北風吹く夜道



一発の銃声によって、汚い罵声を撒き散らす声が止んだ。その代わり、路地の壁面には脳漿と鮮血によって彩られ、脂ぎった気持ち悪い豚だろうとも中身は新鮮な肉なのだと改めて気づいた。背後から黒服の屈強な男たちが現れ、死肉と成り果てた男を慣れた手付きで素早く処理し始めるその様子を無感動に眺めていると、溜息が聞こえた。

「姐さん、お怪我は」
「ないよ。立原君に片付けられちゃった」
「…姐さんに何かあったら俺の頸が飛ぶンで」
「立原君の頸が飛ぶ前に広津さんの頸を飛ばさなきゃいけなくなるね?」
「止めてください」

間髪入れず答える立原君に、冗談だよ。と笑えば、立原君はまた大きく溜息を吐く。ごめんね立原君。私ってば君のそう云うところが“お気に入り”なんだよ。多分、君は気づいていないだろうし、知らないだろうけれど。
機嫌よく笑う私を不思議そうな目で見ながらも胸のホルスターに銃を戻して、彼は黒服に指示を出し路地の片付けをさせる。みるみるうちに綺麗に片付くその様子を眺めた後、ふと思い立って立原君を呼ぶ。

「立原君これからは?予定ある?」
「否、特に何もないスけど」
「お腹空かない?」
「は?え、まぁ…」
「ラーメン食べに行こうよ」
「えっ」




黒服さんの片付けが終わり残った人は現地解散として、近くにある馴染みの中華料理店に来た。古びた黄色地に赤い文字ででかでかと書かれた中華の看板は相変わらず存在感の塊で、しかし周りから浮くことはないのだから不思議である。硝子の引き戸を開けて入れば客はまばらで、私よりも裏世界に似合いそうな厳つい顔の親父さんが不愛想にカウンターの席を顎で指す。促される儘に私と立原君はカウンターに腰掛ける。
プラスチックで出来た透明なコップに備え付けの水を入れて二人分注ぐと、親父さんが一応おしぼりをくれる。初見のお客さんにだけやけに手厚いのはこの親父さんの性根らしい。

「チャーシューメン2つね。あと餃子二人前」
「え、あ、すんません」
「いいよいいよ」

初々しい立原君珍しいなぁなんて思いながら、にこやかに立原君の様子を観察していると餃子がさっさと現れる。羽根のついた餃子は外見は少し焼きすぎに見えるがぱりぱりの羽根ともちもちとした皮がベストマッチするし、中の種は野菜少なめの肉過多なのにふわふっわという一品だ。しかもでかいとくれば食べ応え抜群でこれだけで白米を合単位で食べられる。その見た目と匂いと言ったら食欲を揺さぶり腹の虫が盛大になるのも仕方ないことだろう。現に立原君は目をキラキラさせて餃子に釘付けである。かわいいなぁ。

「先に食べなよ。熱いうちが美味しいよ」
「でも、」
「いいからいいから。私いつも食べてるし」
「いや流石に姐さんより先には」
「え?そんなに私にあーんしてほしいの?」
「お先に頂きます」

分かればよろしい。餃子を口に頬張りまたきらきらと目を輝かせてぱくぱくと食べだすのだから本当に立原君って食べさせがいがあるというか奢りがいがあるというか。そうしているうちにラーメンも出来上がり目の前に無言で二つのどんぶりが現れる。
湯気立つチャーシューメンはあっさり醤油だがなんて云ったってチャーシューの分厚さとその枚数である。六枚も乗った五ミリ以上ある分厚い自家製のチャーシューは秘伝のたれに何時間も付け込まれておりラーメンの醤油味によく合う。特に脂身部分とスープの相性は格別で、一緒に食べると口の中で豚の濃い油とあっさり醤油味が合わさって味が深くなる。これが病みつきになってしまうのだ。疲れた時には肉を食うと良いらしいのは本当の話で、このラーメンと餃子が上限ギリギリまで溜まった私の鬱憤を吹き飛ばしてくれた。今日はチャーシュー増してないけれど。
それにしても立原君の食いっぷりが凄まじい。流石は男性ということもあるが、いやあ若いっていいなと思ってしまった。スープの最後の一滴まで飲み干し、ぷはっと効果音付きで食べ終えた達成感と満腹感に幸せそうな顔をしている立原君にこちらが笑顔になってしまった。

