意外でおもしろい




万に彼女ができたらしい。


音楽番組の出番待ちで環くん経由で発覚したその事実は、とてもじゃないが信じられなかった。
僕は万の彼女の事を忘れたフリをしながら、王様プリンを餌に環くんにいろいろと聞いてみることにした。
なんでも、万の彼女は綺麗系の女の子で、クールに見えるけど喋ると意外と気さく。2年くらい付き合っていて、昔からの腐れ縁なんだとか。(あと胸が大きいらしい)
今まで女の子と真面目に付き合って来なかったあの万が、僕に隠して2年も付き合ってるなんてにわかに信じ難かったけれど、先日彼らの事務所に来たのだと言うから驚きだ。

「事務所には何しに来たの?」
「バンちゃん、ななみんの家に仕事用のスマホ忘れてったみたいで、それ届けに来てくれた」

へぇ。と相槌を打ちながら、仕事用のスマホを忘れるくらい気を許してるのか、それとも過去に居た、万の気を引きたいがために持ち物を盗んでいたやばめの女の類か、どちらだろう。と思案した。
そもそも、過去碌な女と付き合ったことのない万は、もう付き合うなんて面倒な事はしない。と言っていたはずだ。つまり今回の子も、そういう"オトモダチ"なんじゃないだろうか。

なんて、まぁ、いくら考えたところで結果は出ず、僕は仕事が終わって早々、万に連絡をした。




−彼女できたんだって?

それに対しての返事は、別にどうだっていいだろ。だった。その文面からは詮索するなという万からのメッセージも込められてるような気がしなくもなかったけれど、そう言われてるわけではないし、とりあえず質問しまくった。でも万がまともに答えてくれるわけがなかった。
仕方なく、じゃあ環くんに聞くね。と送れば、その日一早く返信が来た。

−それだけはやめてくれ

もういろいろ聞いちゃったんだけどね。なんて心の中で思いながら、じゃあ詳しく聞かせて。と、強制的に食事の約束をこぎつけたのだった。

そしてその食事中。後から合流予定のモモが来る前に。と、早々に彼女の話を切り出した。鬱陶しそうに話を流す万だったけれど、噂をすればなんとやら。彼女の話題を振ったタイミングで、万の元へラビチャが届く。
その差出人は"奈々美"で、ちらっと見えたメッセージには"今日来るの?"とだけ書かれていた。
メッセージを見た時の万の反応や、金曜の夜に会ってるところからして、僕の中では"オトモダチ"説が濃厚になったけれど、なんやかんや僕のお願い通り電話しに行ったり、3人で食事に行く話をちゃんと進めてきたところを見ると、もしかしたら本当に付き合ってるのかも。
でも、あの万が?本当に?まぁ、あとは会えばわかるか。と、その日はそれ以上詮索はしなかった。






そんなこんなで迎えた万の彼女(仮)の奈々美ちゃんとの食事。僕たちの少し後に来た彼女を見て思わず、なるほどね。と心の中で呟いた。
第一印象は、万は相変わらずこういう女の子が好きなんだ。だった。見た目的な意味で。
ただ、今までの女の子と違ったのは、僕を見ても一切騒がなかったこと。それが珍しくて、軽く自己紹介をしながら目の前に座っている彼女を、値踏みするかのように見つつ、目が合ったタイミングで微笑む。

今までの子達は大体僕が微笑めば顔を赤くして、万が居なくなった隙を見て僕にも声をかけてきたっけ。
結果として万よりも仲良くなった"オトモダチ"も数人いたけど、万はいつも、別にどうでもいいよ。と、本当にどうでもよさそうに言っていた。
恐らく、僕に会わせていた子達はみんな、自分が相手にするのが面倒だから僕になすりつけるために会わせていたのだろう。まぁ、僕も同じ事をしていたから、それについてはなんとも思わないけど。
じゃあやっぱりこの子もそうなのか。
そんな事を思い出しながら彼女を見続けるが、一向に赤くならない奈々美ちゃんの顔。しかも挙げ句の果てには、なによ。と言いたげに目を細めて口を尖らせるのだから驚いた。


「へぇ…意外だ」


本当に意外。僕の呟きに不機嫌丸出しで、何がですか?って聞いてくる奈々美ちゃんも、今まで万に会わせてもらった子達の事を話そうとする僕を慌てて止める万も。何もかもが意外だった。
1人ぼーっとそんな事を考えていたら、僕が言おうとした事が気になったのだろう。奈々美ちゃんは万に詰め寄り、至近距離でじっと見つめ始めた。それに耐えきれず、彼女の目を手で覆った万の顔が少し赤くなっていた事を、僕は見逃さなかった。
そんな万がおかしくてしょうがなくて、僕はぷっと吹き出し、止まらない笑いに体を震わせる。

あの、万が?見つめられただけで照れるの?
なにそれ、おもしろすぎるんだけど。

そんな僕の様子に、これまた不機嫌丸出しで、何笑ってるんですか。と尋ねる奈々美ちゃんと、僕に余計なこと言うなよ!と目で訴えてくる万。それすらもおもしろい。

「はぁ…いや、万がそんなに押されてるのが珍しくて、つい」

ごめんね?と首を傾げる僕に奈々美ちゃんが、別に良いですけど。と呟いたタイミングで、ファーストオーダーのドリンクが届いた。
彼女が頼んだのは生ビールで、これもまた意外だった。今までの子達はみんな、甘めのカクテルを飲むような子だったからだ。
あぁ、なるほど。中身は今までと違う感じか。そんな事を考えながら、とりあえず3人で乾杯をして、僕はいろいろ聞くことにした。



