金曜日22:00




「ねぇ、彼女呼んでよ」
「だから、無理だって」


千から連絡が来た数週間後の金曜の夜、22時。今俺はなぜか千とサシで飲んでる。
と言っても、この後百くんがくる予定なのだけれど、なんでも仕事が押してるらしく、予定よりだいぶ到着が遅れるようだ。

「なんでさ。別に寝取ったりしないよ」
「…そういう問題じゃない」

じゃあいいじゃない。と頬杖をつきながら言う千にため息をつけば、プライベート用のスマホから着信音が流れる。そして画面に表示された名前を見て、タイミング悪っ。と心の中で呟く。

「奈々美…?あぁ、彼女?ちょうど良いじゃない」
「何がちょうど良いんだよ。って言うか、勝手に見るな」
「ねぇ、ほら電話してさ、来週の土曜の夜空いてるか聞いてみてよ。3人で食事しよう」
「やだよ」

ふーん?と意味深な返事をする千から逃げるように目の前のグラスを傾ければ、じゃあいいや。と、千の呟きが聞こえた。ようやく諦めてくれたらしい千に安堵の息をつくが、後に続けられた千の言葉に、俺は盛大に咽せた。

「環くんに聞いてもらうから」
「?!…げほっ!…げほっ!!」
「うまくいけば2人で会えるし、そっちの方がいいね」
「…はぁっ…おまえなぁ…」

なぜここで環くんが出てくるかと言うと、奈々美が事務所に来たあの日、2人はさりげなくラビチャを交換していたらしい。奈々美曰く、うるさかったからとりあえず四葉環とだけ交換した。との事だった。それを知った時、俺は環くんに、アイドルがそんな簡単に連絡先を交換しちゃいけません!と言い聞かせたのだが…
『万ちゃんの彼女なら悪いやつじゃないんだからいいじゃんか。ってか、ボスも交換してたし』
と返され、何も言えなくなってしまったのだった。



「環くん、プリンあげれば前みたいになんでもしてくれそうだし、わざわざ万経由じゃなくてもいいか」

楽しそうに笑う千の言う"前"とは、つい先日の出来事で…。音楽番組収録の出番待ちの空き時間に、楽屋で談笑していた時、環くんが千に、ななみんってさぁ。と、あたかも当たり前のように奈々美の話を振ったところから、全ては始まったらしい。


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「ななみん?誰?」
「えっ?えっとー…名前忘れたけど、あれだよ、バンちゃんの彼女」
「万の…彼女…?」
「えっ、ゆきりん知らないの?」
「まさか。知ってるよ。ただ、万とは最近あんまり連絡取ってなくて。…詳しく教えてくれない?」


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差し入れの王様プリンを環くんの前に差し出せば、面白いくらいいろいろ教えてくれたよ。と千は得意げに話した。
そう、先に出てきた"らしい"と言うワードでお察しの通り、俺はその日は事務所勤務だったため、この話は後から聞いたのだった。


「ねぇ、プリン何個用意すればいいと思う?」
「…わかった。わかった聞いてみるから」
「そう?じゃあ今すぐ、電話でね」
「はぁ?!」
「いやならいいよ、環くんに…」
「すればいいんだろ!すれば!」


大きくため息を吐きながら、タバコを片手にベランダへ出る。なんでこんな事に…と頭を抱えながら、奈々美からのラビチャを確認すれば、今日来るの?という、まるで恋人からの誘いのようなメッセージが1通。
今日は会いにいけないから電話する旨をラビチャで送れば、すぐに既読がついた。それを合図に俺は電話をかける。
呼び出し音を聞きながら、そう言えば奈々美と電話するのは初めてだという事に気付き、心なしか緊張し始めた自分に、子どもじゃないんだから。と苦笑いをした。






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「えっ?来週の土曜?」
『そう。空いてる?』

元カレとの一件があってから数週間後。
あれ以来なぜか万理と会うのが当然になっていた金曜の夜。いつもなら、今から行く。とこちらの予定なんかまるで無視のメッセージを送ってくる22時前になっても、今日は万理から連絡がない。
来ないならもう寝たいんだけど。の意味を込めて、今日来るの?とラビチャを送った数分後、今日は会いに行けないから電話する。というメッセージが送られてきた。
そのメッセージを確認するや否や、突然かかって来た電話での、これまた突然の誘いに、私は戸惑いながら手帳を開く。
生憎、その日は友達と映画を観に行く予定が入っていた。

