3枚の花びら
「ねぇ奈々美!お花見行かない?」
「お花見?」
突然の提案に、奈々美はきょとんとしながら首を傾げた後、ちょっとスケジュール確認するね。と手帳を開いた。
オレは奈々美が外出の誘いを断らなかったことに驚いて思わず、えっ?!と声をあげる。
「いいの?!」
「うん…でも、行くなら夜ね」
「夜で全然いいよ!やばい、嬉しい…!モモちゃん今最高にハッピーかも…!」
勢いよく抱きつけば、大袈裟だよ。と奈々美はくすくす笑うけど、全然大袈裟なんかじゃない。
一緒にお花見したいなって思ってから奈々美を誘うまで、今回はどうやって奈々美を納得させようか…と考えてきたオレにとっては、すんなり誘いに乗ってくれた事が本当に嬉しかった。
「この前、ユキがいいところ教えてくれたんだ!そこ行こ!」
「そうなの?楽しみ!」
「オレも楽しみ〜!!!」
2人でスケジュールを確認しながら、日程を決めようとして、ふ、と奈々美のスケジュール帳に目を落とす。
「そう言えばもうすぐだね、映画の撮影」
「えっ?…うん。未だに緊張してる」
眉を下げながら笑う奈々美の頭を、大丈夫だよ。の意味を込めて撫でる。
今までもいろんな映画に出ているうえに、演技に関しては緊張知らずの奈々美が、なぜこんなにも緊張しているかと言うと、ずっと憧れていた映画監督から直々のオファーで、奈々美の主演映画が決まったからだ。決まったからと言ったけど、実際決まったのは半年くらい前で、その日は2人でお祝いをしたっけ。
「撮影は沖縄なんだっけ?」
「うん。そう。だからそれまでに雑誌の撮影とかは終わらせる感じなんだけ…ど…」
そこまで言ってスケジュール帳に目を落とす奈々美。改めて彼女のスケジュールを見れば、予定はまぁ、ぎっしりなわけで。
「…お花見難しそうだね」
「えっ?!えっと…ほら、この日なら…!モモちゃんも夕方までみたいだし…!」
無意識のうちに肩を落としていたオレを気遣って奈々美が指さしたのは、映画の撮影の前日。つまりしばらく休みがない彼女の、最後の休日だ。ユキに教えてもらったお花見スポットまでは、車で2時間かからないくらいだけれど、夜見に行くならば帰りは必然的に遅くなってしまうだろう。
「ダメ。この日はゆっくり休んだほうがいいよ」
「でもっ…」
「大丈夫!桜は来年も咲くんだし」
ねっ?となぜか今にも泣きそうな奈々美のおでこにキスを落とすと、奈々美は、じゃあさ!!と声を上げて立ち上がった。
「今から行こうよ!」
奈々美に連れられてきたのは、奈々美の家の近くの、そこそこ大きな公園だった。時間も時間なだけあって、公園には誰も居ないようだ。
奈々美の家と自分の家を行き来するようになって3年が経ったけれど、こんな公園があるなんて知らなかった。そんな事を思いながら公園を見渡していると、奈々美にちょんちょん、と袖を引かれる。
「あっちに桜があるんだよ」
公園の奥の方を指差しながら、オレの手を引く奈々美に着いて行けば、数本の桜の木が見えてきた。その桜たちは既に満開の状態で、月明かりに照らされていた。
「わー!いっぱい咲いてる…!」
オレから手を離し桜の木に駆け寄った奈々美が、ほら!と言いながら木の下でオレを振り返る。それと同時に風が吹いて、桜の花びらが宙を舞う。
あぁ、綺麗だな。
はらはらと落ちる桜の花びらと奈々美をぼーっと見ながらそんなことを考えていたら、パチン!と、手の叩くような音が聞こえた。
不思議に思って奈々美に近付けば、彼女は自身の手のひらを見つめていた。
「あぁ〜…1枚しか取れなかった」
ほら。とオレに手のひらの中の何かを差し出す奈々美。そこには1枚の桜の花びらがあった。
「3枚キャッチすれば、願いが叶うんだっけ?」
「そう。恋のお願いが叶うの」
「恋だけ?」
「んーわからないけど…でも、恋のお願いが叶うのは本当だったよ」
照れながら笑う奈々美に、もう10年近くも前のある春の日の事を思い出した。その時も彼女は大きな桜の木の下で、花びらを追いかけていたっけ。
「…もし今また恋のお願いが叶うなら、奈々美はどんなお願いしたい?」
「えっ?んー…」
奈々美が悩んでいる間に、再び風が吹いて花びらが空から降ってくる。反射的に花びらをキャッチしに行く奈々美はなんだか犬みたいで、思わず笑ってしまった。
「ダメだ。また1枚」
先程と同じように、手のひらの中の花びらをオレに見せてくる奈々美。結構難しいんだよねぇ。と笑っている彼女に、オレは再び質問をした。
「どんなお願いするか決まった?」
「考えたんだけどね、モモちゃんとずっと一緒に居たいです。しか思いつかなかった」
でも、これは恋のお願いじゃないね。なんてくすくす笑う奈々美の後ろに、他の花びらよりだいぶ遅れて落ちてきた花びらを見つけ、オレは片手を伸ばし、それキャッチした。
そしてそれを、奈々美の手のひらにそっと落とす。
「ほら、3枚目。これでそのお願いは絶対叶うよ。100%ね!」
「…これってズルじゃない?」
「ズルじゃないよ」
「恋のお願いじゃなくても大丈夫?」
「神様はそんな細かい事気にしないって!」
「ふふっ、そうだね」
3枚の桜の花びらを大切そうに、それでいて優しく胸の前で握る奈々美に、それにさ。と、言いながらそっと近付く。
「奈々美そのお願いを叶えるのは、神様じゃなくてモモちゃんだから!モモちゃんがOKって言えばOKなんだよ!」
ね!と言いながらウィンクをすれば、奈々美は頬を染めながら嬉しそうにくすくす小さく声をあげて、ありがとう。と呟いた。
それから暫く桜の木の下に座りながら、いろいろ話していたら、あっという間に時間が経っていた。
そろそろ帰ろうか。と奈々美の手を取ろうするが、握ろうとした小さな手はそれを避けて、オレの頭にそっと伸びてくる。
「…ねぇモモちゃん。髪に花びらついてるよ」
「えっ?髪?そんなはずは…。あぁ…。じゃあさ、奈々美が取ってくれる?」
頬を染めながら上目遣いでオレを見つめる奈々美が、今何をしたいかなんて、オレには当然お見通しで、あぁ本当にかわいいな。と心の中で呟きながら、少し屈んで目を瞑る。
首に回された腕に、ここが木で隠れる場所でよかったと、心から思った。
三度目に吹いた優しい風は、桜の花びらと一緒に、オレの頭から目深に被っていたフードを上げた。
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