そんな事できっこない




「あ、あのさぁ、ななみん…」

俯いてる私の両手をぎゅっと握りながら、顔を覗き込んでくる環くん。涙はとっくに止まっているけど、情けない顔を見られたくなくて、私はそっと顔を逸らす。
そんな私の反応に、環くんが戸惑っているのが手に取るようにわかった。


「ななみん、ごめん。俺、あんな大きい声出すつもりなかったんだ…。ごめんなさい」


ねぇ、こっち向いて。
不安そうな環くんの声に、思わずいつものように、大丈夫だよ。と言いそうになって、慌てて唇を噛む。
違う、違うんだよ環くん。私は環くんに大きい声を出されたって平気なの。でも耐えられなかった事が1つあるの。


「…好きなんて、絶対ないのに」
「えっ?」

私の呟きに反応した環くんが、さっき以上に戸惑ったのが空気で分かった。ゆっくりと顔をあげれば、環くんは眉を下げながら私を見つめていた。

「どういう事…?」
「ううん。なんでもないから大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ!」

環くんから出た大きな声と、強く握られた両手に、再び私は俯く。あっ…ごめん。そう言って環くんは、握っていた私の両手をそっと離した。

「…ななみん。俺、ちゃんと言ってくれなきゃわかんないから、ななみんが思ってる事教えて…?」
「……山田くんとのこと」
「うん…」
「付き合ってないし、好きでもない。本当になんでもないの。それに、私が誰かの事を好きになるなんて、この先もないから…」
「えっ…?」

環くんを怒らせてしまった事に対してのショックは勿論あった。でもそれ以上に、私と山田くんが"そういう関係"と思われてしまった事が、ただただショックだった。
そしてそれと同時に開きかけた、心の奥深くに閉まってある箱の蓋。そしてその隙間から漏れてきた言葉。大嫌いな人の声で再生されたその言葉を消すために、深呼吸をする。


「山田くんとは、昨日夜たまたま居酒屋の外で会って…」

まるで言い訳をするように、昨日の出来事を環くんに説明する。静かに話を聞いてくれてた環くんは、話が終わると同時に、そっか…。と呟きながら俯いた。

「…なんで環くんが怒ったのか、私には全然わからないけど。怒らせちゃってごめんね」
「うん。俺も、本当にごめんなさい。許してくれる…?」

眉を下げながらゆっくりと顔をあげた環くんに、勿論だよ。と笑顔を向ければ、よかった。と、いつもの笑顔に戻った。
そんなほっとした環くんの表情は、それとね、環くん。という呼びかけに続いた私の言葉によって、再び戸惑いの色で染まった。


「もう、無理に私に構わなくていいから」
「えっ…?」
「昔のことも、忘れよう」


そうじゃないと、私は環くんから離れられないから





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ななみんの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。無理に構わなくていい?昔のことは忘れよう?
ぐるぐると頭の中で回るその言葉は、俺には理解ができなかった。


「どういう事…?」
「そのままの意味だよ。今日から私達はただのお仕事仲間。それ以上でも以下でもない」

それだけ。笑顔でそう言うななみんだけど、全然意味がわからない。そんな俺を置いてけぼりにして、それじゃあね。と、屋上を出て行こうとするななみんの腕を、待って!と慌てて掴む。ゆっくりと振り返ったななみんは、どうしたの?とでも言いたげな顔で、首を傾げている。


「俺、全然わかんない」
「え?他のスタッフさんと同じように接してくれればいいだけだよ」
「ちがう、そうじゃない!なんで急にそんな事言うんだよ!?俺が怒鳴ったから、俺の事嫌いになった?もう一緒に居たくない?」

わけわかんねぇよ。俺の呟きに、ななみんがため息を吐いた。

「それは関係ないよ」
「じゃあなんで!」
「…環くんはもう、私がいなくても大丈夫でしょう?」
「はっ…?」

ななみんの言葉は相変わらず理解不能。なんでそう言うことになんの?誰がそんな事言ったの?聞きたい事は沢山あるのに、ショックで全然言葉が出てこない。


「ごめんね、この前聞いちゃったの」
「…何を?」
「私の事、お姉ちゃんなんて思ってないって」
「それは…!」
「私は環くんと再会できたら、昔みたいに…姉弟みたいに仲良くしたいなって思ってたの。ううん、それだけじゃない。環くんには、まだ私が必要だろうから、私が一緒に居てあげなきゃ!なんて、勝手に思ってたの」

恥ずかしいよね。なんて眉を下げながら話すななみんの声が、遠くに聞こえる。目の前に居るのに、なんでこんな遠く感じるんだろう。
何も言葉を発しない俺を見て、ななみんは話を続けた。


「でも環くんは、元々私の事お姉ちゃんなんて思ってなかったし、もう必要なかったんだよね」
「なん、だよ…それ…」
「それで私気付いちゃったの。昔みたいに接してくる私に、気を使ってくれてたんだな。って」
「ち、がう…」

今こそ大きな声を出すべきなのに、声がうまく出てこない。必死に首を横に振るけど、ななみんはもう俺を見てくれてないから、きっと伝わってない。ねぇ、こっち見てよ。違う、俺、そんな事思ってないよ。


「環くんはちゃんと成長してたのに。私、いつまでも子どもでごめんね」
「そんな…!」
「私の姉弟ごっこに、付き合ってくれてありがとう」


俺を見ながらにっこり笑ったななみんの顔は今にも泣きそうで、俺は思わず掴んでいた腕を引き寄せて、ななみんに抱きついた。


「ふふっ…こういうのも、今日で終わりね」
「やだ!」
「子どものふりしなくていいんだよ」
「そんな事してない!!」
「…環くんは優しいね」


そう言って俺の頭を撫でるななみんの温もりに、涙が出そうになった。
ねぇ、ちがうんだよ、なんでわかってくれないの。
抱きしめる腕に力を入れて、伝われ!って願っても、伝わらない。そうだよ、どんなに心の中で叫んだって、ななみんには届かないんだ。
俺がななみんの言葉の意味を理解できないみたいに、ななみんは俺の心の中なんてわからないんだ。



言葉にしなきゃ、いけないんだ。



きっと、いおりんに怒られるだろうな。
ヤマさんはからかってくるだろうし、そーちゃんは…すごくびっくりするかな。





「…き、なんだ…」
「えっ…?」



みっきーにちょっとずつ頑張れって、言われたばっかなのに








「俺、ななみんの事が好きなんだっ…!」






俺、守れなかったな。



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