不安の行方
「告白…?!環くんが?!」
「…うん」
「片瀬さんに?!」
「…他に誰にすんだよ」
MEZZO"での仕事が終わり、先に車で待ってるね。と言って楽屋を出て行った万理さんを見送ったあと、そーちゃんあのな。と、環くんから切り出された話は、声を上げて驚かずにはいられなかった。
つーか、そーちゃん声でけぇよ。と眉をひそめる環くんに慌てて謝るけれど、正直それどころではない。
彼はつい数ヶ月前に、片瀬さんへの想いを自覚したばかりのはずなのに、告白だなんて…。
「そ、それで、返事は…?」
「…まだ、聞けてない。告白も、勢いでしちゃったようなもんだし」
ぽつりと呟いた環くんの少し落ちた肩を見ながら、僕は大和さんの言葉を思い出していた。
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「タマの事、ちょっと気にしてやって」
「え?」
「片瀬ちゃんと、なんかあったみたいだからさ…」
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そう言って大和さんは、先日2人で行った撮影で起きた事を話してくれた。その話を聞いたときは、何があったのだろうか?とただ疑問に思うだけだったけれど、今の環くんの話を聞いてわかった。
今思うと、この前行われた僕たちのレギュラー番組の収録でも、その後の食事会でも、環くんと片瀬さんが話しているところを見ていない。いつもの環くんなら、片瀬さんの隣をキープしているはずなのに…。そして更に思い返してみると例の撮影以来、環くんはいつも以上に、ぼーっとしていることが多い気がする。
とは言え、仕事はしっかりとこなしているし、大丈夫だと思っていたのだけれど…。
はぁ…。とため息をつきながら荷物をまとめている環くんの様子を見る限り、あまり大丈夫ではなさそうだ。
「ななみんに言われたんだ。昔のこと、忘れようって」
「えっ?」
楽屋を出て駐車場へ向かうエレベーターの中で、環くんは再び話を始めた。
「ななみんの中では、俺は施設いた時のまんまで、弟だから面倒見てやんなきゃいけないって思ってたんだって。でも、もう環くんには私は必要ないでしょってさ。必要ないなんてそんな事、俺一言も言ってねぇのに」
片瀬さんが環くんにそんな事を…?にわかには信じがたい話だったけれど、寂しそうな環くんの表情が、それは真実なのだと物語っていた。
「俺、ななみんに子ども扱いされたくなくて、頼られたくて、そんでもっとちゃんとしよう!って思ってたのにさ。これじゃ逆効果じゃんな」
「環くん…」
ウケる。なんて全然楽しくもないし笑えないのに、無理に笑顔を作る環くんが痛々しくて見ていられなかった。
思っていた以上に拗れている2人に、僕は心の中でため息をつく。
環くんが片瀬さんにとても懐いていて、大好きなのは一目瞭然だった。それは純粋な好意であり、愛情だと思う。けれど、片瀬さんはどうだろう。今の話からでは全貌は見えないけれど、恐らく彼女は……。僕の考えを遮るように環くんが、俺さぁ。と口を開いた。
「ちゃんと話したいんだ。でも、最近ななみん俺らの現場来ねえじゃん」
俺のこと避けてんのかな。眉を下げながらそう言う環くんの言葉に思わず、えっ?と声を漏らす。
「環くん、もしかして聞いてなかったの?」
「なにを?」
「片瀬さん、しばらく他の現場に行くから、僕たちの現場には来られないんだって」
「他の現場…?それって、誰んとこ?」
「TRIGGERだよ」
僕の言葉に、環くんの瞳が不安げに揺れた気がした。
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「十さん、お疲れ様です。メイクとセット、少し直しますね」
「奈々美ちゃん、お疲れ様。うん、お願いします」
MVの撮影の休憩中、奈々美ちゃんに声をかけられパイプ椅子の上で姿勢を正す。失礼します。という声と共に近付いてくるメイクブラシを目で追いながら、そっと目を閉じる。
今日はついにMV撮影最終日。
いつもは長くても2日で終わるMVの撮影だけれど、今回は同じ曲でも数パターン作成した上に、とてもこだわりを待っている監督の元の撮影ということもあり、予備日として抑えていた日もフルで使っての撮影になった。
このMV撮影が終わったら、明日は久々のオフ、明後日からは雑誌の撮影や音楽番組の収録をしながら、ライブのリハ。おまけに、ドキュメンタリー用のカメラもこの撮影の初日から回っていて、タイミングを見計らってやってくる取材にも答えなければならない。(どうやら今は、楽が取材を受けてるみたいだ)
まだまだ気が抜けないな。と、ため息をつけば、大丈夫ですか?と奈々美ちゃんの声が降ってくる。
「撮影、大変ですよね」
「大変だけど、楽しいよ。今日で終わりなのが残念なくらい」
「それは良かったです」
そう言いながらくすくすと笑う奈々美ちゃんの笑い声に、ふと、先日のメイク室での出来事を思い出した。あの日は俺だけ水を浴びて散々だったなとか、結局楽の誤解は解けないままだったなとか、そんな記憶と共に、彼女が呟いていた言葉が頭の中に浮かんでくる。
『好きって、よくわかんないな…』
1人メイク室でそう呟いた奈々美ちゃんの表情は、なんだか寂しそうで、思い出すだけで胸が締め付けられる。
ねぇ、あの言葉は、誰を想って呟いたの?