「はいお水」
「あ、ありがとうございます」
「餃子もひとついる?」
「もう流石に入ンないっス」
「ふふふ、それは何より」

いつの間にか上着を脱いでいた立原君は額に汗を滲ませていた。流石にこれだけ食べればそうだよね。私から水を受け取ると一気に飲み干して、そのコップにまた水を入れて渡すと、立原君は「意外っス」と云う。

「正直、姐さんがこういう店に居るイメージなかったんで驚きました」
「えぇ?そう?」

なんかもっと、女性が好きそうなお洒落な店とか行ってると思ってたんで。
まあ確かに。そう云う店も嫌いじゃないし普通に行く。美味しいパンケーキとかお洒落なデザインのレストランだとかビストロだとかも普通に好きだ。同期でもある中也にはワインの美味しい店の話もするし、紅葉姐さんには料亭や和菓子の美味しい店の話もするし、きっと、立原君のいう私のイメージはそこから来ているのだろう。

「今はまあ、正直言うと横のつながりがあるから余計かもね。そういう店とか知らないと舐められるところとかもあるし」
「嗚呼、成程」
「あと私元々下っ端からの叩き上げだから。ここら辺のお店担当区だったりするんだよね」
「え!?」

立原君の驚いた声が店内に響く。他のお客さんの視線や親父さんの睨みによるものか、先程よりも声を潜める立原君に可笑しくて密かに笑う。私のイメージってなんだ。

「姐さんって中也さんと同期っスよね」
「うん。そだよ」
「…てっきりエリィトの人だと思ってました」
「ははは。あいつがやべー奴なだけだよ。異能持ちだし余計にね。私は最下級から」

ちらりと親父さんを横目で見ると、親父さんと視線が交ざる。厳つい無愛想な顔は当時から変わらず、私を一瞥してキャベツの千切りを再開した。その様子に苦笑して 財布から札を三枚取り出してカウンターに置いた。

「お釣りは募金箱にでも入れといて頂戴な」
「あ゛っ!」
「行こっか。ご馳走さま」
「あ、姐さん!まっ、」

上着を片手に抱えて足早に店の外へと出れば、立原君は急いで自身の上着を持って私の後を追いかけてくる。店の中と違い外はやはり肌寒いが、食によって暑くなった体を冷ますにはちょうど良いくらいだ。辺りは人気もなく暗い道が続いている。私のヒールの音が軽快に響いていたが、後ろから立原君が慌しく私を追いかける音が次第に大きくなった。私の隣に彼が並ぶ。

「ご馳走になりました。すっげぇ美味しかったですあの店」
「でしょー?野菜マシの味噌も美味しいから、また食べに行こうね」
「あざっす!…そういや親父さんが俺の事『燕』つってましたけど、」
「…あ〜〜〜。そうきたかぁ」

いやぁ燕と来たか。確かに私より年下ではあるけれど、そう、まぁそうなのか…。
当の本人は心当たりがない様で不思議そうな顔をしているから、恐らくどう云う意味なのか知らないのだろう。むしろ知らないままでいて欲しい。良い意味ではないし、場合によっては私がある意味死ぬ。主に年齢差という意味で。
月の無い闇夜の路地を並んで歩きながら、どうやって立原君に説明しようか、そしてあの親父をどうやってとっちめるか考える。歩く先はコンビニがあった筈だから、取り敢えず立原君はビールでも買い与えて今回のことははぐらかそう。そう算段をつけて私は有る事無い事を彼の頭に詰め込むのだった。