Day4


仕事が終わってマンションへ帰り、ポストを開けるとチラシやDMが数枚入っていた。
それを軽く仕分け、いらないものは設置してあるゴミ箱へガサガサと捨てていく。

…うーむ、ピザはとっとくか。

「こんばんは、蒼子ちゃん。今帰りかい?」

靴音と聞き覚えのある声に慌てて顔を向けると、携帯灰皿にタバコを押しつけた隣人がエントランスを入ってくるところだった。

「あ、は、はい、サンジさんも?」

あ、危ない危ない。ピザのチラシをガン見してる女なんてありえない。それじゃなくても、目の前でお腹が鳴った悲しい過去がある。
まあ、めちゃくちゃおいしい夕食をご馳走になったから、結果オーライではあるけども…。

隣に立ったサンジさんも同じくポストを覗いて、いらないものを捨てると「行こうか」とわたしを促した。待っていたわけじゃないけどなんとなく先に行きづらかったわたしは、どこかほっとしてエレベーターへ乗り込んだ。
ボタンの前に立つ彼を、斜め後ろから眺める。

背、高いし…顔、きれいだし…スタイル、いいし…、あのバラティエの副料理長だし…、

「あ」

「あ?」

わたしの言葉を繰り返しながら、サンジさんが振り返った。

「サンジさんのところのオーナーさん、新しい本出してましたね」

「あー…」

今日目にした表紙を思い出しながら言うと、なぜか露骨にいやそうな顔で宙を見るサンジさんがいた。わたしが首を傾げたところでエレベーターが止まり、スと扉が開く。どうぞと視線で促されて箱から降りたわたしに、サンジさんが続いた。
数歩足を出したところで、後ろから声がかかる。

「蒼子ちゃんって、もしかしてうちのジジイのファン…?」

じじいって呼べちゃうのは、それだけ仲が良いのかそうでないのかどっちだろう、なんて思いながら立ち止まり振り返ると、サンジさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「え?いえ、そういうわけでは…」

「そうか。いや、発売日今日だろ?よく知ってるなって思ってさ」

どことなくほっとした様子で、サンジさんがわたしを追い越し歩き出す。それについて行きながら仕事柄と答えたわたしに、今度はサンジさんが振り向いた。ちょうど彼の家の前だ。

「仕事…?そういや聞いてなかったな。何してるんだい?」

わたしは街の真ん中に建つ大きな花を指差した。

「あそこが職場です」

「え、オルタンシア…あのでかい図書館兼本屋?」

「はい、ありがたいことに」

「そりゃあ…」と呟いたサンジさんは、納得したように頷いて表情を緩めた。

「職業柄な訳だ」

「担当外ですけど、同僚が騒いでたんで…。あ、必要なら貸し出しも購入もできるので言ってください」

「…必要なら、そうさせてもらうよ」

「いつでもどうぞ。それじゃあ」

歯切れの悪いサンジさんに軽く頭を下げて、自分の家の鍵を開ける。

「蒼子ちゃん、」

「はい?」

中へ入ろうとしたとき、横から声が追ってきて、わたしはドアから顔を覗かせた。

「…やっぱり…借りて来てもらえるかな」

サンジさんはそう気まずそうにあごを撫でた。

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