こぼれる本音
「4歳の時、私は母親と2人で暮らしてました」
そんな私たちの家には、毎日知らない男の人がお母さんに会うために来ていた。気付いたら会いに来る男の人が変わってて、その度に私は、また知らない人が家にいる!ってびっくりしてたのを今でも覚えている。
なんでこんなに沢山の男の人が来るんだろう。なんて不思議に思っていたけれど、どの人もみんな私の事を可愛がってくれるし、お菓子もおもちゃも、お洋服もくれて、すっごく優しかったから、私は気にするのを辞めた。
たまにすごい大きい声で怒る怖い人とかもいて、そういう人が来た時は、押し入れに作った秘密基地に隠れて過ごした。
ある時、幼稚園でお父さん参観日があった。
そしてその日私は、この世にはお父さんという人が居て、そしてお父さんは男の人だという事を知った。
奈々美ちゃんのお父さんはどんな人?
友達にそう聞かれて、わかんない。って答えたら、お父さんいないなんてかわいそう。って言われたのも覚えてる。
だから私も気になった。
私のお父さんはどんな人なんだろう。
どの人なんだろう。って。
幼いながらに疑問に思った私は、ある日母に尋ねた。
「お母さん、私のお父さんってどの人?」
ぬいぐるみを買ってくれた人?
それとも、スカートを買ってくれた人?
いつもお菓子をたくさんくれる人?
もしかして、あの怖い人…?
そんな私の質問に、母はおかしそうに笑いながらこう答えた。
どの人だろうね、と。
ある夜、私は物音で目が覚めた。
ギシギシとベッドが音を立てて揺れていて、悲鳴のような声と、動物みたいな荒い息遣いが聞こえて、私は怖くて布団を頭まで被って息を殺した。
時折聞こえる、好きという言葉や、愛してるという言葉が、やけに頭に残っていた。
私は、お母さんにそんな言葉をかけてもらった事がなかったからだ。
だからある日、幼稚園の帰り道で何となく聞いてみた。
「お母さん、私のこと好き?愛してる?」
そんな言葉どこで覚えたの?なんて笑いながらお母さんはこう言ってくれた。
「大好きだし、愛してるわよ」
見上げたお母さんは笑顔だったけど、どんなに私が呼んでも、私の方を向いてはくれなかった。
その日の夜、また物音で目が覚めた。
私はまた布団を頭まで被って、やり過ごす。その日は物音が止んだ後話し声が聞こえてきて、私はそれに耳を傾けた。
「今日その子に、お母さん私のこと好き?愛してる?とか聞かれたんだよね」
「へぇ、かわいいじゃん。なんて言ったの?」
「大好きだし、愛してるわよ。って言ってあげたわよ。まぁ、嘘だけど」
「ぶっ!嘘だけどって、ひどい母親だなぁ」
「中絶間に合わなかったから産んだだけで、誰の子かもわかんない子ども愛せないし」
「そんなこと言ってちゃんと育ててんじゃん。偉い偉い」
「偉くないよ。子育てとか無理すぎて精神的に病んで、一回施設入れてるし。いい子に育ったみたいだったから3歳になる時に引き取ってみたけど、金かかるし面倒だからもう要らないんだよね。お母さんごっこ疲れちゃった」
「ははっ。本当、ひどい母親の元に産まれてちゃってかわいそうな子だ」
そんなことよりもう一回しよ。その声を合図に再び物音が聞こえてきた。
その時はお母さんの言ってる事はよくわからなかったけど、一つだけわかったのは、私のこと大好きだし、愛してる。って言ったのは嘘だったって事。
お母さんは私の事は好きじゃないけど、この人の事は本当に好きだし、愛してるらしい。だって、昨日までより好き、愛してるって言う回数が多いもん。
私の方がお母さんと長くいるのに、なんでだろう。
そんな事を考えてたら、なんだか悲しくなって涙が出た。
その日以来、その男の人は家に来なくなった。
あの時の好きと愛してるも嘘だったってことなのかな。でも、あんなにいっぱい言ってたのに。
そんな事を思ってたら、また違う男の人が家来るようになった。お母さんには、その人にも好きっていっぱい言ってたけど、その人もまた来なくなった。その次の人も、そのまた次の人も、お母さんがどんなに好きって言っても、男の人たちは次第に家に来なくなった。
