紡ぐ錘は恋心


ポートマフィアにおける、最下級構成員の仕事は多数ある。
書類整理だったり、備品の確認補充だったり、担当地区の見回りやら上納金の回収やらだったり、上位の構成員の小間使いだったり。数えればきりがない程多い。しかし、今あげた仕事は正直云えばそこまで重要度は高くない。所謂誰でもできる仕事で、地位を求めるのなら、やはり殺しの仕事が一番近い道で、このような仕事をしたがるのはおおよそ一握りの人間だけだ。かく言うの自分はその一握りの人間で、地位が欲しいと云う訳ではなく、明日のご飯が食べれればそれで良しの人間なので、このような仕事をやって、生計を立てている。

さて、今日の仕事は梶井基次郎様の爆弾作りのお手伝いである。爆弾魔で知られるその人特製の、檸檬の形をした爆弾は火薬成分が一切検知されないと云う、かなり特殊なもので裏の取引で高値で取引されているブツである。それの手伝いを私は仰せつかった。

「梶井様ー。こっちの檸檬はどうしますー?」
「うおおおおおおおお」
「駄ぁ目だ聞いちゃいねぇ」

私の仕事は、梶井様の生産する檸檬型爆弾を段ボールに詰める作業である。
一応念の為に作業着で、髪を結ってダンボールに一つ一つ丁寧に詰め込んでいく。本人曰く企業秘密らしいのであまりよく知らないが、コンベアを流れてくる檸檬は、八百屋か果物屋に売っている檸檬そのもので、正直その食品サンプル的な技術の方が私は気になっている。これが爆発するんだもんなぁ。これが市場に回ったらえらいことになりそうだ、なんて考えながら、段ボールに敷き詰めていく。ある程度の数を量産した頃には、既に日は沈み真夜中となっていた。室内ということもあって、全く時間感覚がなかった。やっと我に返った梶井様に段ボールの総数を告げると、彼は考えるような素振りをして段ボールの中身を物色したり眺めた後に、にんまりと喜色を浮かべた。

「君を僕の専属助手にしてあげよう!」

丁重にお断りしていいっスかね。




なんてことが数年前にありまして、現在私は梶井様の助手をしている。
梶井様の研究だのなんだののお手伝いをしたり、日程を調整したり。あと何気に梶井様は非力なので護衛も兼ねている。戦闘訓練の銃撃においては優を頂いているので其処は使っていきたいところである。最下級と云えども、雑用ばかりではないのだ。

さて、本日も梶井様の量産する檸檬の出荷作業に追われている。先日の組合との衝突の時、大量の檸檬が犠牲となった。船を沈没させるその光景を、私は少し離れたところでみていたが、自分が詰めた檸檬がこの様に作戦に貢献できたことを誇りに思うし、なんだか感慨深くなった。嗚呼、丹精込めて作られた檸檬たちよ、永遠なれ。
いつかお前たちも彼らのようになるんだぞ、なんて割と毒された思考で段ボールに詰めていると、ひと段落したのか、梶井様が珍しく自分から机から離れた。うわ珍しい。

「榊葉くーん」
「はいはい休憩っスねー」

箱詰め作業の手を止めて軍手を脱ぐと、実験用に備え付けられた簡易キッチンで湯を沸かす。梶井様用の珈琲と自分用のココアを作り、鼻歌を歌う梶井様の元に持っていった。

「どーぞ」
「ん。いやぁ今日は一段と実験が捗る日だねぇ」
「そうっスね。そういや梶井様、この前の作戦の報告書どうなってんスか」
「…科学を以って世界と戯れる事に」
「あ、書いてないんっスね。了解っスー」
「待って榊葉くん」
「待たないっスー」

「何してんだ手前ら」

うふふあはは、と狭い室内で白紙の報告書を持って追いかけっこをしていれば、第三者の声。この梶井様の研究室に来るような人間はそれほどいない。火薬なんかを仕入れている業者であったり、梶井様の研究に巻き込まれた哀れな構成員だったり、それ程多くないというか、関わる人間が抑もいない。ので、来客とは大変珍しいことなのであった。
誰かと思って出入り口をみて、私は戦慄した。
黒い帽子、外套、赤銅色の髪、青い瞳といえば、五大幹部が一席、中原中也幹部である。肩に掛けた背広をはためかせ、腕を組んで開いた扉の縁に体を預けて居られた。たったそれだけなのに、様になっているのだから貫禄というか、風格というか、幹部様というのは違うものだ。と場違いにも納得してしまった。
さて、一介の構成員であれば到底会うことなどない幹部様が一体なんの御用だろうか。固まる私とは違い、隣の梶井様は「おお!友よ!」なんて言いながら中原幹部を歓迎していた。友?友か?その割に幹部の顔は若干引いているがまぁ、うん、梶井様が云うなら、友なんだろう。と自己解決をした。深く考えない事が、梶井様と付き合うには一番良い。中原幹部は梶井様に数言話した後、肩を叩いて笑った。それから私の方へ視線を向ける。取り敢えず会釈を、と頭を下げれば、幹部は何に満足したのか上機嫌で背広を翻し退出していった。