「ごめん。友達と出かける」
『そっか…念のため、ダメだったら全然いいんだけど、夜も空いてないよね?』
「なにその聞き方…。夜なら大丈夫だよ」

友達と言っても子持ちの主婦だし、夕方には解散の予定だと告げれば、万理は、あぁ…。とだけ呟いた。

「…そっか」
「なんで残念そうなのよ」

何かあったの?と尋ねると、いやー…。と言う声とともに、ふーと息を吐く音が聴こえた。きっとたばこでも吸ってるんだろうなと考えたら、ここに居もしない万理の匂いを、いとも簡単に思い出せるんだから不思議だ。


『おまえに会いたいって言ってる奴がいて』
「えっ、何?あんた音晴さん以外にも嘘ついてたの?」
『いや、そう言うわけじゃないんだけど…』

とにかく来週土曜の夜、空けといてね。そう言った万理は私の返事も聴かずに、もう切るからと続けた。


そして沈黙


電話って、切るタイミングってわからないんだよなぁなんて思いながら、万理が電話を切るのを待つ。

『切らないの?』
「…こっちのセリフなんだけど」

タイミングがわからないなんて嘘で、ちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ、もう少し万理と話してたい、なんて気持ちがあったのが本当。だって初めての電話だしなんて、理由が子どもみたいだなって、心の中で苦笑いを溢す。
まだ切りたくないなんて言ったら、いつもみたいにからかわれるだろうから、口が裂けても言わないけど。



『…もう少し、おまえと話してたいって思ったんだけど』


万理のその言葉に、心臓がドキッと脈を打つ。心の声が漏れたかと思ったなんて馬鹿な事を考えながら、心臓を落ち着かせる。
こういう時、私もだよ。って素直に言えたらいいのに、どうせからかわれてるだけだから、と自分に言い聞かせて、ふーん。と素っ気なく返す。

『でもやっぱり、もう切るわ』
「…うん」
『おやすみ』
「…おやすみ」

その言葉を合図に、どちらからともなく電話を切った。訪れた静寂に少し寂しさを抱きながら用意していた食材を、冷蔵庫へ戻す。
そう言えば、誰かにおやすみ。って言うのなんて久々だな。そんな事を思いながら、手帳に『夜/万理』とだけ書いて、その日は早々に眠りについた。







そして、今、万理と約束をした土曜日夜。
指定された時間に、指定されたお店に行き、店員さんに通された個室には、なぜか…ミキ…じゃなくてええっと…

「Re:valeの千だよ。って、君は僕のことは知ってるか」

そう。万理の元相方のユキもとい、Re:valeの千が居た。にっこりと笑う彼に、はぁ…。と返事を返しながら、私の隣に座っている万理に目を向ける。
なにがどうなってるの…?


「それで、君はー…」
「片瀬 奈々美です」
「奈々美ちゃんね」

そう言いながら正面に座っている私を品定めするように見るユキ。え、いきなり何なの。と目を細め、唇を少し尖らせるとユキは、へぇ…。と呟き、楽しそうに万理を見た。


「意外だ」
「…なにがですか」
「ん?あぁ、今までの子なら…」
「千!」

ユキの言葉を遮り声を上げた万理は、私の顔色を伺うようにちらりと一瞥しては、複雑そうな顔をした。

「そんな話、今しなくて良いだろ」
「なんでさ?」
「なんでも!」

ユキの言葉の続きが気になって、ちょっと何の話?と万理に詰め寄れば、なんでもないよ。と目を逸らされる。そのままじーっと万理を見つめていると、目元を万理の手で覆われた。
それと同時に、ぷっと吹き出す声が聞こえる。万理の手を剥がして声のした方にチラリと目線をうつせば、ユキがぷるぷると震えながら口元に手を当て、笑いを堪えていた。

「…何笑ってんですか」
「はぁ…いや、万がそんなに押されてるのが珍しくて、つい」

ごめんね?と首を傾げるユキに、別に良いですけど。と返せば、タイミングを見計らったようにファーストオーダーのドリンクが届いた。各々頼んだドリンクを片手に、なんとなく乾杯をすれば、そこからユキの怒涛の質問攻めが始まり、私は戸惑いながらも、それっぽく答えていったのだった。





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