天色の乙女

※不死身異能持ち。グロ注意





数発の発射音の後、嗅ぎ慣れた硝煙の臭いが鼻についた。
衝撃によって肢体は後方へと投げ出されるものの、彼女の体には傷一つなく、着ていた服に弾丸の後だけが残るという摩訶不思議な現象が起きている。

「いやぁん。ナカに残っちゃったぁ」

彼女の身体を貫通した弾丸が音を立てて地に落ちる。彼女は甘ったるい猫撫で声を出した後、掌で弄んでいた大型のサバイバルナイフを自らの胸に突き刺し、まるで捌くように胸を切り開いた。そして開いた手を内蔵部に這わせ、目的の物を引っ張り出す。彼女の手には先程地に落とした銃弾と同じものが血が付くことなく綺麗な状態で転がっている。
彼女が手を離した瞬間、ビデオテープが巻き戻るかのように傷口は再生し、柔い肌が現れる。
形の良い唇が弧を描くと同時に、取り出した弾丸も彼女の手からこぼれ落ちる。
怯えと恐怖から身体を震わせる男は、断末魔の如く叫ぶ。

「化け物がッ!!!」

彼女のナイフが喉を裂くまで、あと一秒。





榊葉の異能は、あらゆる外傷を瞬時に再生させるほぼ不死身の異能である。外傷を受けたその瞬間から再生は始まり、血が吹き出す間も無くその外傷は完治する。彼女はこの異能と自身の磨き上げた抜群のプロポーション、そして巧みな話術を使い、ポートマフィア内の裏切り者を始末する役目を仰せつかっている。故に、彼女の存在は全く表には出てこない。知っているのは五大幹部と首領のみ。特殊な位置にある彼女は、いつからこの組織に身を置いているのか、どこにいるのか、何故ここに籍を置くのか。全て秘匿にされ、隠され続けている。


「って扱いになってるけど、フツーに此処に居るんだけどねぇ」
「ねぇ!!私の分のアイスは!?」
「太宰の分?あるわけ無いじゃん。アンタが来るなんて聞いてなーい」
「私今から帰るって連絡したよ!!なんで買っておいてくれないの!?」
「だって引き返すの面倒臭かったんだもん」
「たかが一構成員の癖に…!」
「んふふふ。私太宰よりも長くいるもーん」
「私とそんな年変わらないでしょ」
「そう思う?」

しゃり、と音を立てて榊葉はアイスの側面を齧った。淡い水色のそれはこの茹だるような暑さとじめじめとした湿気を視覚的にも味覚的にも和らげる効果がある。赤い唇に吸い込まれるその断片を恨めしそうにみる少年、太宰はこの部屋の主であり、最年少の幹部として恐れられる存在だ。唯の一介の構成員如きではこの部屋に入ること所か会うことさえも難しいだろう。しかし、首領直々に、彼女は最年少幹部の補佐を命じられていた。彼女は二つ返事で了承し、太宰も、特に異論なくそれを受け入れた。
年齢は太宰とほぼ変わらないように見えるが、実際は異能の影響により十年前から姿形は変わっていないので、彼女はすでに成人済みであることは、首領である森は太宰に伝えてはいなかった。勿論、彼女が裏で裏切り者に手を下す暗殺者であることも伝えてはいない。
つい先日、その人物の話になった時、榊葉はそろそろ気づいたかと思ったが、「不死身の美女だったら心中する意味ないよねぇ。私嫌だな」なんて言ってたので恐らく目の前にいるのがご本人だとは気づいていないと確信した。彼は私の事を美女とは言わないし、初対面で既に心中のお誘いは受けた。懇切丁寧にお断りしたのは割と記憶に新しい。
空調設備がばっちりきいた幹部様専用執務室のソファの上に横になり、榊葉は最後の一口を口に放り込む。しかし、それは叶わず、いつの間にか近くに寄っていた太宰の口の中に消えていた。

「えぇぇ。なんでぇ」
「なんで、じゃないよ。最後の一口くらいいいでしょ」
「最後の一口が一番美味しいんじゃん!それを横取りするなんて」
「仕方ないなぁ」

不貞腐れた榊葉の頬に手を添え、太宰は彼女の唇を啄む。榊葉は呆れたように薄く口を開けた。太宰は薄く笑い、舌を彼女の口内へと入れ歯の羅列をなぞる。彼女も、太宰の舌を追うかのように自身の舌を絡めた。
溶けるアイスと互いの唾液が混ざり合い、榊葉の口の端から落ちて彼女の服に着くがそんなことを気にする暇もなく、二人は互いの舌を追い絡めていく。
いつの間にか、どちらという事もなく、互いの手を握りしめ、最早意味のない行為を続けていたが、榊葉が太宰の舌を甘噛みした事で、一旦その行為は終わった。
口を離せば、二人は肩で息をする程になっていた。しばらく見つめ合った後、最初に笑ったのは榊葉だった。

「アイスなくなっちゃった」
「いいよ、あとで買いに行こう」
「またするの?」
「嫌?」
「真逆」

くすくすと、まるで秘め事のように二人は笑い合う。

きっと太宰は、こんな下らない事をずっとやり続けるのだろう。互いが持たない物を追い続けて。そんな気がする。けれどいつか終わりが来る。その時、私はこの冷たい手を離せるだろうか。私を唯の人間にする、冷たくも優しい、美しい手。
もし願い叶うのならば、私はこの手で。

榊葉。
太宰が女を呼ぶ。呼ばれた女は、憂う顔から一変して、外見相応のあどけない仕草と表情で太宰の隣へ並んだ。話題は次食べるアイスの話だ。
猛暑はまだ、始まったばかりである。