「はぁ〜。格好いいっスね、中原幹部」
「あれ?君ってそういうの興味無いのかと思っていたけど、ちゃんと知っているんだ」
「は?どういう意味っスか」

黒い硝子に遮られた奥の瞳に驚愕の色が浮かんでいる。
梶井様曰く、どうやら、私は上層部にそれ程興味がないと思われていた様である。首領の事は兎も角、幹部の名前と顔が一致するとは思わなかったらしい。失礼だなこの人。
確かに、私は上層部の事など全く興味がない。故に、幹部の派閥だとかの情報には疎く、明るくない。云わば無派閥派である。そう云う梶井様もその類であると思うのだけれど、彼の場合構成員として、研究や実験を行える程には地位のある人間であるから、派閥だなんだの話を耳にするのかもしれない。まあ云って、私は構成員でも最下級なので知ったこっちゃないのだが。
流石に五大幹部の名前と顔が一致しないなんてことはない。そこは流石に知っている。
半分に減ったココアに口をつけ啜ると、梶井様はふむ、と腕組みをして考え事をし始めた。どうした、また突発的な思考回路の接続が始まったか?面倒な事は云い出さないでくれよ、と願いながら、私はココアを飲み干して作業を始める事にした。



さて或る日の夕方。何をしてるかって?箱詰めに決まってんだろ。なんか最近やたらと檸檬型爆弾を生産したがるのだ。あれか、前の作戦がそんなに爽快だったのか。真意はしれないが、「本人が生産したいっていうなら仕方ないねぇ。彼の手内職だしねぇ」なんて笑いながら梶井様曰く「宇宙大元帥」が云っちゃったもんだからもう張り切る張り切る。無邪気が度を越しやしないかこの二十八歳児。全く可愛くない。
可愛くないのはこの掌の檸檬も同じで、ぶつくさ心の中で罵詈雑言しようともこれは安全かつ慎重に箱詰めしなければ私の命が消し飛ぶ。梶井様は助かるけど。
気分入れ替える為にちょっくら買い物でも行こうかと、梶井様に声を掛ければ肉まんを所望された。近くのコンビニで仕入れるかと財布を持って扉のノブを回し引くと、青い瞳と目が合った。云わずもがな、中原幹部である。同じ位置にある瞳に、そしているとは思わなかった人に驚いて、「うわっ」とか云って仕舞った。

「し、失礼しました。中原幹部」

慌てて頭を下げ、横に身を寄せる。幹部は気にした様子もなく、「構わねェ。梶井は?」と研究室の奥に引きこもる上司の名前を出した。

「呼んできます」
「否、良い。何処か出る予定だったろ。悪かったな」
「近くのコンビニ程度ですからお気になさらず」

「梶井様ー、中原幹部お見えっスよ」
「うははははははは!」

「駄ぁ目だ。聞いちゃいねぇ」
「なんだ、聞く耳持たずか」

隣に現れた幹部に驚いて身を引いた。気配がないってばよ。幹部こっわ…。
私の驚いた顔を見上げて、幹部は笑う。なんか嫌な予感がする。云うならば、企んだ様な笑い方だからだ。目を細めて、口が弧状を描く。もう一歩後退しようと足を後ろに引いたが時すでに遅し。黒い手袋の嵌まった手と腕が私の腰に添えられ引かれる。そしてどう云う訳か、体を密着させられる。

「手前の助手借りてくぜ。云ったからな」
「なんっ、」

梶井様は相変わらず笑いながら檸檬型爆弾を生産している。本当に耳に入ってない奴だ。
ほら、行くぞ。と腰を抱かれた儘に強制連行されて行く。嘘でしょこの状況。涙目になりながら幹部とともにコンビニ行くのかと胃が痛くなった。
ところがどっこい、コンビニではなく何故か夕方のドライブに付き合わされるとは思わなくない?
幹部のジュリエッタの乗り心地は最高だったが、そんな事云ってられないくらい内心死んでた。
幹部はすっげぇ楽しそうでご機嫌だった。ちょっと、ちょっとだけ、楽しげに運転する横顔に顔が火照ったのは、勘違いだと思いたい。