時すでに、



社用車である黒いハイエースバンを指定された場所に停め、仕事用具を持ち数人の作業員たちと共に依頼者の元へと移動する。そこには間違いなく堅気ではない黒服の男たちがおり、自分たちに気づくと最早見慣れた顔見知りのように挨拶をした。

「お世話になっております。代理清掃業者の者です」
「嗚呼、宜しく頼む」

首から下げた社の名札を見せ形だけの挨拶を終えた後、挨拶をした作業服の女性が作業員たちに指示を飛ばす。ものの数十分後で肉塊と血溜まりで惨状と化していた裏路地の一角は、誰もが見慣れた日常の風景へと戻った。
作業員たちが清掃作業を行なっている間、女性は別の黒服と肉塊の処理について話し、打ち合わせが終わるとその黒服も路地の奥へと消えていく。
自身も清掃に加わろうと仕事用具を持つと、一人の作業員が女性を呼んだ。

「榊葉さん。指定された遺体より少ないのですが、」
「…周囲に潜んでいる可能性があります。注意を怠らないようにして下さい」
「了解しました」

榊葉は小さく舌打ちをした。殺し損ねがいると、此方に被害が出る。大凡、そんな事など顧客はどうでも良い事なのかもしれないが、裏社会に身を置くのならちゃんと確認してほしいものだ、と愚痴を零した所で顧客の耳に入ることはない。面倒だと思い乍らもモップを片手にため息を吐いて自身も清掃に加わった。


遺体の回収・清掃を終え、ハイエースバンに諸々を積み込んでいた時の事だ。路地に鳴り響く発砲音の後、肩に焼けるような痛みが走る。作業員達がどよめき、バランスを崩した榊葉を近くにいた作業員の一人が支えた。バンの後方に、赤く血に染まったシャツの男が現れる。立つことさえやっとといった男は榊葉たちに向かい叫ぶ。

「車から離れろっ!!!」
「……彼の言う通りに離れましょう。皆さん、右の路地へ身を寄せて下さい」

戸惑いながらも、作業員たちは榊葉の指示に従い右の路地へと移動する。全員が移動し終わったのを確認すると、血塗れの男はバンへと近づいてきた、その途中で、榊葉の打たれた腕を掴む。

「っ………!」
「女。お前は一緒に来い」
「なっ、必要ないだろう!」

榊葉を支えていた作業員が男に反論するが、榊葉は「良いです、行きましょう」と返し「その代わり、他の作業員には一切手出しはしないで下さい」と付け加えた。血塗れの男は了承し、彼女の腕を引っ張りバンの扉を開けさせる。
後部座席のスライド式の扉を開けさせた瞬間、「動くな」というこの場の誰でもない声が聞こえた。バンの前方に誰か居るようだが、榊葉は後部座席に押し込まれた為その人物を見ることはできない。しかしこの声は聞き覚えがあった。
血塗れの男の注意が自分から逸れたと確信した彼女は、自身が着ている作業着の腿のポケットに忍ばせた丸錐を取り出し胸元に構え男の胸に飛び掛かり突き刺した。男は驚いて銃を此方に向けるが、抑も、相手は重傷を負った体である。肩を打たれてはいるがそれ以外は全く健康体の榊葉と比べれば赤子の手を捻るも同然で、二度抜き差しを繰り返せば男はその場で絶命した。

一息ついた榊葉に作業員達が群がる。すぐに彼女は指示を飛ばし遺体の処理と掃除を命じた。指示を受けた作業員達はバンから掃除用具を取り出し遺体の処理と清掃を始める。榊葉も加わろうとしたが、男の手によって阻まれた。振り向いた先で漸く彼女はその人物を見る。そうして、嗚呼やはりこの人であったか。と納得した。

「嗚呼、先程はどうも有難う御座いました。お陰で仕事は済みそうです」
「いや、大したことが出来なくてすまない」
「ご謙遜を。織田作之助さん」
「相変わらず無茶をするな、榊葉」

