Day2
お隣さんのドアの前、呼び鈴を鳴らすか鳴らさまいかでわたしは真剣に悩んでいた。
手には可愛くラッピングされた、パティスリー『プティ・ジェラニアム』のフルーツマドレーヌ。
やっぱり自分の分も買っておけばよかった…けっこう時間経つのにいい匂い。
っていうか、引越しの挨拶にマドレーヌってあり?そもそも引っ越してきてから5日も経って今更挨拶って遅すぎ…?
や、でもそれはお隣さんが留守だったからで、断じてわたしのせいでは…。
「あれ、もしかしておれに用事かい?」
「ひっ、!?」
エレベーターの音も廊下を歩く足音もなしですぐ後ろからかけられた声に息を飲んだ。
やめてよ、心臓に悪い!
という言葉さえびっくりして出てこなかった。
多分集中しすぎて音を遮断していたのはわたしであって、お隣さんの彼はきっと悪くない。
「ごめん、驚かせちまった?」
「死ぬかと思いましたけど、とりあえずこれ」
「え?」
くすりと笑った後、差し出されたマドレーヌに首をかしげた彼に、わたしはぺこりと頭を下げた。
「遅くなりましたけど、改めてこれからよろしくお願いします」
「ああ」
こちらこそ、と笑った顔は子どものようで、わたしは面食らった。
なんだそんな顔もするんだ。ただのすかしたヤローだと思ってた。
――グキュルウ…
なぜこんなときに、しかもお世辞にもかわいいとは言えない音で、と赤面するわたしの前で、サンジさんはさっきよりいい顔で笑ったのだった。