A01


 今日の空の色は黄色か、とベジットは腕を枕に寝転がっていた。明日の空の色は紫だろうか、黄緑だろうか。法則性のない空の色には、毎度良い気分はしない。ただ一つだけ、土砂降りの雨を降らせるような黒い雲がないだけマシだと思おう。それ以外は何もない、時間の訪れも不安定な場所なのだから。
 ブウ戦後にベジットは今いる不思議な場所にいた。目が覚めた時は既に一人で、広がる地平線の彼方をどの方向も何回でも飛び回ったが、人の一人もいなかった。小さな一輪の花をようやく見つけた時はどんなに安堵しただろうか。でもそれだけで、他に動物も何も無い場所だった。
 中にある記憶が界王神界に似ている場所だと言ったところで、もうどうしようもないと思った。あの世とこの世のどこでもない場所に一人だけぽつんと放り込まれた。一人で修行をしてみても、風の一つも吹きはしない。抉られた大地だけが日々の変わりを示しているようで、そして眠くなる。そのまま起きてまた空の色が青くないことに一人もやもやと悩んでみるものの、それを相談する相手もいなかった。
 考えるのは家族のことだ。何せ、記憶はブウの胎内に入ったところで途切れている。無事ブウを倒せたのかも分からない。みんなどうしているだろうか。チチは、ブルマは、子供達は。
 そのうちある考えに至った。ここが界王神界に似た場所であるのなら、界王神に纏わる何かが原因でここに来ることになったのではないだろうか。ベジットは自分の衣服を摘まむように確認し、ああそういえばと耳たぶをグローブ越しに触った。黄色く輝いているはずのポタラが耳を飾り付けている。何せ水もない雨も降らない場所である。自分を映すものが何も無い。そしてここに界王神と従者が合体した姿を見つけられないということは、界王神界以外の人間が界王神の宝を扱ったその罰を受ける場所なのだと思った。
 仕方ないじゃねえか。あの時はああするしかなかった。だがここで何を嘆いたって事態が変わるはずもない。できることと言えば、今を生きているはずの人間の安否を祈ることと、己を高める修行を続けることだけだ。いつか罰が許されるまで。
 そしてその日は唐突に来た。あの二人が金輪際合体するなんて思ってもみなかったが、どうやらポタラを使ったらしい。ベジットは引き寄せられるように、懐かしい現世に少しの間だけ戻ることになった。
 合体したほんの一瞬、今までに起きた現世の記憶がベジットの頭を襲ってくる。ブウはいないが、新たな敵に苦戦している未来の世界。死に別れることになった人々。神になった二人のサイヤ人は、恐ろしいまでに強くなっている。久しぶりにグローブを握った手に、戦いの熱さを思い出す。他人と戦うことをこんなに欲したあの年月を、怒りと共に放出した。
 そしてまた目が覚めると、黄色い空がぼんやりと目の前に現れた。わかっている。ずっと合体し続けて現世にいられないことくらいは。でもあの熱い戦いも、わき起こる感情も、ここにいては絶対に得られないものなのだ。途端、虚しくなり瞳を閉じた。戦えないサイヤ人に用はないと言ったのは、片方の自分だ。今がそうではないか。戦えないのなら、せめて現世を見る手段が欲しい。幸せに暮らす家族の姿を、片方のあの七年間のように空の上から見る術が欲しい。久しぶりに見た現世の二人の記憶は、家族と共に楽しく暮らしていて、それがどんなに恋しくても、オレはずっとこの場所にいなくてはならないのだから。
 柄にもなく鼻先がつんと痛む。せめて最後に家族に一言、元気でと伝えたかった。
 その時、ほんの少しだけ風がベジットの頬を撫でた。そんなことはあるものか、と思いつつ、ベジットは勢いよく上半身を起き上がらせる。きょろきょろと辺りを見ても、いつも通りの風景が延々と続いているだけだ。だが確かに気を感じる。それは合体する前の気にも似ている。微かに、そのまま死に行くような起伏を持って、先ほど頬を撫でた風のように分かるか分からないか、そんな程度のものだった。

***

 世界は闇に飲まれた。そして消滅した。微かに残る記憶は合体後に訪れた抗いようのない強い力が世界を終わらせてしまったことだけ。闇に、と言うのは語弊があるかもしれない。なにしろ自分が望んだのは人間のいない世界というだけで、動植物に干渉する予定は無かったとブラックは目を閉じたまま己の最後を待っていた。瞼の向こうから柔らかな光を感じるものの、瞼を上げようとは思わない。今さら何に未練があるのだろう。未練もなく、人間の体になって、そしてその弊害がザマスを弱体化させている。それくらい自分にも分かっていた。人間の体というのは、精神までも侵食していくのだろうか。
 強い気の流れを感じたが、ブラックは体を起こそうとはしなかった。自分より強いものだと言うのは分かる。とどめをさしに来たのだろうか。そうであるなら、戦うまでもない。
 そよ風の一つも感じない。そこにようやく強い風が来た。ブラックは瞼も開けずに成り行きに身を委ね、ベジットは倒れたままのブラックを見下ろした。

「やっぱり貴様か」

 一つの暖かさもない声色がブラックに浴びせられる。

「おっかしいな、貴様は界王神界の人間だからここには来ないと踏んでたんだけどよ。オレの思い違いだったのかもなあ。なあ、起きろよ。生きてんだろ?それとも死んだままここに来たのか?」

