「小夜、知ってるか?」


「なあに、堅ちゃん。」


「星を掴まえられたらどんな願い事も叶うんだってよ。」


「そうなの?!すごい!でも、堅ちゃん。お星様はお空にあるから、掴まえられないよ?」


「空に近い場所に行けば取れるんだよ。そうだな…ああ、ほら、あの山とか木の天辺とか。あとは、流れ星の落ちる場所を予測して掴まえるとかさ。」


「そうなんだ!すごいね!!」



目をきらきらと輝かせて、空を見上げた。そこに満天の星空。「こんなにいっぱいあったら一個くらい掴めてしまいそうだね」って笑ったあの日

堅ちゃんは何でも教えてくれる。わたしの世界を埋め尽くす事情は堅ちゃんが全て教えてくれたことばかり。星を掴まえたら願いが叶うのも、雲の上にお城があるのも、どんな病気でも治すことができる金色の魔法の花があるのも、鬼がどこかに隠れていて悪い子を食べていることも。この世界に溢れているわたしが知らないたくさんのことを堅ちゃんは教えてくれて、わたしはそれを素直に聞いて信じて目を輝かせてた


全部、嘘だったけどね。



「ふわあ。」



懐かしい夢を見た。あの、純粋に何でも信じていた幼い頃のわたしの夢。口からもれる欠伸を手で隠そうともせずに、机に突っ伏していた顔を上げれば、見上げた先にあった顔にぎょっとした



「篠山、お前、何回呼んでも起きねえから死んでんのかと思ったわ。」


「ふ、二口っ!」


「部活行くぞ、部活。」


「あ、うん。」



ホームルーム全部寝ちゃったのか…最近過ごしやすい気温になってきたから、ついつい寝ちゃうんだよなあ


制服のポケットに手を突っ込んで歩き出した二口の背中を急いで追い掛ける。教室のドアを二人で潜った時、二口が急にくるりと振り向いて、わたしの頭を指差して笑った。何のことかわからずにきょとんとするわたし。そんなわたしに向かって二口は一言「ひっでえ頭」とだけ言ってまた歩き出す

二口の一言に慌てて窓を見て、映り込むわたしの姿。そこに映ったのは普段のわたしと何も変わりない姿で。騙された!と気付いた時には大笑いで結構先まで廊下を歩いている二口の背中



「もうっ!二口のばか!!」


「べつに篠山の頭に寝癖が付いてるなんておれは一言も言ってねえけど?」


「ひっでえ頭って言ったもん!」


「それが髪の毛のこととは言ってねえし。」


「屁理屈だ!」



急いで追い掛けて文句をぶつけてみれば、上手い具合に言いくるめられて何も言い返せない。どうしようもなくなったわたしは、まるで幼稚園児みたいに、「いーっ!」と歯を剥き出して威嚇するだけ。そうすると、また「ガキくせぇー」と二口に笑われちゃうんだけど、反撃のカードを持たないわたしは悔しくてついしてしまう


いつも、いつもそうやって…!


わかってはいるのに、つい信じてしまうわたしもわたしだけれど、二口はまるで息をするかのように嘘を吐くから。そうやってわたしは二口の嘘にいくら騙されたかわからない。二口の嘘はまるで夢のような嘘で、幼いわたしはその嘘に目を輝かせながらすごいとか思っていたっけ。何でも知っている二口を尊敬の眼差しで見ていたな。今でも、夢のような嘘を吐く二口。そしてそれを条件反射のように、無条件で信じてしまうわたし。もう、どうしようもないね



「篠山、知ってるか?」


「何?」


「今年はパスタの木が不作で、パスタ農園の従業員が落ち込んでんだってよー。」


「え、パスタの木?」


「そうそう。パスタって木になるんだぜ?え、まさか篠山、お前知らなかったの?」


「そうなの?!わたし今まで小麦粉からできてると思ってた……。」


「はっ、嘘だろ?!今年はそのパスタも不作だからなあ。木に実らないんだったら、仕方ねえよなあ。その上そんな風に小麦からできると勘違いしている奴らもいるし、パスタ農園の人たちが可哀想だわ。」


「そうなんだ…パスタって木になるんだ……ごめん、わたしが無知だった。そうだよね、それは大変だ。」


「だから、今日の合宿初日の夕飯パスタでよろしく。今年食べ納めかもしんねえし。」


「そっか。うん、了解。」



まさかパスタが木になるとは知らなかった。今まで小麦粉からできると思ってたし、知らなかったら恥かいてたところだった。危ない危ない。こればっかりは二口に感謝しなくちゃ


