ズレた歯車




『俺、ななみんの事が好きなんだっ…!』


あの日、環くんに言われた言葉が、ずっと頭から消えないでいた。

 




TRIGGERの現場に入って早3日。
延期した分を取り戻すかのように気合の入った現場で、私も気を引き締めなければならないのにも関わらず、1人になるとあの日のことを考えてしまっている自分に嫌気がさした。

あの日、環くんからの突然の告白に戸惑っている私の携帯に、オサムさんから着信が入った。もう準備をしないといけない時間だから戻ってこい。という連絡で、私は碌な返事もしないまま、何が言いたげな環くんを諭して、急ぎ足でスタジオに戻った。
それから何事も無かったかのように準備を終えて、撮影を見守っていた私だったけれど、きちんと話さないと。と、撮影が終わったあと、環くんに声をかけようとしたタイミングで山田くんに呼ばれてしまい、それは叶わなかった。
それから数週間、環くんと一緒の現場は無くて、TRIGGERの現場へ入る前の最後のレギュラー番組収録も、なんやかんやバタバタしてしまい話す機会がなく、収録後の食事会でも私と環くんは対角の1番遠い席。気が付いたらお開きになってしまい、話せず終い。

そしてあの日以降、環くんとは何も話せないまま、予定通り私はTRIGGERの現場に入り、今に至る。




「はぁ…」

1人、メイク道具を片付けながら大きなため息をつく。あれからいくら考えても、私には"好き"がわからなかった。
そもそもなぜ人は人を好きになるのだろう。
どんなに愛を囁いて、好きだなんだと言ったってその先には必ず別れがある。私は身近でそれを何十回も見てきた。それ故に恋愛感情からくる好きという言葉に対しては正直、不信感と嫌悪感しか抱いていないのだ。
だって私が"本当の好き"から生まれた人間だったならば、私には両親がいて、家族がいたはずなのだから…。
昔の事を思い出して憂鬱になった気持ちを吐き出すように、再び大きなため息をつく。


「好きって、よくわからないなぁ…」
「何か悩み事?」
「へっ?!」

独り言のつもりで呟いた疑問に、まさか返事が来るとは思わなくて、大袈裟に肩を跳ねさせる。勢いよく振り返ると、そこにはなぜか頭にタオルを被った十さんが立っていた。


「十さん…!」
「驚かせちゃった?ごめんね」

眉を下げながらそう言う十さんに、こちらこそすみません。と頭を下げれば、彼は優しく笑ってくれた。

「あの、どうしたんですか?びしょ濡れですけど…」
「いや、実はこの後雨のシーンで使う予定だったシャワーホースが劣化してて、テストの時点で大惨事になっちゃって…」

俺だけこのザマ。と再び眉を下げた十さんを、とりあえず座ってください!と、諭してドライヤーを用意する。風量をMAXにして十さんの髪を乾かしていると、視線を感じて顔を上げた。鏡越しに目が合った十さんは、何か言いたげな表情をしていて、私は思わずドライヤーを止めた。

「熱かったですか?」
「えっ?」
「何か言いたそうだなぁって…。勘違いだったらすみません」

もうちょっと乾かしたいんですけど、大丈夫そうですか?と尋ねれば、十さんは少し慌てて、大丈夫だよ!と笑顔を向けてくれた。






「折角セットしてくれたのに、本当にごめんね」
「いえ、全然大丈夫ですよ!十さんが悪い訳じゃないので、謝らないでください。…それにしても、災難でしたね。他のお2人は大丈夫だったんですか?」

髪を乾かし終え、ヘアセットを直しながら雑談を始めた私達。なんでも、水がかかったのは十さんだけだったけれど、スタジオ中水浸しで、2人は今楽屋で待機しているらしい。

「楽が持ってた資料も濡れちゃったんだけどね、俺はもう覚えてるから大丈夫だぜ!って」
「さすが八乙女さんですね。はい、セット終わりです!」
「ありがとう!」

鏡でチェックする十さんを横目に、道具を片付けながら、ドヤ顔の八乙女さんを想像してくすくすと笑っていたら、ふと十さんに名前を呼ばれた。


「はい。気になるところありました?」

振り向いたそこには真剣な表情の十さんがいて、私は首を傾げる。すると十さんは、いや…あの…と、赤く染まった頬を指で掻いた。


「もしも、悩みとか相談ががあるなら聞くからね」
「えっ?」
「あ、いや…。ほら、俺が来る前にひとりごとで、何か言ってたから」


そう言えばそうだった…。聞こえていなかったのか、内容について触れられなかったことに胸を撫で下ろしながら、ありがとうございます。と返せば、困った時はなんでも相談して!と、笑顔で頭を撫でられた。
十さんって本当に優しいな。お兄ちゃんが居たらこんな感じだったのかな。そんな事を頭の片隅で考えていたら、ガチャっとドアが開く音が部屋に響く。



「龍、そろそろ撮影再開…」


ドアを開けたのは八乙女さんで、私と目が合った瞬間に、にやりと笑った。
私の頭に手を乗せたままだった十さんは、その手をバッ!と離して、物凄いスピードで八乙女さんに詰め寄る。

「楽、違うんだ…!!」
「いや、いいんだ龍。邪魔して悪かったな」
「ちょっと待って、誤解だよ…!」
「安心しろ。誰にも言わねぇよ」

そう言う八乙女さんにぽんっと肩を叩かれた十さんは、大きなため息を吐きながら頭を抱えていた。そんな十さんの様子に首を傾げていると、八乙女さんがグッと親指を立ててきたので、私はわけもわからないままそれに返したのだった。







「では、お先に失礼します」
「片瀬ちゃんお疲れ!また明日もよろしく!」
「はい!よろしくお願いします」

1日の撮影が終わり、まだ片付けをしているスタッフさんに声をかけて足早にスタジオを後にした。
寄り道せずに帰宅したにも関わらず、自宅に着いたのは午後11時過ぎ。日付が変わってないだけマシか。と思いながらも、正直忙しいのは今の私にとってはありがたい。1人以外の時は、環くんのことを忘れられるから。
今日はもう、何も考えないぞ!なんて言ってるそばから、環くんのことを思い出している自分に、心の中で苦笑いしながら、郵便受けから郵便物を取り出す。
すると、出前のチラシや電気代の請求書とともに、白い封筒が1枚入っている事に気が付いた。

「誰からだろう?」

宛先も差出人も無く、封もされていないその封筒を不思議に思いながらも、今日は疲れたし見るのは明日でいいや。と、その封筒を鞄にしまって、私は自分の部屋へと足を進めたのだった。



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