赤い髪のその男は、心なしか呆れたように榊葉の名を呼んだ。


ポートマフィアの最下級構成員である織田作之助と代理清掃業者である榊葉は時期によれば割と多い頻度で出会う。それは、彼が遺体処理の仕事を任される時、大概彼女のような業者もセットで動くからである。特に最近であれば、龍頭抗争の八八日間、またその後の数ヶ月は記憶に新しく、毎日どころか毎時間何処かで顔を合わせていた。気づけば、榊葉も織田も、顔を合わせれば世間話をする程になり、現在に至る。
作業員達が処理と清掃を行なっている間、榊葉は半分押し切られる形で織田から肩の手当てを受けていた。裏社会に身を置き代理清掃を生業とするだけあり、この手の″不慮の出来事″は多くはないものの少なからずあるため、社用車のバンには応急手当てを行う一式が備え付けてある。何故織田が其れがあることを知っているのか、榊葉は疑問に思ったものの、確かにこのまま放置して化膿するのは御免であるので、作業員達に申し訳なくなりながらも了承した。
織田の手当ては随分手慣れていた。自身を手当てすることは勿論、他者に対して行うことも少なからずあるようではある。処置が終わり、榊葉がはだけた作業着を直していると、織田は不意に転がり落ちた丸錐をまるで分かっていたかのように手にとって、眺めた。

「有難う御座います。助かります」
「榊葉、お前は」
「私がやらなければ、誰も彼を殺さなかったでしょう」

織田は沈黙で答えた。榊葉は微かに笑う。

「私の仕事は、指定された遺体を闇の彼方へと葬る事と、現場の指揮を任されている以上作業員を守ることにあります。あの男は私との口約束を守るつもりはないでしょう。作業員は皆自身の顔を見ているわけですから、皆殺しが定説です。ならばどうするかなど考える必要さえもない」
「…しかし、それではお前が」
「良いんですよ。とりあえず今回はこれだけで済みました」

作業着の上から、包帯が巻かれた肩を撫でる。安いものですよ。と言う榊葉に、織田はそれ以上言葉を紡げなかった。そうこうしている間に、清掃は無事終了し、遺体を投棄場へと運ぶ為に作業員達はバンに乗り込み、榊葉は助手席へと腰を下ろした。

「それでは、これで」
「嗚呼、また昼でも食べに行こう」
「織田さんと行くと**一択じゃないですか」
「…確かにそうだな」
「**が食べたい時にでもご連絡します」
「それが良い」

作業員が全員乗り込んだことを確認すると、榊葉は助手席の扉に手をかけ閉じようとするが、それは織田の手によって阻まれた。不思議に思い、織田を呼ぶと、彼は扉の隙間から榊葉を見上げる。

「お前は安いと言ったが、女性が身体に傷を残すのはよくない」
「え?あ、そうですか?」
「それに、お前が良くても周りは良いとは思わないだろう」
「えっと、」
「お前がそう思うように、お前の後ろや隣にいる部下もお前と同じように思っている。勿論、」

俺もだ。
真っ直ぐな眼差しで射抜かれ、榊葉がどう言う意味かと問う前に、織田は扉を閉めた。織田が一歩下がると、バンはゆっくりと発進する。助手席の扉に手を当て、遠ざかる織田を榊葉は見つめていたが、大通りに出る頃には、席に背を持たれ息を吐いた。隣と背後で小さく笑う作業員の部下達に少し恥ずかしくなり、着いたら起こすよう命じて彼女は目を閉じた。





「結局、あの時の真意を問うことは叶いませんでしたね」

古びた洋館に、彼女の声が響く。眼前には、多くの死体の山とは別に、遺体の入った袋が横たわっていた。
後ろで彼女を呼ぶ部下の声がした。彼女は踵を返し指示を出す。生存者が0であることを確認した後、まだ少し痛む肩の傷を気に掛け乍ら、彼女は″仕事″を始めた。