朝焼けのワンルーム


任務を終えて家に着いたのは日が昇りかけた朝方。眠気をシャワーのお湯で誤魔化して、髪を乾かしスキンケアを済ませたら、布団へ雪崩れ込み泥の様に眠った。のだったけれど、一息は眠ったと思う。体感的には時間にして二時間くらい。なんだか布団の中が小狭く苦しいと感じて寝返りを打つと、何かが鼻に当たった。疑問に思って目を開けると白いシャツと、そのシャツの間から覗く白い包帯。は?なんぞ?

「あれ?起きちゃった?」
「え、?は?」

すごい。一瞬にして覚醒して体を起こした。当の本人はおはよう榊葉ちゃん。今日もいい天気だよ。なんて態とらしく飄々と云うものだが緊張感がない。
全く以って意味不明過ぎる。この人なんで私の部屋の私の布団の中にいんの?謎of謎。どう云うこと。顔に出ていたのか、その人こと太宰さんは経緯を話した。

「やぁっと仕事が終わったから、榊葉ちゃんとご飯食べに行こうかなって思って事務室に行ったらもう家に帰ったって聞いてねぇ。どうせだから榊葉ちゃんの手作りご飯でも頂こうと部屋に来たら君爆睡してるし。私も今日休みを貰ってるから榊葉ちゃんと一緒に寝ようかなって」
「なんで??なんでそうなるの????」

頭が痛くなって思わず額に手を当て項垂れた。
同い年とは言え立場上の上司がいつの間にか布団に入ってたら驚くじゃん。つかどうやってこの人部屋に入ったの。不法侵入か。マフィアにそんなことは通用しないと分かってはいてもお巡りさんに電話をかけたくなるのは仕方ないことだと思う。痛む頭を抑えながら唸る私に、太宰さんはさも当然と云い放った。

「だって、榊葉ちゃんは私の″お気に入り″なんだもの」
「……それは大変嬉しいですけども」
「うふふ。まだ朝日は昇ったばかりだよ。もう一寝入りしよう」
「貴方が言うんですか…」

しかし眠たいのは事実。ほら、と掛け布団を持ち上げ誘われるがままに私はまた横になる。従順に布団の中に潜った私に気を良くしたのか、太宰さんは嬉しそうに微笑んで私の腰に腕を回した。必然的に、私の身体は彼の腕の中にすっぽりと収まり、人の体温によって一度冷えた身体がまた緩やかに暖かくなる。
優しい暖かさに欠伸を噛み殺していると、頭上から私を彼が呼んだ。

「榊葉ちゃんは暖かいねぇ」
「まあ、人より少し体温は高い方ですから」
「あと柔らかい」
「……肉付きも良いですから」
「ちゃんと、生きてるものね」

きゅう、と、彼の腕に力が入った。私の肩口に額を付けて抱きしめるその様子は、幼い子どもを連想させる。はて、何かあったのだろうか。死にたがりで有名なこの人がそんなことを云うのは珍しいことで問おうかと思ったが、しかし、止めた。その代わり私は太宰さんと同じように、彼の背中に腕を回して幼子を寝かしつける様に一定の間隔で叩いた。彼は驚いて私の服を握りしめたものの、次の瞬間には力を解いてされるがままになっていた。

「早く寝て、お昼には起きましょうね。冷蔵庫は空っぽなので、買い物にお付き合いください」
「……お昼、何にしようね」
「起きてから考えましょ」
「…そうだね。私も眠たくなってきた」
「おやすみなさい、太宰さん」
「うん。おやすみ、榊葉ちゃん」

暫くして、静かだが確かに寝息が聞こえた。見上げた顔は、余りにも、作り物のように整っていて、寝顔と云うより死に顔のようだった。しかし彼の鼓動は確かに聞こえていて、私を抱きしめる身体には熱が通っていた。
私は何処か切なくなって、彼の背中に手を回したまま瞼を閉じた。どうか、彼が夢の中だけは彼の憂う何かから解き放たれることを祈って。この狭いワンルームが、この瞬間だけは世界という括りから切り離されて欲しいと願って。