優しさに応えたい


どれだけのもどかしい夜を繰り返したろう。時に涙を流し、悔しさに寝台を叩き、言いしれぬ不安に怯えた事もあった。それでも思い通りに動かない体を叱咤し、筆舌に尽くし難い苦味の薬を飲み、多少不安定ながらなんとか現状と向き合ってきたつもりだ。
楽しいとは言い難い日々だった、けれどそれがようやく終わる。とうとう私の体は復調した。
まだ全力全開とまではいかなくとも、寝台と大親友の生活はついに終わったのだ。ようやくここまで、辿り着けた。

「(私、前はどれだけ戦えたんだろう……)」

だからといって、何もかもが終わるわけじゃない。復帰、ひいては戦いに備え、近頃は人気のない庭先で修練として斬魄刀を振るうのが日課となっていた。
少し前までは安定して構え続けるのさえ一苦労で、すぐ息が上がっていたものだが、ある程度の時間なら動き続けられるまでになったのだから随分と回復したのだと実感する。
それに何より不安視していた刀の扱いや鬼道の発動はそれほど苦戦しなかった事が何より気持ちを安心させた。相変わらず記憶にはぽっかりと穴が空いたままだけれど、戦い方に関しては体がしっかり覚えていてくれたらしい。
つられて記憶も戻ってこないものかと淡い希望が胸にくすぶるけれど、そんな気配は微塵もなく。こうして日々突きつけられる現実は実に苦々しい。

「それでも……今は、できることをやるしか」
「なんや、えらい頑張ってるなぁ」
「っ! い、ちまる隊長……!」

嘆息混じりの呟きが聞かれてやしないかと慌てながら振り向くと、そこでは市丸隊長がひらひらと手を振っていた。お疲れ様ですと慌てて頭を下げれば、「そない堅苦しいのいらんいらん」なんて返される。そういうわけにもいかないでしょうに。

「体調どないなん?」
「はい! もうすっかり良いです」
「ん、たしかに顔色ええなぁ」

納刀しつつ、互いに歩み寄りながら言葉をかわす。会話のぎこちなさは随分と緩和されたし、彼に対して必要以上に気構えることもすっかりなくなってきていた。

人前で恥ずかしげもなく泣き喚いたあの日以降も、隊長は私の見舞いをやめることはなかった。体を気遣われ、励まされ、時には軽口をたたき、からかわれたりもしながら私達は同じ時間を過ごしてきたのだ。打ち解けていくのも自然なことかもしれない。不敬だろうかと少し思わなくもないが、純粋に敬愛の表れということにした。
何より隊長自身が、私にそうすることを望んでくれている。かたくなに拒む気にはなれなかった。

「今、キリええ?」
「はい、そろそろ休憩しようと思ってたので」
「じゃあこれ差し入れ」
「わ……ありがとうございます! すみませんいつも……」
「かまへんよ、ボクも一緒に食べようと思ってるだけやし」

差し出された包みを受け取りつつ、また頭を下げる。私に包みを託した指先は、位置の低くなった頭を軽く撫でていった。
隊長は時折、こうして私の頭を撫でる。でも嫌悪感はなくて、むしろ安心するようなほんわかとした嬉しさがあった。触れられても下心を感じないからだろうか。

「隊長も休憩ですか?」
「そやね、イヅルに任してきたから大丈夫」
「それは大丈夫と言っていいんですかね……」

苦笑いを気にした風もなく休憩用のベンチへ腰をおろした隊長に促され、私も横へ腰を落ち着ける。一言断りつつ包みを開ければ、思わず笑みがこぼれた。

「干し柿、本当にお好きなんですね」
「名前は飽きてしもた?」
「そんなことないです、隊長のお手性干し柿美味しいですもん」
「なら遠慮せんと食べてな」
「はい、いただきます」

二人並んで、干し柿を食べて。穏やかな時間に心が綻ぶ。
ずっとこんな風に平穏な日々が続けばいいのに、そんな呑気な事を考えてハッとする。そういえばまだ、隊長に伝えていなかった。

「そういえば私、ようやく復帰の目処がたったんです」

ここ最近の様子を見た結果、卯ノ花隊長より復帰のお許しを得ることができたのだ。まだ正式な辞令を受けたわけではないのだが、時期に復隊のお達しが来るはずと微笑まれたのが今朝になる。

「へぇ、そらめでたいなぁ」
「正式な話はまだなので、どこの隊とかはわからないんですけど」
「前の所属から変わるん?」
「どうでしょう……? 在籍していたのも随分前なのでなんとも……」

卯ノ花隊長は、復帰する隊は色々な面を踏まえて検討した上でになるだろうと言っていた。でも私はそれでかまわないと思っている。どうせ親しい人もいないのだから、どこに行っても同じことだ。

それに隊長格の面々も随分と変わっているらしく、私がかつてついていた隊長はもう現職にいないそうだ。現行の隊長の中には以前の私を知っている人もいるという。だが、たかだか一隊士ごときが所属でもない隊長とそうそう懇意にしていたわけもない。私自身、名前を聞いても誰一人ピンと来ることはなかった。

「どこに入るかちょっと緊張、というか……ちゃんとやっていけるかと不安もあるんですけど」
「なら、ボクのとこに来たらええよ」
「……隊長の所ですか?」
「そう、三番隊においで」
「……ふ、ふふ。本当にそうできたらいいんですけど」

市丸隊長がいるなら、安心だろうな。でも私に何かしらの権限があるわけもなく、選べるはずはない。上に言われるがまま、進むしかないのだ。
そんなことは隊長だって百も承知のはず。それでも尚、励まそうとしてくれているんだから、その優しさだけで十分だと思った。

「いつもいつも、気遣ってくれてありがとうございます。でも……どうしてそんなに私によくしてくれるんですか?」
「ん? そら頑張ってる子は助けたらんとあかんやろ」
「……私と隊長がどういう関係だったか、そろそろ教えて貰えませんか?」
「そやねぇ……まぁ、そのうちやな」
「……隊長そればっかり」
「まぁそうむくれんと。干し柿、もう一個食べ」
「んむっ」

人の口へ干し柿を詰め込みながら、隊長は笑っていた。また、上手くはぐらかされている。
そうわかっているけど、こうして一緒に過ごしていると最早そんなこと些細な事のように思えてきて。結局いつも追求を諦めてしまう日々なのであった。





「ええ、容態も落ち着いていますから。近付けないままの方が今はよろしいかと」
「ふむ……万が一の際は?」
「市丸隊長は優秀な方です。真に必要となれば……名前さんを斬ることさえ躊躇わないでしょう」
「ならば、それで良かろう」

卯ノ花の言葉に頷いた総隊長は、厳かに決定を下す。彼女に関して不安材料がないわけではない。けれど一隊士にいつまでもかまけていられるほど、護廷十三隊は手隙でもなければ暇を持て余してもいなかった。
あとは何が起こったとしても、現場の対処を信じよう。自らが責任を持って面倒をみると進言した、優秀な隊長を。

そうして、名字名前は三番隊へ復帰することが確定となった。


:23.5.5


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