 ブラックは重そうに瞼を開く。そしてベジットの姿を見ると、すぐに視線を外しため息をついた。

「何だよ、そんなあからさまに嫌がるなよ」
「嫌がってるのはお前のほうだ」
「そりゃあな、未来で貴様に家族を殺されたんだ。嫌がらねえほうが気色悪い」

 ベジットはブラックが立ち上がれるよう手を差しのべたが、ブラックはそれを叩き落とした。

「なんでお前が合体した姿で、オレは解除されている」
「そんなのオレが聞きたいくらいだ。こんな変な場所に放り込まれて、正直参ってるんだからな」

 ベジットの言葉にブラックはふん、と顔を背けた。

「界王神見習いのザマス様は、この場所の事知らないのか?」

 ブラックはその言葉にぎり、と奥歯を噛み締める。ただ戦ったところでベジットに勝てないことも知っている。ブラックには合体していた時の記憶がおぼろ気に頭の中にあった。自分とザマスが合体したって、この男には勝てなかった。

「知っていたって教えるものか」
「あ、そう。知らないって訳ね」

 あからさまな挑発に、ブラックは立ち上がりベジットの胸ぐらを掴む。

「思い上がるなよ、サイヤ人が」
「貴様だってサイヤ人になったじゃねえか」

 飄々と言葉を返すベジットに、ザマスは気を高め髪色を変えた。なぜこんな男と会話をしなければならないんだ。勝てそうにもない相手だというのに、この手で制裁を加えてやりたい。ベジットはブラックの表情からありありとブラックの頭の中の言葉を想像でき、笑いそうになるのをこらえていた。
 だがブラックはその拳を振るおうとはせず、髪色を戻しその場に座り込む。まるで自分の情けなさを示すように、背中を丸めはあ、と息をついていた。

「何も知らない訳じゃない」
「そう」
「ただ、なぜここにオレが放り込まれたのか、納得いかない」
「だから、こんなとこに放り込まれる理由、教えてくれよ」

 ベジットの言葉にブラックは息を詰まらせる。そんな事を言えるはずがないではないか。ここがポタラを界王神界以外の人間が行き着く場所だと言うことなど。ベジットの予想は会っていたが、ベジットはそれをブラックに伝えていないし、ブラックも真相を伝えようとはしなかった。
 なぜオレがここに放り込まれる。肉体は人間であっても、心はザマスのままだと言うのに。界王神見習いとして、界王神界でも名のある神の一人だと言うのに。失格という烙印を押されたようで、それが許せなかった。そしてそれを口に出したくもなかった。揶揄されるのは目に見えて分かっているし、こんな人間が神の葛藤を感じるなんてもっての他だ。
 そのまま何も喋らないブラックに、ベジットは頭をかきながら横に座った。風はもう吹いていなかった。またあの時の止まったような時間が動き出しているのだろうか。

「ここから出る方法はねえのか?」
「あったらもう一人で出ている」
「なんだと、連れてけよな。ずっと一人でいるのだって辛いんだ」
「一人?」

 ブラックはその言葉を聞き、再び辺りの気を探った。

「探ったって誰もいねえよ」
「うるさい」

 ブラックはベジットを嗜める。そして、本当に人間が、動物すらいない澄んだ空気だけが地平線まであるようだった。
 遠くの小さな気までブラックは感じることはできないが、ベジットの言う言葉通りならそれはおかしい。12の宇宙が出来たときから、それこそ気の遠くなる長い年月の中で、本当にポタラを使わない人間がいたのだろうか。かつて魔人ブウが誕生したが、そういった危機は何度もあった。界王神界が干渉することだって。

「ポタラを使った人間は他に知らないか?」
「あー、そういえば老界王神様は魔女と合体したとか言ってたような」
「ならばなぜその魔女がいない」

 口調を強めたブラックはベジットに突っかかるように言葉を放った。

「オレに言われてもわかんねえって。それより何か知ってるんだろ」
「お前は質問に答えればいい」
「なんだそりゃ」

 へいへい、と下唇を突き出し、ベジットは寝転がった。仰いだ空の色は黄色だった。黄色は確か未来の世界の界王神界の色で、やっぱり空の色は青が一番だと強く思う。そこに描かれる白い一筋の雲と、息子たちの笑顔と、それと。

「なあ、いつかここを抜け出せられるなら、オレも連れてけ」
「理由がなければ連れていくことなどできない」
「なんだよ、そういうとこだけ界王神ぽいこと言っちゃえるのか」

 あーやだやだ、と言うベジットに、もうブラックは突っかかる気力も失せ、そのまま二人はそこにいた。
 風がないというのは、なんてつまらないのだろう。風だけじゃない、木々の木漏れ日も、土の臭いも。それはブラックの記憶というより、この体の主だった孫悟空の記憶から来るものなのかもしれない。

「それで」
「なんだよ」
「ここから抜け出したい理由だ」
「ああ、そんなの」

 家族の幸せな姿を一目見たい、ただそれだけ。ブラックはベジットの言葉に、胸に痛みを覚え目を伏せた。

***

- 2 -

*前次#

戻る

ALICE+