Day5
サンジさんから、オーナーさんの本を借りて来てほしいとなんともかわいらしいお願いをされた翌日。わたしは早速、職場からその本を借りて帰ってきた。
昨日発売された、バラティエのオーナーゼフの料理本は、一般の人には貸出禁止の雑誌に分類されていた。借りられないからか、1人が読む時間は長く、棚に戻ったかと思ったらすぐ持って行かれるありさまだったと、雑誌担当の同僚が褒め称えていた。
破格の20冊も納品されてたのに、さすが有名人…。
従業員特権で貸出禁止の本も借りられてラッキーだった。
ほくほくした気分で、エレベーターを降りてきた別の階の住人に挨拶をして、入れ違いに上へと上がる。
サンジさん、まだ仕事かな?
家に入る前に1回声だけかけてみようと、お隣のインターホンを鳴らした。
「はい」
「あ、あの…」
「蒼子ちゃん?ちょっと待って」
おお、名乗る間もなかった…。あのしか言ってないのに普通わかる?カメラもないのに。まあ手間が省けていいけど。
ドアはすぐに開けられて、サンジさんが迎えてくれた。仕事終わりでジャケットだけ脱いだのか、ストライプの青いシャツに黒のスラックス姿だ。
「蒼子ちゃんお疲れさま、どうした?」
「あ、お疲れさまです!ご依頼の品、お届けにまいりました」
オーナーゼフがデカデカと載った雑誌を掲げて見せると、サンジさんは「ぐ、」と言葉に詰まってのけぞった。嫌そうに、でも期待もこもった顔で受け取るサンジさんに、ではと回れ右しようとした途端呼び止められる。
「もうメシ食った?」
「え?いえ、これからですけど…」
「食べてくかい?」
ぐぐぐ…すぐにでもうんと言いたいけど、申し訳なさが先に立つ損な性格。
「これ、蒼子ちゃんが食ってる間に読むからさ」
「いやいや、返すのはいつでも大丈夫なんでゆっくり読んでください!」
「蒼子ちゃん、本好きだろ?」
「は?え、そりゃ好きですけど…?」
「蒼子ちゃんが大事に思うもんは、おれも大事にしたいんだ。又貸しはよくない、だろ?」
なんだこの人、めちゃくちゃいい人だ。本を大事にする人に悪い人はいない。
人としてダメな部類の人なんじゃないかと、とんでもなく失礼なことをこっそり思ってたのが申し訳ない。
「そうですよね、やっぱり本は大事にしないと」
「ん?あ、ああ」
「それでは、御相伴にあずかりたいと思います!」
また古風な、と笑ったサンジさんの後についてお家にお邪魔する。
「サンジさん、今日のご飯はなんですか?」
「ベシャメルソースあるから…グラタンとドリア、レディはどちらをご所望で?」
「んーー、…ドリア?」
「仰せのままに」
相変わらずとんでもなくおいしいご飯に満足したわたしが自分の部屋へ戻ったのは、22時を少し過ぎた頃だった。