取り越し苦労
「えっ!奈々美さんってTRIGGERのヘアメイクもしたことあるんですか?!」
すごいなー!と、片瀬さんにメイクをしてもらう陸くんの声がメイク室に響いた。
談笑する2人とは裏腹に、先ほどの一件から、片瀬さんと距離を取るように!と一織くんに一喝された環くんは、大人しく、しかし羨ましそうに、片瀬さんを見つめている。
それはもう、真っ直ぐに。そのうち、じー。という音が聞こえてきそうなほどだ。
そんな環くんの様子を鏡越しに見て、僕は今とても悩んでいた。
それは、メイクおよびヘアセットをどのタイミングで終わらせるか、だ。
メイク室に入ってから、それなりの時間が経っていて、そろそろ先の3人のメイクが終わりそうな雰囲気だ。
しかし、ここで僕が陸くんと一織くんより先に準備が終わってしまえば、必然的に環くんが僕のいた席に着くことになる。それはつまり環くんの担当がオサムさんになるのだ。すると、せっかく環くんと片瀬さんが唯一ゆっくり話せると言っても過言ではないこの時間が、実りのないものになってしまう。
何か注文をして、もう少し様子を見るべきか……。
そんな事を考えていると、頭上からオサムさんの笑い声が聞こえた。
「壮五くんって、結構顔に出るタイプだね」
「そう、ですか…?」
「うん。アイドルは唸ってる姿も絵になるね〜。いや、まぁしかし。壮五くんの気持ちはわかるよ」
と、環くんへ目を向けるオサムさんは、にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。まっ!メンバー思いなのはいい事だ!と、言いながらオサムさんは僕の背中を叩き、はい!終わり!と声をあげた。
思わず、えっ?と声が漏れる。
僕の考えていることがわかったなら、もう少しメイクの時間を長引かせてくれるとか、そういう事を期待していたのだ。ほら交代!と言う声に慌てて席を立ち、ありがとうございました。とお礼の言葉を述べると、おじさんに任せておきな。とウィンクをされた。
「おーい、四葉くんの番だよ」
「えー…。そーちゃん、終わるの早くねぇ?」
オサムさんに呼ばれた環くんは、不満の声と同時に振り向き、おまけに思いっきり顔を顰めて、全身で抵抗の意を表していた。
おそらく、片瀬さんにメイクをしてもらう気満々だったのだろう。
「ほらほら、早く準備して」
はーい。と返事をし、しぶしぶ席へ着く環くんを横目に、僕は一足早くスタジオへ向かおうと扉へ足を向ける。
力になれなくてごめんね、環くん。と、心の中で謝りながらドアノブに手をかけたと同時に、環くんの嬉しそうな声が耳に届き、思わず足を止めて振り向いた。
「マジで?!」
「マジだよ。ほら、だからもうちょい頑張れ」
「頑張る!オサムん、早くやって!」
「オサムんって…お前、調子にのってると変な顔にするぞ〜?」
やめて!かっこよくして!なんて言い返す環くんを見て、取り越し苦労か。と、安堵の息をついた。ふと、片瀬さんへ目を向けると、戯れている2人を見てとても優しい顔をしていた。
あぁ、早く2人がちゃんと話せる時間が来るといいな。そう思いながら、僕は今度こそドアノブを回し、スタジオへと足を向けるのだった。
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