩で息をして、その場にごろんと寝転がれば、空はムカつくほどに晴れ渡っていた。


週刊誌に書かれた内容は私が今度の映画の主演を監督と寝て獲得したという、それはもう下らないネタだった。本当に下らない。
確かに私はアイドルで、今度の映画は初主演。なんならドラマだってまだ出た事ない。
それでも、私はちゃんとオーディションで選ばれたし、私は私の演技に誇りを持っている。それなのに枕営業なんて…。


「あんなおっさんと寝るくらいなら、死んだ方がマシだってーの!!!!!」


寝転がりながら本日二度目の大きなひとりごとを空へと放つ。
先程と1つ違う点と言えば、私の叫びに対して、うるさい。という返事が返ってきた事だった。その声はよく知ってる声で、私は姿も確認せずにその人物の名前を呼ぶ。


「天」
「あの週刊誌の記事に腹を立ててるの?」

寝転ぶ私の横に立った天の顔は逆光でちゃんと見えないけれど、その声色から呆れてる事は明白だった。

「だってありえない。私あんなおじさんとセックスしたくないもん」
「ちょっと、白昼堂々下品な事言わないでよ。君も一応アイドルなんだから、言葉遣いと発言には気をつけなよね」

こっちの気も知らないで…。とかなんとかぶつぶつ言いながら、天はゆっくりとしゃがんで、私のおでこに力の入っていないデコピンをした。



天と私は、芸能界に入ってから出会った。ひょんな事からお互い似た者同士という事が発覚し、それから何となく話すようになって、今に至る。
ファンの前ではアイドルを徹底してる天と私。抱えている悩みや、お互い目指す高みがあることを知った時から、私にとって天は私の良き理解者になった。
そしていつしか私は天の事が…。
いや、この気持ちには蓋をすると決めたんだ。そんな事を考えながらチラリと天の顔を見れば、涼しげな顔で、なに?と返され、私はいろんな感情を込めて、大きくため息をついた。


「幸せ逃げたよ」
「別にいいもん。……あーあー!なんで女のアイドルって舐められるんだろ。Re:valeの千とかIDOLiSH7の二階堂大和。あとはZOOLの棗巳波…は、ちょっと別だけど。とにかく男のアイドルのは評価されるのに」


やっぱり、アイドルになんかならなきゃよかった。

その呟きに、天の目つきが鋭くなったのがわかった。
天と違って、私は元々は女優志望でこの業界に入ったのだ。それなのに、事務所の意向でアイドルとしてデビューさせられた。まぁ、これも演技の一環だと、ファンの前で完璧なアイドルを演じているうちに、アイドルという仕事も、応援してくれているファンのみんなも大好きになった。だからこそ今、天と分かり合えている。
それでもやっぱり夢は捨てられなくて、ようやく掴み取った女優への第一歩なのに。

あんな馬鹿みたいな記事に踊らされてる人達に腹が立つ。いや、私が一番腹を立てているのは自分自身だ。結局は世間の声が、目が、こわいのだ。
そんな自分が情けなくて涙が出そうで、思わず自分の腕で目元を覆えば、再びおでこに衝撃。
しかも先程とは比べ物にならないほどの力で、普通に痛い。あぁ、痛くて涙が出てくる。


「奈々美って本当に馬鹿」

静かに泣いている私に、追い討ちをかける天の言葉。馬鹿じゃないし。と心の中で返せば、それが伝わったのか、馬鹿だよ。と再び言われた。


「現時点での君の力を認めてくれたのは世間でも、週刊誌の記者でもなく、監督。君の事を微塵も知らない大衆の声なんか気にするだけ無駄なのは、奈々美だってわかってるでしょう?」


天の言ってる事はもっともだった。監督からは期待してるよ!と声をかけられ、ファンのみんなは心から応援してくれていて、頑張ってね!ってSNSでメッセージもくれた。騒いでるのはきっと、私の名前しか知らない人達だ。

「男とか女とか関係ない。彼らだって、最初から全てうまくいっていたわけじゃない。それこそ、最初は舐められてたかもしれない。それでも、演技で認められて今あの場所に立ってる。そもそも、君はまだ彼らと同じ土俵にすら立ててないの、わかってるの?」
「なっ…!わかってるし…!」
「なら、泣いてる暇なんかないでしょ」

そう言って立ち上がった天は、私に手を伸ばす。上体を起こして伸ばされた手を掴めば、そのままぐいっと引っ張られ、私は立ち上がる。


「今、奈々美がやるべき事は?」
「…初主演、めっちゃ頑張って、今回の記事を信じたやつらを見返す。…ファンのためにも、自分のためにも」

くすっと笑って、正解。と言いながら、天は私の乱れた髪を手櫛で直してくれる。いつもより優しい天に少し戸惑っていると、天は私の表情に再び笑った。

「そうだ。頑張ったら僕からもご褒美あげるよ」
「え?!何かくれるの?」

天が私に何かくれる事は滅多になくて、心が躍る。好きなものでいいって言われたら、何にしよう。なんて考えていたら、天の顔がゆっくりと近付いてくる。
そして数秒後、おでこに柔らかい感触。


「…えっ?」
「最後までちゃんと頑張れたら、その時はここにしてあげる」

さっき逃げた分の幸せ、僕が補ってあげるから。
そう言って天は、私の唇を指でなぞった。
もう十分幸せですなんて思いながらも、私は近い未来に訪れるもっと大きな幸せに、唇をギュッと噛んだ。



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