今日の夕飯はパスタかー。やっぱりミートソースかナポリタンかな。あ、ペペロンチーノもいいなあ。


合宿所の、それもバレーボール部の合宿中のご飯は部員たちが交代で作っている。消費量が多すぎていつからかそれが当たり前になっていた。マネージャーのわたしと舞ちゃんは交代とか関係なく、指導係、という立場で毎日台所に立つため、合宿中の献立は全てわたしたちが握っていると言っても過言ではない。まあ、監督とも相談はするんだけど

二口の後ろをついていきながら今日のパスタを考えている間に部室に到着。青根や女川、コガネや作並くんたちがもういて、部活の準備をしている。わたしと二口が部室に入ると、作並くんがぺこりと可愛らしく、羨ましいくらい小さい頭を下げて挨拶をし、こちらに来て今日の夕飯の献立を聞いてくる。今日の担当は作並くんらしい



「今日はね、パスタにしようと思うの。」


「え、パスタ、ですか?」


「うん。作並くん、パスタだったら何がいいかな?ミートソース?ナポリタン?ペペロンチーノ。」


「小夜さんっ!おれはカルボナーラがいいです!!」


「コガネはカルボナーラ派かー。うん、カルボナーラもいいよね!」


「そうなんすよねー!生クリームとチーズたっぷりがいいっすよねー。あ、でも、たらこも捨てがたい!」


「たらこ!あ、でも、たらこを今から部員全員分調達は難しいなあ。」


「そっかぁ。残念っす…。」


「篠山先輩、あの、急にパスタなんてどうしたんですか?パスタは楽だけど、食べた気がしないってみんなから不評だったから作らないって言ってましたよね…?」


「いやぁ、それがさあ、なんか今年はパスタの木が不作で、パスタ農園の人が落ち込んでるらしくて。もしかしたら、流通しなくなって今年は食べ納めになるかもしれないから今日の夕飯はパスタにしようと思ったんだけど。」


「は……?」



さっきまでざわざわとうるさかった部室がしんと静まり返る。そして、次いでドッと笑い出すバレーボール部員の面々。何が起こったのかわからず立ち尽くすわたしに、目に涙を溜ながら笑いを堪えようと必死な作並くんが、途切れ途切れに言葉を紡いだ



「篠山先輩、ぱ、パスタは、木、木には、な、りません、よっ。誰に教えてもらったんですかっ。」


「え、だって、二口が……。」



スッと部室の奥の方を陣取っていた二口を見遣る。お腹を抱えながらひーひーと声を出して笑い、わたしとばちりと目が合い、口パクで一言


ば、ばーか、だ、だと?!


もしかして、また騙された?!なんて作並くんを見れば、大きく何度も首を縦に振られた。気付いた時にはもう手遅れ。だって、部室にはバレーボール部の部員がほとんどいて、その中で、至って真面目に声を大にしてパスタは木になる発言。ああ、もう、なんかいろいろ終わった気がする



「二口、今からお前を殴る!歯を食い縛りやがれ、ちっくしょおおおお!」


「わああ、篠山先輩がご乱心だあああ!」


「二口先輩逃げろおおお!」


「二口ばかり青春して羨ましいな、おい!」



二口に掴み掛かるわたし。盛り上がる部員たちと悲痛な叫びを上げる鎌先先輩、部活が始まる四分前。



夢のようで壮大な嘘を息をするかのように
それに騙されて、また繰り返しのように夢を見るわたし


(騙される方がどうかしてるだろ。)
(騙す方もどうかしてるんだよ。)
(パスタがどうやって木から生えんだよ。常識で考えろよ?)
(いや、それはだって。)
(はい、騙される篠山が悪い。)


くそう。どんなに文句をぶつけてもまた上手く言い包められて反撃終了。きみの嘘はまるで夢のようで、普通なら信じられないような嘘なのに、わたしはばかみたいに信じてしまう。嘘を嘘だと思わせないように、まるで息をするかのようにさらりときみは嘘を吐くから。それに、もうこれは幼い頃からの条件反射のようなもので仕方ないのだ。本当嫌になるよ。嫌になる、それでも、きみの言葉疑わないのは、わたしがきみの嘘に今でもずっと夢を見続けているからなんだ


伊達工はみんな可愛いよね。作並と茂庭を筆頭に。そして鎌先先輩って先が並びすぎて一瞬誤字かなってビビる…昔エイプリルフールネタでこんなの流行ったなあと思い出しながら…



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