なんて、臆病な俺はただ心の中で彼女に問いかける。こんな事してたって、何も伝わらないというのに。
気付けばあっという間にメイク直しは終わったようで、もう目開けて大丈夫ですよ。と奈々美ちゃんの声がした。
ゆっくりと目を開けば、そこには微笑んでいる彼女の顔。
その笑顔の裏に隠れている彼女の心に触れたくて、俺は無意識のうちに、徐々に離れていく彼女の腕をそっと掴んでいた。
「十さん?どうかしましたか?」
「…えっ、あっ!なんでもないよ、ごめんね」
慌てて掴んでいた手を離せば、首を傾げる奈々美ちゃん。誤魔化すように、えっと、あの…。と、しどろもどろになる自分が情けなくなる。
苦し紛れに放った言葉は、自分でも驚く内容で、よくやったぞ!いやいや、何を言ってるんだお前…。なんて、真逆の言葉が俺の中に一気に押し寄せた。
「奈々美ちゃんあのさ…!」
撮影終わり、行きつけの店の個室の襖を開ければ、そこにはメニューを眺めている奈々美ちゃんの姿。あぁ、夢じゃなかった。なんて馬鹿な事を考えながら、お疲れ様。と声をかければ、弾かれたように顔を上げて、照れ臭そうに笑う彼女。
「お疲れ様です!すみません、先にメニュー見ちゃって…」
「全然大丈夫だよ!お腹減ったよね。ここの料理、どれも美味しくておすすめだから、好きなの頼んでいいよ」
そう、休憩中に俺が苦し紛れに放った言葉は、食事の誘いだった。いや、本当に、なんであのタイミングであんな事を言ったのか、正直今でもわからない。
奈々美ちゃんも少し戸惑っていたし、完全に失敗した。そう思っていたのに、彼女からの返答はまさかのOKで、今度は俺が戸惑う番だった。
いつもは楽とか、他のスタッフさんも一緒だから、2人きりで食事に来るのはこれが初めてだ。
2人きり
それを意識した瞬間、妙に緊張して一気に喉が渇いたのがわかった。
「十さん、MV撮影お疲れ様でした!」
「ありがとう。奈々美ちゃんもお疲れ様」
ファーストオーダーのドリンクが運ばれ、2人でグラスを合わせて乾杯をする。しばらくこの数日間のMV撮影中の出来事をネタに話に花を咲かせていると、俺たちのグラスはあっという間に底が見え始めた。
早々に店員さんを呼んで、2杯目をオーダーしたところで、俺はある事に気が付いた。
「奈々美ちゃん、今日はお酒飲んでるの?」
「明日、久々のオフじゃないですか。だから、たまにはいいかなって…。あっ!でも、十さんにご迷惑おかけしないように、ペース考えて飲むので!」
そう言って、その節は本当にご迷惑を…。と頭を下げた奈々美ちゃん。恐らく彼女の言うその節とは、以前楽に呼ばれて行った大和くんとの飲み会の事だろう。全然気にしてないから、顔上げて。と言えば、いや本当にお恥ずかしい限りです…。と照れながら顔を上げた彼女。その笑顔に、胸が高鳴った。
節操のない自分の心臓に苦笑いを浮かべると同時に、聞くなら今しかないぞ。と、俺はずっと気になっている事を奈々美ちゃんに聞く決心をした。
この質問をする事で、もしかしたら俺たちの距離はうんと広がるかもしれない。でも、もしかしたら近くなるかもしれない。どちらに転ぶかはわからないけれど、俺は後者に賭けてみたい。そう思った。
波打つ心臓を落ち着かせながら、俺はゆっくりと口を開く。
「奈々美ちゃん」
「はい?」
「楽から聞いたんだけど…
人を好きになった事がないって、本当なの?」
俺の言葉に、彼女の目が大きく見開かれた。
さぁ、どっちに転ぶ?
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