ある日、すごくかっこいい男の人が家に来るようになった。その人が来るようになってから、他の男の人が家に来ることはなくなった。
お母さんも笑顔が増えて、すごく楽しそうだった。
でも、その人が家に来るようになったと同時に、お母さんは私の事が見えなくなっちゃったみたいで、私は幼稚園に1人で行くようになって、ご飯は幼稚園の給食をこっそり持って帰ってきて、押し入れの秘密基地で食べるようになった。
そんな中迎えた私の5歳の誕生日。
久しぶりにお母さんが話しかけてくれた。
「誕生日プレゼントを買いに行こうか」
そう言って、近くのデパートに連れてってもらった。
お母さんは、デパートに行くまでの道で笑顔で私にこう言った。
「お母さん、大好きな人ができたから、その人と幸せになるね」
私は?って聞いても笑うだけで、お母さんはそれから何も言ってくれなかった。どうして何も言ってくれないんだろうって思ってたけど、デパートに着いたらそんな事はどうでもよくなった。
プレゼントを買ってもらえるなんて思ってなかったから、本当に嬉しかったのだ。
でも、その時1人で先に行っちゃったのがいけなかった。
振り返ったらお母さんは居なかった。
迷子の放送を何回もしてもらっても、おやつの時間になっても、結局お母さんは迎えに来なくて、先に帰っちゃったのかも。って思って私は1人でお家に帰った。
お家の鍵は空いてて、やっぱり先に帰ってたんだってちょっと安心したけど、家にもお母さんは見当たらないし、、お家には私のおもちゃしか残ってなかった。
お母さんは、大好きな人とどこかへ消えてしまったのだった。
それから数日後、お巡りさんがお家に来た。
お巡りさんに連れられて家を出た時に、近所のおばさん達がコソコソ話してたのを今でも覚えてる。
「母親に捨てられたんだって?」
「子ども置いて、男と逃げたらしいわよ」
「誰の子かも分からないんでしょ?」
「身寄りがないって事?本当かわいそうねぇ」
おばさん達の声を聞きながら、私はパトカーに乗った。久々に食べたご飯は、すごく美味しかった。
「それで、私は赤ちゃんの時に居た施設にまた引き取られて、中学入学までそこで過ごしたんですけど…って、大丈夫ですか…?」
そこまで話して、ふと十さんに目を向けると、今にも泣き出しそうな顔をしていて、思わず声をかける。
「いや…ごめん、その…。何って言ったらいいか…」
「謝らないでください!今改めて人に話すと、自分でもドラマみたいだな。って他人事みたいに思います」
笑顔でそう言う私に、十さんの表情も和らいだのを感じた。そして私は話を続けた。
「そんな母を見ていたから、私は男女の間に生まれる好きと言う言葉には、不信感と嫌悪感を抱いてました。
それでも、やっぱり人を好きになるという気持ちを知ってみたくて、高校の時、告白してきてくれた男の子と付き合いました。その子とは、入学した時から仲良しだったから、もし別れても前みたいに戻れるだろうって思ってたんです。
ずっと一緒にいたら、私はきっと彼のことを好きになれる。そう思ってたのに、結局私は好きがわからないままで、罪悪感から、彼に別れを切り出しました。
想像と違ったことは、別れて以来彼とは友達に戻れなかったこと。それから、仲の良かった友達がなぜか私から離れて行ってしまったこと。後から知ったんですけど、その子、彼の事が好きだったみたいなんです。
そして私は気が付きました。好きの先には必ず誰かとの別れがあるんだって」
拗らせてるって自分でもわかってるけれど、根付いてしまったその考えは、そう簡単には変えられない。
「その別れが怖くて、私は人を好きになれないんです」
お母さんとも、1番仲が良かったはずの彼とも、友達とも。好きがなければ、ずっと一緒にいられたかも知れないから。
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