「万とは腐れ縁なんだって?」
「えっ?あぁ…そうですね。高校卒業まではずっと一緒でしたけど」
「へぇ…僕たちのライブは?来てくれたことある?」
「何回か。でも、やばめの女が多かったので、行くのやめました」

淡々とそう言う奈々美ちゃんに、僕は再び、ぷっ!と吹き出してしまった。やばめの女が多かったから来なくなったって、正直者だなぁ。
そんな彼女に、おまえさぁ…。と呆れ顔の万と、本当のことだし。と大して気にしてなさそうな奈々美ちゃん。そのやり取りすらも、僕にはおもしろくて、最高の肴だ。

「奈々美ちゃん、面白いね」
「そうですか?なんの芸も持ってませんけど」
「芸…ぷっ…!」
「ユキ…さんは笑いのツボが浅いですね」

取ってつけたように、さん付で呼ぶ奈々美ちゃんに、呼び捨てでいいよ。あとタメ口も。と言えば。じゃあ遠慮なく。と返された。
その後もいろいろと質問をしたけれど、当たり障りのない返答を淡々と返す奈々美ちゃん。(ところどころ素直すぎて笑ってしまったけれど)
唯一あげるとすれば、万が席を外したタイミングで聞いた、万のどんなところが好き?に対して、クズだけどなんやかんや優しいところですかね。なんて言いながら、少し弧を描いた口元が印象的だった。
話しているうちにどんどん柔らかくなっていく表情を見て、悪くはないな。なんて思ったのは、きっと万にはバレバレなんだろう。




食事も終えてだいぶ時間が経った頃、お手洗い行ってきまーす。と少しふらつきながら個室を出て行った奈々美ちゃん。
その背中を心配そうに見送りながら、お会計のために店員さんを呼んだ万に、僕は話をかける。

「いいね、彼女。気に入ったよ」
「…そう」

万の機嫌があまり良くない事は、随分前から気付いていた。どうせ僕と奈々美ちゃんが楽しそうに話してるのを見て、嫉妬でもしてるんだろう。とは言え、長年一緒にいるけど万が嫉妬しているところなんて初めて見たから、正直驚いた。
それと同時に僕はある事に気が付いて、思わず笑ってしまう。

「一応聞くけど、本当に付き合ってるんだよね?」
「え?」
「2年も付き合ってるの割には、万余裕なさすぎるからね。ちょっと気になって」
「…こんな事でおまえに嘘つく理由なんて無いだろ」

そう言って目を伏せながらため息をつく万に、へぇ。と返せば、万の眉間にシワが寄った。

「なんだよ」
「いや、別に、まぁ、どのみち万が本気じゃないなら、僕も仲良くしたいなと思ってたんだけど」

勿論オトモダチとしてね。なんて、わざとらしくにっこりと笑えば、万は、はぁ…。とため息をつきながらタバコを咥え、火をつける。
2人きりの部屋が、静寂に包まれた。

万は、心を落ち着ける時にタバコを吸う。それは昔から変わらなくて、今日は特に本数が多い。1、2、3…と、灰皿の中の吸殻を目で数えていると、ノックとともに店員さんが伝票を片手にやってきた。
お金を出そうとする万の横から、僕は用意していたカードを店員さんに渡す。再び訪れた静寂の中で、僕は万の返事を待った。
今までなら、そんな事わざわざ聞くなよ。なんて言ってた万の口から出たのは、まぁ、今日の様子を見ていれば意外でもなんでもない言葉だった。

「それはダメ」
「へぇ。ちゃんと本気なんだ?」
「…はぁ。そうだよ。いいだろ、別に」

意外とあっさり認めた万に驚いていると、万が、あのさ…。と、何かを話そうとしたが、タイミング良く奈々美ちゃんが戻ってきて、続きは聞けず仕舞いだった。
眠そうにしている彼女を見て、万は火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付ける。そして彼女の荷物を持ち、帰るよ。と声をかけた。


「もう帰るの…?まだ飲みたいんだけど」
「おまえ今日飲み過ぎ。ほら、上着着て」
「えぇ…ユキもまだ飲みたいよね?」
「そうね。…あ、いや、僕ももう帰らないと。明日早いから」

万からの圧を感じて、また今度ね。と微笑めば、奈々美ちゃんは、ちぇー。っと言いながらも大人しく万から上着を受け取った。彼女が上着を着終わると同時にその手を握って、じゃあまた。と挨拶もそこそこに、足早に部屋を後にする万。そして、万に引かれるように後を追う奈々美ちゃんは、途中振り返って小さく手を振ってくれた。そんな彼女に、無事に帰れるといいね。という意味を込めて、僕は手を振り返した。


間も無くして店員さんが持って来た伝票にサインをして、控えと一緒に手渡されたレシートになんとなく目を落とし、へぇ…。と呟きながら思い出した。

今日、万が一度もお酒を頼んでいない事と、部屋を出る際、彼女の手を掴んでいた方とは反対の手に、車の鍵が握られていた事を。


「万って、本当に好きな子には過保護になるんだ」


静かな部屋に響いた自分の声に、口角をあげた。本当に、何もかもが意外で、おもしろい。



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